リカちゃん わたしのチェアーに大満足!

 4歳の末孫娘が、かわいいリュックにリカちゃんを入れて遊びにやってきました。
 わたしが作ったリカちゃんのイスに座らせるのを楽しみにしてくれていました。
 小さな手でリカちゃんの髪の毛をといて、まずはおめかしです。

 リカちゃんの膝の関節が曲がらないことを知りませんでした。おかげで、最初は脚が高すぎました。なんとかぴったりのサイズになったようです。

 ノコギリで脚の高さを半分ほどにカットしました。

 ばーば作のクッションも置いて、孫娘がやってくるのを待っていました。

リカちゃん わたしにもチェアーを!
ミキちゃん・マキちゃん、暖かにお休みなさい
ミキちゃん・マキちゃんの2段ベッドとソファー

 ナポリタンをつくって、みんなでいただきました。
 おとな3人、子ども2人分で300グラム超を茹でましたが、もう少しあってもよかったです。

 2人の孫娘も、おいしそうにペロリと平らげてくれました。

ClarusVoce 2ndコンサート フライヤーの制作

 女声アンサンブル クラルス・ヴォーチェ(Clarus Voce)が今秋、2回目のコンサートをカトリック芦屋教会で行います。そのフライヤーができあがりました。
 奥さまに頼まれて、今回もわたしがデザインからネットプリント業者へのデータ入稿までを担当しました。
 発注からわずか3日というスピードで印刷され、宅配便で届きました。 

 ずしりと重たい段ボール箱です。
 緊張のご対面でした。うまくできていて、ホッとしました。

 1000部単位の2包みと、予備として50部ほどが入っていました。
 料金は、消費税込みで5000円ちょっとでした。
 チケットとプログラム制作も控えています。

 表面の画像は、スペイン北部の町、ブルゴスにある世界遺産のブルゴス大聖堂でわたしが撮影しました。
 華麗なバラ窓とランプ、パイプオルガンが印象的です。
 画像ソフトのPhotoShopで画像と文字とをデザイン。PDFに変換して出稿しました。

 ブルゴスは、2016年のサンティアゴ巡礼で歩いた思い出の町です。

 Paso a paso Dos 13日目=9/6 気分としてはクォーター

My memory カフェ巡り 雲上のティータイム コルヴァッチ3303

 思い出を書き連ねている「My memory」の旅ランチ編は、終わったわけではありません。ちょっと間が空いてしまいました。気分転換に、ウィーンを離れたカフェ巡りです。
 スイス東部のベルニナ・アルプスは、最高峰のピッツ・ベルニナ(4,049m)をはじめとする3,000〜4,000m級の峰々と、モルテラッチ氷河などが織りなすダイナミックな景観が魅力です。
 ピッツ・コルヴァッチまで上がり、標高3,303mにある「レストラン3303」で、目の前に広がる大パノラマと雲上のティータイムを楽しみました。

雲上のティータイム

 中央が、主峰のピッツ・ベルニナです。

コルヴァッチ展望台から望むベルニナ山塊

 麓の町、サン・モリッツからバスとロープウェーを乗り継いで登ってきました。

コルヴァッチ展望台からなおも眺める

「平安京跡イメージマップ2025」と復元模型

 794(鳴くよ)ウグイス平安京
 そんな語呂合わせを思い出す京の都を現代の地図にオーバーラップさせた「平安京跡イメージマップ2025」をゲットしようと、京都・丸太町七本松の京都アスニーに出かけました。
 ネットにも公開されています。でもスマホやモニター上のマップではなく、紙に印刷された地図を手にしたかったのです。
 床に広げました。A0判です。国際規格のA判サイズでは最大で、A4判(左上のチラシ)の16倍もあります。2000円(フォルダーつき)ほどもしましたが、さすがに迫力があります。

 わたしの「京都を歩く」のヒントが埋もれていそうです。

 地図の中心部分は、当然ながら平安京の大内裏(だいだいり)です。

 京都アスニーの1階には京都市平安創生館があります。
 ここに平安京の復元模型が展示されています。縮尺1000分に1ですが、東西11m、南北10mと巨大です。

 高層ビルなどあるはずもなく、のっぺりとした土地が碁盤に区切られています。

 デジカメでアップした大内裏です。正面が朱雀門です。

 モニターでも細部を見ることができます。

 朱塗りが美しい豊楽殿も復元されています。

 わたしの昼飯ではありません。当時の庶民が食べてました。
 強飯(こわいい)と藻塩、鴨川の鮎と野菜の煮物です。なかなかうまそうです。

 貴族が食べた王朝料理「殿下の御膳」です。
 酒肴五種(焼き鯛、鯉、雉の干し肉、ガザミ、鱸)と盛菓子六種は、さすがに豪勢です。

 地図が欲しかっただけですが、思わぬ展示に見入りました。

 平安京跡イメージマップ2025

 京都アスニー(京都市生涯学習総合センター)
 075-802-3141
 京都市中京区丸太町通七本松西入ル聚楽廻松下町9-2

リカちゃん わたしにもチェアーを!

 リカちゃんが座るチェアーをつくりました。
 ふたごの妹、ミキちゃん・マキちゃんのための2段ベッド、ソファーに次いでじーじ作の第3弾です。末の孫娘に「つくって」と追加注文をうけました。
 こちらもピンクとブルーに仕上げました。

 階段状の横棒がオリジナル・デザインです。

 30mm幅の桐集成材を使いました。

 全面をピンクのカラー・スプレーで塗装。横棒部分だけを残してマスキングテープで覆い、ブルーを塗り重ねました。

 クッションは、ばーばの針仕事です。

 リカちゃんは右です。座高はぴったりのはずですが、脚の高さは調節が必要なようです。
 孫娘が喜んでくれるのを楽しみにしています。

京都シネマ 「KÖLN 75」とペッパーカルネ

 京都・四条烏丸のCOCON KARASUMA(古今烏丸)にある京都シネマで映画「KÖLN 75(1975年のケルン・コンサート」を観ました。
 天才ピアニスト、キース・ジャレットが1975年、独・ケルンのオペラ座で弾いた伝説的ライブは、世界で最も売れたジャズ・ソロ・アルバムとなりました。そのCDは、わたしの愛聴盤です。カー・ステレオのメモリーにも入ってます。
 そのコンサートをプロデュースしたのが、なんとたった18歳の高校生、ヴェラだったのです。スクリーンでは、無敵のガールがただただ走り回っているような「青春映画で、音楽映画で、お仕事映画。そして無敵のガール・エンパワーメント・ムービー!」(パンフレットより)に仕上がっていました。

 新聞などの映画評が掲示されていました。

 その通りです。
 完全に肩透かしを食らいました。今かと待ちかねたケルンの舞台が始まろうとしたところで、映画はジ・エンドでした。「♪タタタタ~ン」と響くはずのキースのピアノは、一音も発しませんでした。
 ベーゼンドルファー・インペリアルに代わって弾かれた「調律の狂ったリハーサル用ピアノ」が何だったのかも、わからないままでした。
 家に帰ると、すぐにCDを再生しました。これはスタインウェイの音でもありません。ベーゼンドルファーかと思ってましたが⋯。

 京都シネマの前です。ここで弁当を開けている人を見かけます。

 わたしもパンをかじりました。地下鉄・烏丸の改札前にある志津屋四条烏丸店で買ってきたペッパーカルネです。ハムにタマネギをはさんだだけですが、これが旨いのです。

 京都人にとっての密かな愉しみです。

 志津屋 四条烏丸店
 075-343-6710
 京都市下京区二帖半敷町地先 京都市営地下鉄四条駅構内

ミキちゃん・マキちゃん、暖かにお休みなさい

 ばーばが今度はがんばりました。
 リカちゃんの双子の妹「ミキちゃん」と「マキちゃん」が眠る2段ベッドの布団ができあがりました。
 4歳になった末孫娘の注文に、ばーばは百均で端切れを買ってきて、針仕事でした。

 布団と枕の3点セットが2組です。フリフリがかわいいです。

 ソファーにもクッションを置きました。
 孫娘は連休にやってきます。どんな表情で遊んでくれるのか、楽しみです。

京都・平安神宮 リフレッシュされたチンチン電車、京電N52号

 京都・岡崎の平安神宮の応天門わきに、この春から「京都電気鉄道電車(京都市交通局ニ号電車)」が展示されています。国指定の重要文化財です。
 元は京都電鉄(京電)の狭軌電車として走っていたチンチン電車です。
 永く平安神宮の神苑内に置かれてましたが、老朽化したため全面改装され、保存場所も変わりました、

 京電は京都市電(京都市交通局)に吸収されましたが、狭軌路線として最後まで残った北野線を走っていました。
 京都市電に移籍後、狭軌(ナロー)のNをつけたN52号となり、さらに2号とナンバーは変わりました。 

 ナンバーが表示されていた部分は塗装されておらず、N52や2の数字が残っています。

 乗車はできません。運転席をのぞき込みました。

 向こうに垂れ下がっているロープを引くと、手前天井のベルがチンチンと鳴るのです。だからチンチン電車です。

 客室とをつなぐ部分に、京電の社章がついた金具が残っています。
 社章は水力発電者のタービンを模しています。琵琶湖疏水の水で京都電燈が発電。その電力で動いていました。

 客室をのぞき込むと、吊り革なんかがきれいに再現されています。

 「禁煙」という表示も見えます。

 ポールは前後向きに2本です。
 京電開業当時は1本でした。その後、集電・復電の2本架線となり、さらに1本架線と変遷しました。

 車軸周りもきれいに塗装されています。

 展示されていた説明文の資料写真です。N52当時の姿です。寺町通の御所の東にある京極小学校の前です。

 車番が2に変更後です。運転席周りも改造されています。

 神苑内に保存されていた2006年に、わたしも撮影していました。
 同じ頃に、あちこちに動態・静態保存された京電車両を撮影していました。今もも残っているのでしょうか。
 このブログ内では「京都市電の残影」というカテゴリーに分類しています。

 平安神宮の前は、蚤の市でにぎわっていました。

京都・近代美術館 「モダン都市生活と 竹久夢二」展

 京都・岡崎の国立近代美術館で「モダン都市生活と 竹久夢二」展を観ました。
 2024年に生誕140年と没後90年を迎えた竹久夢二。その絵と詩に魅了された版画家の川西英のコレクションから夢二の版画、書籍から絵葉書や封筒、千代紙、風呂敷までが並んでいました。
 イラストレーターであり、デザイナーであった夢二の世界を楽しみました。

 夢二とくれば「宵待草」です。
 待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな
 夢二の作詞、多忠亮作曲のあの歌曲は「セノオ楽譜」から出版されました。その表紙です。

 あれれ。
 2つ並んで展示されていました。よく見ると、「待宵草」と「宵待草」です。出品リストは、どちらも宵待草となっています。
 ネットで調べると、植物名としてはマチヨイグサです。夢二も当初は待宵草としていたが、ゴロがよいからと逆転させたとか。ネットでは左の図柄で宵待草となっているバージョンも見つかります。ま、どちらでもいいです。

 島崎藤村の詩「初恋」から着想を得たというセンチメンタルで文学的な雰囲気を醸し出しています。

 「蘭燈」に惹きつけられました。
 著作権の問題がないのか、ほとんどの作品が撮影OKでした。

 セノオ楽譜 は、妹尾(せのお)幸次郎によって大正期に出版された、一連のピース楽譜です。表紙を夢二ら有名画家の作品が飾りました。

 「マダム・バタフライ(蝶々夫人)」もありました。

 ポリドール・レコードの月ごとの新譜宣伝のポスターです。

 本の装丁も手がけました。

 日本髪が美しいです。

 「九連環」の部分が、チケットになっていました。

 「夢二に憧れた川西英や恩地孝四郎をはじめとする昭和期の画家・版画家が描き出した都市生活やモダンな景観、前衛と遊びの世界」(説明文より)も並んでいました。
 川西が収集したサーカス研究資料の1つが「木下サーカスショー」のプログラムでした。昭和33年、神戸三宮駅前とメモ書きされています。
 ちょうどその頃に、わたには美術館のある岡崎公園で木下サーカスを観た記憶があります。大きな球形のカゴの中を、オートバイがクルクルと走り回ったのを、鮮やかに覚えています。懐かしくなりました。

 疏水の桜は散ってしまい、緑が鮮やかでした。
 
 京都国立近代美術館
 075-761-4111
 京都市左京区岡崎円勝寺町

ミキちゃん・マキちゃんの2段ベッドとソファー

 4歳になった末孫娘に頼まれた工作の時間でした。
 リカちゃんの双子の妹「ミキちゃん」と「マキちゃん」が眠る2段ベッドと、腰掛けるソファーです。
 薄板と角材で組み立てたて、ピンクとブルーに塗装しました。

 アクセントに百均出身の飾りもつけました。

 バーは、脱いだ衣服をハンガーにかけてぶら下げます。
 アルミ線でハンガーもつくりました。

 第1段階では、全体をピンクのカラーススプレーで塗装しました。

 ピンクを残す部分にマスキングテープや紙を貼りました。その上からブルーのスプレーで塗り重ねました。思いのツートーンに仕上がりました。
 次は、ばーばが布団をつくる番です。

 前編はこちらです。
 ミキちゃん・マキちゃんの2段ベッドの製作

 2年ほど前にソランちゃんの椅子をつくって以来です。
 「ソランちゃん」の椅子をつくる