へんろ道には、いたるところに道しるべがあります。道に迷わないだけでなく、ほっとさせられるひと言が書かれたものも多いです。
カテゴリー: 巡礼の旅
四国88 遍路ころがしの腹ごしらえ
四国88 「遍路ころがしの道」を十二番焼山寺へ
【2011/4/30 08:32】
四国88お遍路の旅の2回目は、前回の区切りとなった11番藤井寺から19番立江寺まで歩きました。大阪からの往復の便も考えて、四国88カ所の最初にして最大の難所といわれる「遍路ころがしの道」は2日目に歩きました。
アップダウンが続く山道です。日ごろの運動不足がたたって、すぐに息があがります。最初の急坂が終わろうとするころ、一瞬、向こうに「お大師さん」が見えました。よくよく目をこらすと、大きな木でした。でも、そんな錯覚にとらわれて「同行二人」を感じてしまう道でした。
徳島 「岩田家」の徳島ラーメンを満喫
2度目のお遍路初日です。朝早く大阪を発ってきたので、早々に腹が減りました。
17番井戸寺を打って、次の18番大恩寺までは20キロほどあります。鮎喰川を渡ったところにあった「徳島ラーメン」の店に入りました。実はここが徳島ラーメンで有名な岩田家の鮎喰店でした。
醤油味が強いこってりスープです。麺はフツーです。
頼んだのは「味玉ラーメン」(580円+1.5玉80円)です。
「サービスに生玉子がついてます」、「ちょうだい」。
結果がご覧の通りです。完全に間違った選択をしたようです。
広い店です。
入口は堤防上にあって、こんな構えです。カウンターの店かなと入ると、階下に広い席がありました。
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岩田家 鮎喰店
徳島市鮎喰町2-74-1
088-633-7757

きょう1日の昼飯です。きょうも4万歩を歩き、出発のJR府中(こう)に戻ってきました。でも昼食を食べる店がなく、そのまま徳島駅へ。帰りの高速バスの予約を早めたので、あまり時間がなく、前回同様の徳島駅の5階食堂街に「ラーメンがあったはず」とエレベーターで上がりました。そこが、またも「岩田家」でした。
スープは2種からの選択です。Aなら普通のスープですが、サービスで生玉子が付いてます。そんなことならた、初めから玉子入りのBにしました。
ちょっとすき焼き風のスープです。ごちそうさまでした。
クレメントプラザ店
徳島市寺島本町西1丁目61 5F
088-656-2025
きょうは「遍路ころがし」の難所へ
お遍路初日は、時間を有効に利用するため、先に17番井戸寺から19番立江寺まで歩きました。途中、眉山の西端の峠を越えましたが、ほとんどが幹線道路沿いの道。18番大恩寺までで20数キロあり、いささかうんざりとしました。
きょうは、前回のゴールの藤井寺から12番焼山寺までの山道です。四国88箇所最初にして最大の難所とされる「遍路ころがし」の道です。コースタイムは約8時間です。
きょうも快晴です。元気に行ってきます。
この書きこみは、宿泊したJR鴨島駅前のビジネスホテルにある共用パソコンからです。写真はアップできません。
2度目のお遍路
2度目のお遍路です。今回は2泊3日で、10番藤井寺から19番立江寺まで歩きます。
洛陽第九番 「青龍寺」はにぎわに背を向けて
青龍寺の狭い庭に1本ある桜も見事です。
この花はなんというのでしょうか?
高台寺の門前ですが、対照的に門には囲いが。脇の木戸のインターフォンを鳴らして「朱印をお願いします」と断って入りました。
すぐ裏手が八坂の五重塔です。ホンモノか着付け体験の女性か判然とはしませんでしたが、舞子姿が現れました。
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洛陽第七番 「長楽寺」は円山公園のにぎわいの外
にぎわいの円山公園を通り抜けました。長楽寺の園池は、相阿弥作で、銀閣寺の庭の試作だったと伝えられているそうです。
だれもいない静かな庭先に座り込んで、ひとときを過ごしました。
元は円山公園一帯がこの寺の寺域だったそうです。
延暦24年(805)、桓武天皇の勅命で創建された由緒ある寺です。
平清盛の娘、建礼門院徳子は、壇ノ浦で一度は入水したあと、ここで得度剃髪しています。
裏山にあたる東山の中腹には水戸藩士の墓地が並びます。「尊攘(尊皇攘夷)」の文字は水戸藩主、徳川烈公斉昭(徳川慶喜の父)の揮ごうです。
京都市街が見下ろせます。手前は円山公園の桜です。
時宗の寺で、宗祖一遍上人尊像(重文)や建礼門院にまつわる品々が「春季特別展 建礼門院秘宝」として公開されていました(拝観料とも650円)。
円山公園に戻ったところに、坂本竜馬と中岡慎太郎の像があります。
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「おへんろカメラ」GXR ビューファインダーをつける
四国88カ所を巡るおへんろで、メーンカメラとなった「RICOH GXR」です。軽くて操作は簡単、写りはそこそこ。文句はありませんが、野外撮影では光線の具合で液晶ファインダーが見にくくなります。おまけに、一眼のクセから、ファインダーをのぞこうとカメラを目に持ってくることも。
解決策としてビューファインダー「VF-2」をつけました。上部にのっかっている箱がそれです。

後ろから見るとこんな具合です。ゴム製のアイキャップからのぞき込みます。
外部ストロボ用のホットシューに取り付けます。
チルト機構がついていて、のぞく角度を変えられます。上からのぞきこむことも可能です。
ビューファインダーといえば、レンズだけで構成した光学的なものがおおいですが、これはデジタル式です。液晶に写すライブビュー画像と同じデータをファインダー内の小さな液晶に送り、対眼レンズ越しに見るのです。
左は液晶モニターに写したところ、右はファインダーの内部です。
このカットは、同じRICOHのGRD3で撮影しています。
ビューファインダーをとりはずしたもとの姿です。
おへんろでは、右手は金剛杖を握ってます。とても一眼デジタルを操作する余裕はありません。重さも気になります。
GXRなら、首からぶら下げておけます。ちょっと不安定ですが、片手で撮影することも可能です。
GXRを入手するとき、最後までどちらにしようかと迷った対抗馬はSONYのフォーサーズ・カメラ「NEX-5」でした。図らずも、一緒におへんろすることになった友が、「CANONは重くて(わたしはNIKON)」とNEX-5をもって現れました。
この写真は、NEX-5で撮影してくれたものです。どちらが良かったか、これからが勝負です。カメラの性能だけではなく、使いこなす「腕」の方も…。
友のブログ「どた3は永遠にⅡ」もご覧ください。おへんろは同時進行です。わたしの後ろ姿も登場します。
四国88 四国三郎を越えて十一番藤井寺へ
3月27日
12:03
第十一番札所藤井寺への道。四国三郎・吉野川を渡り、歩いてきた川島橋を振り返る。
宿坊で一緒だった横浜からやってきた兄ちゃんが歩いている。これから5月の連休ごろまでかけて、歩いて通し打ち(一度に巡礼する)という。
































