大聖堂の聖ヤコブさまの前に垂れ下がるボタフメイロ(大香呂)です。ミサが終わると、香がたかれます。長い旅で汚れ果てた巡礼者ん清めるために行われました。
この日の司祭によって火がつけられます。
白い香が立ち上ります。
振り子運動になると、あたりに香がたなびきます。
勢いよく香呂は左右に振れます。
広い大聖堂を清い香りが包みます。
ボタフメイロは、決められた日と、多額の寄付があった日にたかれます。一昨日はありませんでした。2度目のミサで遭遇できました。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の横に、国営五つ星のパラドールがある。こんな豪華ホテルとは縁がないが、朝、昼、晩の3回、各10人に無料で食事がふるまわれている。建物が王立救護院だった歴史の名残らしい。
わたしも朝食をいただきに行った。パンとコーヒーだけのいたってつつましい食事だったが、ごちそうさまでした。
豪華なメーンダイニング。残念ながら見るだけだ。
夕食は、最後のタパスをつまんだ。
いや~、食った、食った!
食べ残した残がいの画像からスタートするコラムは、このブログ初です。
地の果て、フィステーラ近くのキンタナスという港のカフェです。魚介盛り合わせといった料理です。2人前です。ドーンと登場しました。
ご一緒したK氏とまずは乾杯。
魚介スープが懐かしい味です。やはり肉汁とは違います。
それではいただきます。
ホタテ貝は巡礼のシンボルです。それが最良の味になって、胃袋まで満たしてくれます。
ムール貝です。いい色してます。
フルボトルの白ワインがセットでついてきました。
とりあえずエビです。
こちらは手長エビです。
マテ貝も、やはりおいしいです。
ツアーバスの休憩時間は1 時間45 分。それがちょうどよい長さのスペインの昼飯でした。
豪華料理の代金は、ビール、ワインを合わせ一人3000円しませんでした。
目の前は、キンタナスの港です。
西に、西に向かって歩いてきた巡礼です。聖地のサンティアゴ・デ・コンポステーラからさらに100 キロほど進むと大西洋に突き当たります。フィステーラの岬です。その先に、はるかエルサレムがあると信じられていました。
ここまで歩く巡礼者も多いですが、わたしにはその体力、気力は残っておらず、バスツアーでその地に立ちました。
ここで巡礼で着古した衣服を燃やすのが、古来の習わしでした。その跡が残っています。
今では焼却は禁止です。それでも、旅でお世話になった五本指ソックスを捨てて来ました。気持ちの区切りをつけたかったのです。
こんな形で区切りをつけた人も多いようです。
零キロのモホンです。
旅で親しくなったリタイア三人組にとっても、新たな旅の始まりです。
日本語のポールがありました。
大西洋の波が、いつまでも打ち返していました。
プロローグがあったから、エピローグもあります。カミーノの旅は終わったが、スペインの旅はもう少し続いた。
この日は、サンティアゴ・デ・コンポステーラからさらに西へ100kmほど。大西洋に面した地の果て、フィステーラ、ムシアへのバスツアーに加わって、青い海を見た。
「西方浄土」は仏教の世界だが、キリスト教徒は海の向こうに何を見たのか。
フィステーラに立つ「0.0km」のモホン。ここがサンティアゴ巡礼のスタート地点でもある。
巡礼で親しくなったリタイア3人組も、新たな人生の出発点に立った。
ああ、腹いっぱい。昼飯には最高の海鮮とワインを味わった。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂では、夜のミサが行われてました。昼間は大行列ができて大にぎわいだった祭壇の聖ヤコブの後ろには、わたししかいません。ゆっくりと、思いを込めて後ろから抱擁しました。
広い背中です。キリスト教徒ではないわたしにも、分け隔てはありません。
ここまでやって来れたんだという思いがこみ上げて来ました。目頭が熱くなりました。
大聖堂には、昼前に着きました。この時は、思ったほどの感動はありませんでしたが。曇天だつたせいもあります。
巡礼事務所で一時間半待ってコンポステーラ(巡礼証明書)と距離証明書をいただきました。
薄曇りの1日でした。夕方になって初めて沈む夕日が顔をのぞかせました。
800キロをこの足で歩ききった達成感、満足感は、じっくりと間を置いて訪れました。
今夜もマテ貝です。いくつ食べてもおいしいです。
小さなイカのフライ。たこすみで。
豆やベリー、チーズが載ってます。
キノコとタマゴの炒め物。
どんどん来ます。チーズのコロッケ。
もちろん、お相手はリオハワイン。
肉もたっぷり。
ま、一人ではこんなに頼めません。
ロンセスバリャス以来、よく顔をあわせたリタイア三人組とあきさんでつつきました。
昼もタパス。シシトウのようなトウガラシ。これが思ったほどには辛くなけて、肉厚でうまい。
昨夜も食べたシシャモ。きょうは焼いて。
アサリのワイン蒸し。ニンニクははいっておらず、あっさりと。
アサリ蒸し、カレー風味。このスープにパンをひたすとたまりません。
ああ、よく食べた。

聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂を初めて見下ろすことができるモンテ・ド・ゴゾ(歓喜の丘)に向けて歩き始めました。ゆっくりと出発しました。ゆっくりと歩きました。サンティアゴ・デ・コンポステーラまでは、もう20キロちょっとしか残ってませんでした。
どうぞ、皆さん、お先に行ってください。わたしは、もう少し回り道、寄り道、わき見をして行きます。行き(死に)急ぐことはありませんでした。まだまだやりたいことはあります。
霧の向こうに巡礼路が延びていました。神々しい朝でした。進むのがもったいない思いでした。
最後となる朝食をとりました。カミーノに沿って広い庭が広がるバルです。顔なじみになったオランダ人のおっちゃん2人組もやってきました。思わず駆け寄って握手しました。「元気にここまでやってこれたね」と。
最後となる休憩をとりました。前回の巡礼で泊まったラバコージャのホテル前のバルでした。シードラ(アップルワイン)を頼みました。心地よく喉をすべってゆきました。
で、お前がカミーノを歩きたいと思った意味は見つかったのかい? 自問しましたが、頭の中は真っ白でした。何も答えはありませんでした。ここまでの長く苦しかった道のりを「行」として勤めたことはありませんでした。その報いでしょうか。せっかくここまで歩いてきたのに、悟りの境地に至るには、まだ入り口にも達していない思いでした。

¡¡paso a paso!! 一歩一歩進んでいると、やがてゴールは見えてきました。
ラバコージャのバルからモンテ・ド・ゴソまでの道は、あっけないほど短かったです。わたしは再び、この丘に立っていました。
つのる思いが過去のものになりつつありました。はるかサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから800キロ近くを独りで、この自分の足で歩いて来ました。その事実の重みがあればもう十分でした。