万博記念公園のバラ園を散歩しました。満開でした。
シンボルのミャクミャクと太陽の塔が背中合わせに並んでいました。
甘い香りが漂ってきました。
照りつける太陽がまぶしかったです。
わが家近くの施設で暮らす義母を連れ出しました。車イスを押しながら、合間にシャッターも押しました。
太陽の塔は昨年、重要文化財に指定されました。チケットは「ありが塔 おめで塔」とデザインされています。シニア料金が設定されていないのが、ちょっと残念です。
京都・西山古道にあるクリンソウ広場まで歩きました。咲いていました。一面にクリンソウが。
1本の花茎に花が段々に咲く様子が、仏塔の「九輪」に似た姿からのネーミングです。
日本原産のサクラソウ科サクラソウ属の多年草です。毎年、同じところに咲きます。
水が流れ込む窪地です。そこだけ陽の光が射し込みます。
超広角レンズでも撮影してみました。
まだ花茎は伸びていないのに、花を咲かせています。
マクロ(接写)レンズをつけたミラーレスカメラをもって、大阪・水無瀬の自宅から山麓の若山神社あたりを散歩しました。
キンラン(金襴)が、可憐な花をつけていました。今年も会うことができました。
金色(黄金色)の花をつけることから「金蘭」と名付けられました。納得です。
見つけたのは2株だけです。
昔はありふれた和らんのひとつでした。急激に数を減らしていまや絶滅危惧種に加えられています。
高さ30センチほどの株が、風に揺れていました。
同じ黄金色が鮮やかな八重のヤマブキです。島本町の町花にもなっていて、こちらはあちこちに咲いています。
野辺の花も、どれも美しいです。タンポポも黄色です。
カタバミは光沢が鮮やかな黄色です。
シロツメグサ(白詰草)もあちこちに咲いています。
ハタケニラが放射状に花をつけています。ニラではないので、食べられません。
トキワハゼ(常磐櫨)でしょう。雑草とひとからげにするのはかわいそうです。
アメリカフウロです。
ニワゼキショウ(庭石菖)です。AIがすぐに教えてくれます。
ホトケノザ(佛の座)があたり一面を埋め尽くしていました。
レンゲソウもあちこちに咲いていました。
ムラサキカタバミもいっぱいです。
園児らの菜園のようでした。
JR島本駅の北側には、5年ほど前までは田畑が広がっていました。今は宅地化されてマンションやスーパーマーケットも出現しました。それでも道端にはたくさんの「雑草」が、たくましく春を過ごしていました。
京都北山の雲ヶ畑・足谷に、ヤマシャクヤク(山芍薬)が咲いているとのレポートです。わたしもミラーレス一眼を2台もって、鑑賞に行きました。
ヤマシャクは予想通りに見事でした。でもレンズ、いや心を奪われたのは初めてお目にかかったフデリンドウ(筆竜胆)でした。
清楚、可憐な小さな花を開いていました。
京都府では絶滅危惧種に指定されています。
蕾や曇天時に花が閉じた姿が「筆の穂先」に似ていることからのネーミングです。
晴れた日にしか開きません。この花は午前中の日陰で見つけました。まだ半分、閉じています。
日あたりのよい場所では、日光を存分に浴びてフルオープンです。
シロバナネコノメソウ(白花猫の目草)をもう一度見たくて、比叡山の東の谷、大宮谷林道を歩きました。
すでに花粉を飛ばした葯(やく)がほとんどでした。それでも、きれいな暗紅色の葯をつけて待っていてくれました。
春の花々のフィナーレを追いました。
ヒメフタバラン(姫二葉蘭)です。絶滅危惧種の貴重な花です。カメラを構えておられた方に教えていただきました。
偶然にもその方は、6年も前に六甲・地獄谷を案内していただいたベテランでした。ご一緒に横川中堂まで往復しました。
トウゴクサバノオ(東国鯖の尾)が可憐な花をつけていました。
お目当てのイワナシ(岩梨)はなかなか見つからず、帰り道で一つだけ残っていた花を撮影することができました。
京都・西山の小塩山にカタクリの花が咲いたとのことです。ちょっと早いかなと思いつつも、待ちきれずに登りました。
もう一つのお目当てが、イワナシ(岩梨)の花でした。今年もお目にかかることができました。
ピンクとホワイトのグラデュエーションが鮮やかな花冠です。長さが10mmほど。直径は5mmもありません。道端の岩場にへばりつくいているようでした。
カタクリは、見事にそっくり返っていました。
ミヤマカタバミ(深山片喰)の清楚な花が満開でした。
シキミ(樒)は黄色い花をつけていました。
一斉に咲いた春の花々を楽しむ山歩きでした。
お隣の大山崎にある「アサヒグループ大山崎山荘美術館」まで歩きました。
開館30周年になります。季節折々に、展示はもとよりクラシックな建物、入館料不要の庭を散歩するだけでも気持ちの良いスペースです。
始まったばかりの記念展示が見たかったのです。「共鳴 河井寛次郎☓濱田庄司」です。朝日麦酒の初代社長、山本爲三郎が支援した民藝運動の中心的人物、河井と濱田の作品が並んでいます。
館内は撮影禁止です。パンフレットの作品です。左側の3つが濱田、右が河井です。
二人は東京高等工業学校(現東京科学大学)で出会い、京都市陶磁器試験場でともに研鑽を積みました。
東山五条にある河井寛次郎記念館で、その作品にひきつけられました。河井の生活にまで触れられることができます。
濱田はバーナード・リーチとともに渡英して、セントアイヴスでスリップウェアを蘇らせました。
その技は日本にも持ちかえられて、立杭の丹窓窯などで今も引き継がれています。
スリップウェアは「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)でも、京都の日常に溶け込んだ器としてモーニングのシーンなどの登場しました。BLUE編の陶芸家、宮坂釉子(吉岡里帆)が修業に旅立ったのもセントアイヴスでした。Rouge編にも登場したばかりです。
山荘のベランダから見下ろしました。向こうは石清水八幡宮がある男山です。
玄関先にハナモクレンが咲いていました。撮影していると、大きな花弁が散り落ちて頭にあたりました。
水辺には早くもシャガが花をつけていまいた。
ベランダから見下ろした庭から、山荘を見上げました。
白い点々に写っているのは、早くも風に吹かれて舞った桜です。
アサヒグループ大山崎山荘美術館
075-957-3123
京都府乙訓郡大山崎町銭原5-3
江戸時代の京都ガイドブック「京童」とともに歩くわたしの6日目は、下鴨神社から革堂までコースでした(25日)。
本満寺の大きな枝垂れ桜が、見ごろを迎えていました。
「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)の「桜散る編」にも登場したのを覚えています。
ぐるりと取り囲むようにカメラやスマホの列です。
流れ落ちるように咲き競う花々です。あいにく曇り空で、ちょっと光線不足だったのが残念でした。