2アマ免許交付と、7MhzDC受信機の製作

 第二級アマチュア無線技士(2アマ)の無線従事者免許証が郵送されてきました。
 総務大臣って誰だったか?と一瞬、考えました。無記名ですが、まあ前任のあのだらしない格好をした方でなくてよかったです。
 次は、わたしが高校生だったころ以来の憧れだった14Nhz帯で運用できるよう、無線局免許の申請を行います。

 運転免許証と同じカードサイズです。
 光線の具合で、富士山と流れる星座、樹林と雲(川?)がホログラムで描かれているのがわかります。

 高校生の春と秋に取得した電話級(現4級相当)と電信級(同3級)の免許証と並べてみました。60年もたつと、もう別人です。

 受験にはモールス信号の解読が必要(送受信の実技は電信級を取得しているので免除)でした。忘れ去ったトン・ツーの符号を頭に叩き込んでいると、もう一度、モールス符号を使用して交信する電信にも挑戦したくなりました。
 その第一歩として、7Mhz帯のモールス通信を受信するための簡単なダイレクト・コンバーション(DC)受信機の製作を思い立ちました。ネットで探すと、個人で安価なパーツセットを販売している方がおられました。「最後の1セット」というのを入手しました。

 パーツのうちの小さなコンデンサの印字が老眼の目では読めません。虫眼鏡で拡大して、容量ごとに分類しました。

 ハンダづけは好きな仕事です。ぼちぼちと製作を始めました。

 ここまで組み上げましたが、さて期待通りに仕上がるでしょうか。

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 CQ de JA3UWS
 CQは呼び出し符号、JA3UWSはわたしのコールサインです。
 次の夢は、こんな交信です。

My memory 旅ランチ アルプ・グリュムのペペロンチーノ

 スイス・レーティッシュ鉄道のベルニナ線に、イタリア北東部のティラーノから乗り込みました。オープン・ループ橋や山上湖、雄大な氷河などのアルプスの絶景を楽しみ、中間のアルプ・グリュムで途中下車しました。走りすぎるにはもったいない時間でした。
 駅舎につながるレストラン「WeissbierGarten」に直行しました。「アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ」です。

 氷河を眺めながらのビールです。サイコーにうまいシチュエーションでした。

 パリュー氷河がのぞいていました。

アルプ・グリュム駅のアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ

 標高2091mにあります。ラックレールを使わない粘着方式のベルニナ・エクスプレスは、グルリっと回って登ってきました。

ベルニナ急行でアルプスを越える

神戸国際会館 「反田恭平 with ベルリン・ソロイスツ」を聴く

 「反田恭平 with ベルリン・ソロイスツ」を、神戸・三宮の神戸国際会館こくさいホールで聴きました。先週の「ピアノ・リサイタル2025」と同じプログラムです。
 前から2列目の正面と、またもかぶりつきでした。ピアノと弦が弾ける音が目の前を交錯するのを期待しました。
 ところが、あれれ⋯。モーツァルトの「きらきら星変奏曲」の出だしから、ピアノの高音がキラリと輝いてはくれませんでした。反田くんの腕をしても、ホールやピアノの質をカバーするのは難しかったということでしょう。よく響くクラシック音楽ホールと、デッドな多目的ホールの違いは明らかでした。

 ベルリン・ソロイスツは、さすがベルリン・フィルのアンサンブル所属の弦楽奏者らしい演奏でした。なかでも演奏をリードするビオラがすごく、ブラームスのピアノ四重奏曲第1番のクライマックスに向けての盛り上げと、ペースを合わせる反田くんのピアノはまさに圧巻でした。ベルリン・フィルハーモニーで聴いた感動の夜を思い出させてくれました。
 アンコールの「ふるさと」は、耳慣れた曲です。チェロが朗々と歌い、さすが反田くんのピアノも限りなく美しいニッポンの情景を描いてくれました。

 反田くんのFaceBookにリハーサルの模様がアップされていました。

 ロビーにはスタバが入っていました。でも満員でした。

 三宮の夜景が綺麗でしたが、時間も遅く、そそくさと帰宅しました。

わが家の Merry Christmas 2025

 わが家のクリスマス・デコレーションが勢ぞろいです。暗くなるのを待って、キラキラ・バージョンで撮影しました。

 ウィーン市庁舎前のクリスマス・マーケットで買った花束のスタンドを作り直しました。3ミリ角のヒノキ角材を接着。黒いカラースプレーを吹き付けました。
 スワロフスキーの星も、ピアノ線のスタンドを作りました。
 サンタクロースの2体やツリーも手作りです。

 おくさま製作のスワッグも完成です。「赤い実がないのでちょっと派手さに欠けるけど、シックでしょ」と。
 杉の葉などは昨日、柳谷観音近くまで車を走らせて、道端の枝をいただいてきました。

 玄関ドアも飾っています。

 新たに製作した二十面体のヒンメリも、鏡に反射していい具合です。

 玄関の飾りは毎年、同じです。独・ドレスデンみやげのロウソクの熱で風車が回る「ピラミッド」と呼ばれる木工工芸品です

My memory 駅 初めてのウイーン西駅

 ウィーン・ヴェストバーンホフ(西駅)は、ふたりで初めての海外旅行となった2004年の旅で利用しました。
 長距離列車に乗るのも初めて。念のためにと、前日に駅の様子を見に行ったほどでした。

ウィーン カフェ・リッターのザッハ・トルテ

 ウィーンの町を楽しんだ後、憧れのザルツブルク音楽祭を聞くためにモーツアルトが生まれた町、ザルツブルクに向かいました。

 乗った列車は、ザルツブルク経由でミュンヘン行きのECでした。「モーツアルト」という愛称がついていました。

ウィーン 初めてのÖEEでザルツブルクへ

 「ウィーンでのんびりと」というタイトルをつけた旅(2019年)では、列車で到着したウィーンにはHauptBahnhof(中央駅)という新駅ができていました。

ウィーン アパートメントホテルでご飯にほっこり

 飽きもせずにあれこれと書き連ねてきた My memory の駅シリーズは、これでお終いとします。わたしの思いで旅にお付き合いくださり、ありがとうございます。

My memory 駅 ベルリン中央と分断の記憶

 お上りさんにはまるで迷路みたいだったベルリン中央駅です。16もあるホームは東西と南北方面に分かれ、地上と地下で立体的に交差しています。最上階を地下鉄が、長距離路線が地下を走っていることも、わたしの頭を混乱させました。
 東西分断の壁が取り壊された跡地に2006年に生まれました。再統合の象徴ともいえる駅です。

ベルリン 迷路のような中央駅

 中央駅から東へ3つ目がアレキサンダー・プラッツ(広場)駅です。駅前に旧東ドイツ時代に立てられたテレビ塔がそびえています。塔の上からはブランデンブルク門などベルリンを一望することができます。

ベルリンの高い所から テレビ塔と大聖堂

 アレキサンダー・プラッツでは、公共交通機関乗り放題のベルリン・カードを買おうとして、ちょっとおっかない目にあったのも、今は思い出です。

ベルギーの笑顔 ドイツのしかめっ面

 さらに2駅先のベルリン・オスト(東)の近くには壁をそのまま残したイースト・サイド・ギャラリーがありました。

ベルリン 東西分断の記憶 Eastside Gallery

ベルリン東西分断の記憶 Checkpoint Charlie

 ポツダム・プラッツ、ハッケシャー・マルクト、ベルリン中央、アレキサンダー・プラッツ、ベルリン東と書き連ねてきました。他にもフリードリッヒ・シュトラーセなど思い出の駅はありますが、ベルリンの駅はここまでとします。

ヒンメリ 正二十面体をつくる

 正二十面体のヒンメリをつくりました。正三角形が20個集まって球体になっています。
 YouTubeの作り方を参考にしました。
 ヒンメリは、フィンランドの暗く寒い冬に飾るインテリアです。1年半ほど前に「五芒星」をつくっています。その時の材料が残っていました。
 葦(よし)でできた天津すだれをバラして、長さ6センチの部材を30数本、切り出しました。両端は木工用ボンドで強化しています。

 ありあわせのピアノ線を針の代わりにしました。

 たこ糸を通して三角形を増やしていきます。鉄道のトラス橋のようです。

 五角形の頂点から延びる5本が合体しています。

 完成までには1時間もかかりませんでした。

 玄関のライトにさがっているこれまでの2個と並べました。

X’masに「ヒンメリ」を飾る

「ヒンメリ」をつくる 試作1号の五亡星 

大阪フェスティバルホール 反田恭平ピアノリサイタル2025

 「反田恭平ピアノリサイタル2025」を、大阪フェスティバルホールで聴きました。デジカメのホワイトバランスがずれていました。セピア調ですが、画像はどっちでもいいか!
 本日のハイライトは座席でした。これまでも前列は経験してますが、なんと最前列、かぶりつきでした。おしゃれだけどラフな格好の反田くんが登場すると、わずか3メートルほど先を歩きます。ピアノに座れば、後ろ姿ながら初めてのアングルでした。
 左手をひらりと動かしたり、左足をひょいと振り上げたり。「うーん!」という、かのグレン・グールドさながらの唸り声まで聞こえてきました。

 ブラームスの「ピアノ・ソナタ第3番」は、わたしには馴染みがありません。ブラームスはお好き、とはいい難いです。
 前日にYouTubeで予習していました。ヴィルヘルム・ケンプの演奏は、画像に楽譜が流れることもあって教科書を読むようでした。
 対して聞こえてきた反田くんの調べは、ページを繰るのが楽しみな小説でも読んでいるよう。肩肘張らないけれど集中度の高いシャープなものでした。ブラームスも聴き重ねるとその魅力にはまりそうな予感もしました。
 ショパンの「4つのスケルツォ」は、ガラリと音色が変わりました。第2番の馴染みのメロディーが登場すると、いつものようにすっかり引き込まれてしまいました。
 アンコールの「ラルゴ」は久しぶりです。ゆったりと細やかに、またまた新鮮に響かせてくれました。

 リハーサルのカット(kyoheisorita instagramより)

 来週も反田くんのチケットをゲットしています。師走の反田ウイークです。

 

京都を歩く 京都電燈の水力、火力と叡電100年

 京都電燈は、路面電車の京都電気鉄道(京電)に電力を供給する一方、自らも電鉄を経営しました。
 大正14(1925)年に開通させた叡山電気鉄道平坦線で、出町柳と八瀬(現八瀬比叡山口)を結びました。今年で開業100年です。
 八瀬比叡山口のターミナル特有のドーム状の屋根は、開業当時そのままです。 

 駅の山手に、京都電燈が明治33(1900)年に完成させた高野水力発電所の水門が残っています。

 叡山ケーブルも京都電燈が叡山電気鉄道部の鋼索線として平坦線と同じ大正14(1925)年、西塔橋(現ケーブル八瀬) – 四明ヶ嶽(現ケーブル比叡)間で開業させています。

 八瀬から叡電-京阪と乗り継いで京都・伏見の中書島までやってきました。ここには京都電燈の伏見発電所として建設されたレンガ造りの火力発電所の建屋が今も残っています。

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My memory 駅 ハッケシャー・マルクトのカリーヴルスト

 ベルリンの駅をもうひとつ。中心部の旧東ドイツ地区にあるハッケシャー・マルクトです。
 DB(ドイツ国鉄)のSバーンは、1882年の開業当時の面影を残すレンガ造りの高架を走っています。駅周辺の高架下には飲食店などが並んでいます。
 

 ここで食べたカリーヴルストは、ドイツの若ものに人気のジャンクフードです。焼いた太いソーセージにカレー粉とケチャップがかかってスパイシーです。ビールのアテに最高です。

ベルリン 最後の昼飯はカリーヴルスト

 駅前にはこんなストアも並んでいました。 
 前回と同じレストランでカリーヴィルストをいただきました。

わたしのみやげ アンペルマンの毛糸帽子

 交差点を渡った先にあるハッケシャー・ヘーフェには、中庭があるいくつかの古いビル群におしゃれなショップが並んでいます。

ベルリン ハッケシャー・ヘーフェの甘いビール