高野街道を往く その2 御幸辻~極楽橋

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わずか1週間のことですが、だいぶ暖かくなりました。きょうはダウンのベストで出かけました。
高野街道を御幸辻から歩き始めました。ゴールと決めていた学文路(かむろ)には、予想以上に早く着いてしまい、そのまま南海高野線の鉄道終着駅の極楽橋まで歩いてしまいました。学文路から先は、結構な急坂続きでしたが、気持ち良い汗をかきました。

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春です。街道沿いには菜の花が咲いてました。

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【09:23】
1週間ぶりの御幸辻です。

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【09:27】
前回ルートを5分ほど戻ったところが、高野街道を外れてしまった地点です。
前回は道なりに右の広い道を進んで御幸辻駅に着いてしまいました。

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【09:32】
牛頭(ごず)天王社があります。ちょっと参拝して先に進みます。

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【09:45】
国道に出ました。高野山までは、なんと28キロしかありません。がんばれば、今日中に到着できる距離です。

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【09:54】
南海高野線のガードをくぐります。時間があれば、電車がやってくるのを待つところですが、ダイヤは30分に1本だったはずです。

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【09:56】
すぐにJR和歌山線のガードです。こちらは、さらにダイヤは疎らなはずです。
「高野街道」の文字がうれしいです。

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【09:58】
橋本市街です。道標には「左 京大坂道」「右 こうや」とあります。ここは京大坂道を進みます。

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【10:04】
国道24号を渡り、紀ノ川に突き当たりました。
ここに四里石があります。向こうは紀ノ川から高野山方面です。

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四里石の反対側には「東家渡場大常夜燈籠」が立ってます。紀ノ川渡船場で、対岸には渡しで渡ったんです。
わたしは、向こうの橋本橋を渡ります。

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【10:07】
橋本橋を渡ります。

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【10:20】
紀ノ川の左岸を下ると、三軒茶屋常夜燈が立ってます。
東家渡場から渡しに乗ると、ちょっと下流のここに上陸したのです。

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【10:29】
西行法師ゆかりの西行庵が、きれいに再建されています。

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西行庵の横に、六地蔵の「第一の地蔵」が祀られています。

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【10:37】
清水の町並みです。旧街道の雰囲気が残っています。

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古い蔵を見上げると、鐘馗さんではなく、なんと鯛を掲げた大黒さんです。天女もいました。

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梅は、もう盛りを過ぎています。

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【10:53】
国道と合流したところに「第二の地蔵」が祀られています。

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【11:05】
学文路(かむろ)までやってきました。「三里石」は、民家の玄関先にあります。

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三里石の向えが「受験の神様」の学文路大師堂でした。

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【11:10】
学文路郵便局の前に、「興山寺領 御国領境界石」の石柱(右側の郵便ポストの横}が立っています。高野山領と紀州藩領との境です。

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こんな案内標識があります。

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【11:13】
南海高野線の踏切を渡ります。向こうが学文路駅です。

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【11:19】
学文路苅茅(かるかや)堂までやって来ました。「石堂丸物語」の舞台です。と言っても、そんな物語は不案内でした。
さて、当初のゴールはここでした。でも、まだ時間は早いです。これでは歩き足りません。
このところのウォーキングは、タブレット端末のNEXUS7で記録しています。ところが、きょうはスイッチ・オンを忘れていました。学文路に入ってから、しまったと起動させたばかりです。極楽橋まで歩くことにしました。

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【11:38】
集落の中を抜けていきます。坂の連続です。

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【11:44】
繁野の集落に祀られている「第三の地蔵」を横目に通り過ぎます。

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【11:52】
弘法大師ゆかりの「大師の硯水」です。

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【11:55】
急な坂道を下ったところに「第四の地蔵」があります。

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【12:11】
河根の集落までやってきました。
うれしい看板です。冷たい缶ビールでもゲットして昼飯と企てましたが、看板倒れです。店はシャッター降りたままで、自動販売機すらありません。

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【12:15】
元本陣の中屋旅館などが残る河根宿を抜けたところに、「二里石」が立ってます。
朱色の千石橋を渡ると、三大急坂のひとつ作水坂です。

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【12:24】
急坂を喘ぎながら上ります。向こうからバイクの音がすると思ったら、郵便屋さんが通り過ぎました。こんなところまで配達しているなんて、日本郵便は素敵です。
たぶん、わたしの会社の新聞屋さんも、読者にお届けしているはずです。

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【12:27】
急坂を上り切ったところに「第五の地蔵」が祀られています。急坂を象徴するように、案内板は、やってきた道の方向下30度を指してます。

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【12:23】
一気に高度を上げました。河根の集落が、もうあんなに眼下です。

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【12:36】
こんな山の上にも民家があります。いくら日本は狭いとはいえ・・・。
しかもこの家。右隅には柱がありません。どうしたことでしょう。

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【12:51年】
「第六の地蔵」です。

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【13.03】
さすが腹が減ってきて、昼飯にしました。途中のマーケットゲットしていた「助六」です。

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【13:19】
「日本最後の仇討」の現場です。
明治4年(1871)、赤穂藩家老の子供四兄弟が、父の仇を待ち伏せして本懐を遂げたそうです。これを機会に仇討ち禁止令が出されたそうです。
それにしても赤穂藩って、仇打ちがお好きですね。

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【13:26】
討たれた6人の墓所があります。

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【13:31】
遂に「一里石」までやって来ました。左から2つ目が一里石です。

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【13:36】
しばらく歩くと「女人堂4400メートル」の御成婚記念道程標が立ってます。1里は約3.9キロのはずです。ちょっと納得がいきません。
ちなみに「御成婚」は、大正3年の昭和天皇の記念です。

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【13:38】
神谷宿を通り抜けます。ここも往時は栄えたようです。

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【13:52】
眼下に南海高野線のレールが見えます。撮り鉄にはたまらない「お立ち台ポイント」が続きます。でも電車はやって来ません。
実はここで10分ほど待てば、「天空」が通りました。そんなことがわかっても、後の祭りです。

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【13:54】
極楽橋が見えてきました。

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【13:58】
極楽橋駅に到着です。
ここまで電車でやってきた客は、高野山ケーブルに乗り継ぎます。ここで改札口を通る客なんて、あまりいないのでしょう。通用口のような入口です。

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高野鉄道特別列車「天空」がやって来ました。

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わたしが乗った高野鉄道の各停ワンマンカーも。クロスシートの素敵な車両でした。一番前のシートを確保して、50パーミルの急路線を駆け下る車窓を楽しみました。

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NEXUS7のアプリ、MyTracksを起動させた学文路小学校脇からのデータです。

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河根からの急坂が、データでも明らかです。

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御幸辻から学文路小学校までは、Googlemapで計算すると、6.7キロでした。

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