雲ヶ畑山歩き倶楽部 石仏峠の思い出とサルナシの実

 京都北山の石仏(いしぼとけ)峠を訪れました。なんと60数年前に、中学生だったわたしが友と歩いて以来のことです。
 雲ヶ畑山歩き倶楽部の例会でした。そんなことでもなければ、再訪のチャンスなんてなかったでしょう。
 峠を10分ほど下った大杉の根本に、二体の石仏が祀られていました。そのときも見ていたかどうかは、まるで記憶の彼方です。

 サルナシ(猿梨)が実をつけていました。「小さなキウイフルーツ」とも呼ばれ、甘酸っぱい味がしました。

 晴れ渡って気持ちのよい城丹国境尾根を歩きました。山城と丹波の境です。


 【2026/10/17 09:14】
 倶楽部の母体である「雲ケ畑・足谷 人と自然の会」の足谷小屋に集合しました。 
 わたしは車で京都市内を抜けて1時間半ほど走ってきました。

 きょうのメンバーは14人。リーダーからコースの説明を受けました。

 配られたリーフレットには、石仏峠や祖父谷峠の歴史んどが解説されています。

 小屋のあたりにキクタニギク(菊渓菊)が咲いていました。京都東山の菊渓に咲いていた幻の菊です。

 車に分譲して祖父谷の林道を狼峠の登り口近くまで走りました。歩いていたらたいへんでした、

 狼峠に向けて登ります。

 ハタケシメジは盛りを過ぎていました。昨年の同じ時期に訪れたときは、大きなのがいっぱいに育っていました。

 ひと汗かいて狼峠に到着です。

 東斜面の峠道は荒れています。

 医王沢を歩いていると、谷の下に真っ赤な花が咲いているかのようでした。
 足谷の会のメーン事業として保護にあたっているベニバナヤマシャクヤクの熟した実です。

 サルナシを見つけて収穫しました。

 ちょっとピンボケですが、キウイフルーツとよく似てます。味も。

 林道をはずれ、石仏峠への急坂を登りました。

 60数年ぶり、2度目となった峠です。

 昔、ここで母が編んでくれたセーターを脱いで、忘れました。気づいたのは帰宅後で、取りに戻ることはできませんでした。
 落ちてないかと探しましたが、徒労に終わりました。

 石仏峠にはずっと昔、出雲族がこの峠を越えて民族移動したという伝承が残っています。

 峠で昼飯となりましt。わたしは奥さまにつくってもらったにぎり飯とおかずでした。おいしゅうございました。

 秋の空です。

 反対側から同志社大の自転車部(?)の一団がマウンテンバイクで登ってきました。WASEDAのジャージー姿もいて、「交流会で交換しました」。

 ササユリが大きな実をつけていました。

 4つに幹分かれした杉の大木です。

 いくつかのピークを越えて祖父谷峠に到着です。

 こちらにも「念仏六百万返塔」と記された石碑と首なし地蔵が祀られていました。

 峠には4本の大きな杉が立っています。かつては「峠の5本杉」として有名だったらしいです。

 峠を下り、ぬかるんだ道を渡ります。実はこれが鴨川の源流でした。

 「源流」とのプレートもありました。

 季節外れのノリウツギが白い花を咲かせていました。
 ここからは祖父谷で見かけた秋の山野草です。

 シロヨメナ(白嫁奈)が咲いています。

 こちらは「イナカギクかな」という仲間の同定でした。

 ミカエリソウ(見返草)がブラシ状の花穂をつけています。

 ヤマハッカの可憐な花です。

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