京城勝覧を巡る 第三日 智積院から雲龍院へ、伏見は遠く

 『京より伏見にゆき。竹田通をかへりて京に入る道をしるす。』、『みちすがら見所多し。朝早く出てよし』
 貝原益軒の記す「京城勝覧」の京ガイドブック3日目は、伏見まで行き、さらに帰り道までのコースで、約6.5里、26kmの道程です。とても1日では歩き切れません。
 東山あたりの「見所」だけを歩きました。
 なかでも初めての智積院では、ゆっくりと名勝庭園を楽しみ、長谷川等伯の国宝障壁画を堪能しました。「智積院なら行きたい」という奥さまと一緒でした。

 豊国神社は、豊臣秀吉を祀っています。

 泉涌寺の塔頭、雲龍院まで歩きました。
 「悟りの窓」と対面して思考は停止して、しばし吹き抜ける涼風に身を委ねました。


 【2012/09/13 10:22】
 阪急・河原町から歩きました。
 高瀬川沿いに、早くもヒガンバナの赤い花を開いていました。

 あれっ! 餃子の珉珉がない。四条店が更地になっています。
 そういえば、四条に面した辺りで珉珉の旗を見てました。いつの間にか移転していたのです。
 ここに移転してくる前に旧阪急百貨店のすぐ南にあった店以来の眠眠餃子のファンです。

 松原橋です。その昔というか、源九郎義経の時代は、ここが『五條の大橋』だったのです。

 現在の五条通にかかる五条大橋です。義経も弁慶も「五条の橋のたもと」にいます。

 正面通までやって来ました。有名な京料理店の住居表示です。
 何の正面なのかは、次の画像です。

 豊国神社の国宝の唐門です。伏見城の遺構を移築しています。

 すぐ横にある方広寺です。
 『大仏』です。貝原益軒がやってきたときは、『高さ九間五尺(18m) 口のひろさ七尺五寸(2.2m)。両のひざひろさ五丈一寸(15m) 尤座像佛なり。』という1667年に木造で作られ大仏が存在したのです。1798年に落雷で焼失しました。
 そして有名なのが、この名鐘です。

 銘文の「国家安康」「君臣豊楽」が徳川家康の家と康を分断し豊臣を君主として家康や徳川家を冒瀆するものと家康の激怒をかいました。まるで言いがかりのようですが、大坂の陣によってる豊臣家が滅亡するきっかけとなったとされています。

 南隣の国立京都博物館です。休館日で静かです。ロダンの「考える人」が、何を考えているのでしょうか?

 次の展示の準備中です。

 千手観音や、「通し矢」で有名な『三十三間堂』は、横目にします。

 『妙法院』は、伽藍が令和の大修理でシートに覆われていました。

 京都女子大・高校につづく女坂を横切りました。

 『智積院』です。FB友だちで、大学同好会の後輩であるNさんや、奥さまの友だちのOさんお薦めの寺です。
 わたしが幼稚園児だったころ、連合軍に接収された京都第一日赤病院の仮病院が、ここと向いあう現在はハイアットリージェンシー京都が建っている敷地にありました。65年ほど前から見ていたはずのお寺ですが、拝観したのは初めてです。
 

心地よい風が吹き抜けます。

 名勝庭園を独り占めです。

 桔梗紋の畳の縁がまっすぐに延びています。

 利休好みの庭と伝えられ、中国の廬山を模しているそうです。

 長谷川等伯の国宝障壁画は、実物が収蔵庫に展示されています。静かに対面しました。
 庭には萩の花が咲き始めていました。

 東大路通を南に歩きました。今熊野の交差点で「ちょっと待って」と奥さま。漬物の「ニシダや」の本店でした。好物のしば漬けなんかをお買い上げです。

 通りの向こうに『新熊野神社(いまくまのじんじゃ)』のクスノキがそびえます。創建のとき、熊野から移植され後白河法皇お手植えと伝えられる樹齢900年の大樹です。
 京都三熊野のひとつで、残る2社、若王子熊野神社と熊野神社は前回の「京城勝覧」で参っています。

 シャッター通りと化している今熊野の商店街を歩いていると「ゲベッケン」の泉涌寺店がオープンしていました。丹波橋に本店がある、1961年創業という古いパン屋です。
 2階に喫茶があるので、ここで昼飯にしました。

 町のパン屋さんそのままに、柔らかそうなパン生地の菓子パン(?)が並んでいます。

 2階の昭和を思わせる喫茶スペースでいただきました。

 「だし巻サンド」を頬張りました。優しい味です。

 腹を満たしたところで『泉涌寺』までの坂道を上りました。皇室の菩提寺として御寺(みてら)と呼ばれています。

 泉涌寺の塔頭の雲龍院を拝観しました。

 「悟りの間」で、「悟りの窓」を正面にしたところに座り込みました。
 右を向くと、広い庭から日が差し込んできました。

 左の障子は半開きです。五色の紅葉が美しいそうです。「掛け軸に見立ててください」とのこと。
 光の取り込み方が素晴らしいです。

 「れんげの間」の定点に座ると、雪見障子の四角いガラス越しに4枚の違った絵を眺めることができます。

 椿、灯篭、楓、松です。

 「月窓の間」です。床の間の壁から差し込む光線が、月のかたちを作るそうです。きょうは曇り空だったので。きれいに見ることはできませんでした。

 水琴窟の「龍淵のさやけし」です。竹筒に耳をあてると、龍の伊吹が聞こえるそうです。
 わたしは、ガラス瓶の中に芳醇な一滴がしたたり落ちるように聞こえました。

 徳川最後の将軍、慶喜が寄進した灯篭と、見所が詰まっています。

 水盤を泳いでいたメダカです。「楊貴妃というんです。一番の人気者です」とお寺の女性。

 もう一つのお目当ては、撮影禁止の「走り大黒天」(絵はがき)です。
 「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)のオムニバスドラマ「わたしの大黒さん」に登場していました。

 今熊野まで戻ったところで、本日の「京城勝覧」は終了しました。伏見ははるか先ですが、巡るポイントはよく知ったところばかりです。
 この後、東山三条まで市バスに乗り、買い物があったので御幸町三条-阪急河原町と2キロほど歩きました。