東海道五十三次 53連写

2007/02/10-11
 東海道五十三次をお江戸日本橋から京三条大橋に向かって歩いている友がいます。
 わたしも、三重・桑名の宿から滋賀・土山の宿まで60㌔余りを、庄野の宿に1泊して歩きました。鈴鹿峠を越えて総歩数90,000歩に及ぶ旅でした。
 カメラ2台でいつものように撮りまくりましたが、残念なのは桑名市内の写真があまりないこと。「七里の渡」近くのビジネスホテルや、時計店の「正確堂」なんてのは、必写だったと反省しております。

 出発は「焼き蛤」の桑名です。横浜、八王子、大阪から3人が集合しました。
 マンホールにも「七里の渡」がデザインされています。

 梅もほころぶ陽気の中を出発しました。
 鈴鹿峠では気温3度の強い風でしたが。。

 七里の渡し場跡です。手前が揖斐川、向こうに長良川が流れています。これに木曽川の河口が続くところから、「宮」からは渡しとなりました。
 向こうには富士山が見えます!

 調べてみると、「ナガシマスパーランド」の関連施設、「なばなの里」にある「アイランド富士」です。地上45メートルから濃尾平野を一望できるようです。

 鍾馗(しょうき)さんにお目にかかりました。ここは、正しい位置に飾られていましたが、どういうわけか大屋根の上に突っ立っている鍾馗さんもおられました。

 昔の名前は「下さざらい歯科」でした。それが、「らいおん歯科」になりました。どんな心境の変化でしょうか。

 募集しているのは「内職さん」です。けっして「パート従業員」なんかではありません。

 伊勢湾台風の教訓なんでしょうか。

 ここは三重県です。

 こだわってます。「フジイ」ではありません。

 赤ちゃんは何を買ってもらうのでしょうか?

 「10皿100円」です。いや、「もってけ、どろぼー」とは書いてありませんが「無料」です。といわれても…。

 業務不振で不採算部門から撤退を続けているサンヨーです。昔は自転車まで作っていたんですね。

 「P空有」。簡潔明瞭、これでなくては。

 ここは三重県です。

 そういえば「安全な三重肉」(松阪肉ではありません)を売る「東京屋」もありました。

 あちこちでお目にかかりました。

 「うどん」とくればフツーは「丼」でしょう。「中華」とくれば、フツーは「ラーメン」でしょう。
 私の脳みそは堅いのでしょうか!!

 「伊勢みそ」って、柔らかいのでしょうか?

 伊勢参宮道と東海道が分岐する「日永の追分」です。
 「予告」を逆に読むと…?!※◇●☆

 「通り抜け出来ません」といわれても、先を急ぎますものでー。

 四日市市です。

 そろばんは健在です。電卓なんかに負けていません。
 このポスターは、日本商工会議所と日本珠算連盟が作成しています。ということは、日本全国に掲示されているんでしょう。

 「大売り出し」です。でも「4月27日」って? 今年のことなら、待ち遠しすぎます。

 東海道五十三次をお江戸日本橋から歩いてきた連れの巻物風の詳細地図には、「産経新聞」の表示がありました。行ってみれば「イスのサンケイ」でした。

 庄野の宿です。
 「初午祭」です。あちこちの神社で行われています。

 鈴鹿市内では、独自デザインのマンホールを見つけることができませんでした。

 「太田胃散です。いい薬です」

 伊勢神宮のおひざ元です。「三重県神社庁」の勢力圏です。

 亀山市です。

 旧東海道です。亀山城に残る多聞櫓がデザインされています。

 亀山はローソクの町です。
 「亀山ローソク」の本社工場です。

 亀山の宿です。
 「こめや」の跡はそば屋です。

 「とちぎや」は、今も立派に「株式会社栃木屋」です。

 立派な屋号です。

 仲良く同居させてもらってます。

 「おかだや」も岡田屋です。

 「左 停車場」です。

 なんでもあります。
 草もち、うぐいす餅、さくら餅、いちご大福、栗大福、利久まんじゅう、酒まんじゅう。

 なんでもあります。
 呉服、仏壇、貸衣装、本堂落慶大法要、蚊取り線香からサラ金、公明党まで。

 布気皇舘大神社には常夜灯がズラリと奉納されています。
 「株式会社 安全」。わかりやす社名です。でもどんな会社なんでしょう。警備保障、ヘルメット、錠前、シートベルト、信号機、安全ピン?

 距離感を強調するため望遠で撮影したわけではありません。
 わずか10メートルもないところに設置されもネ。

 JR関西線を走るディーゼル・ワンマンカー「キハ120系」です。国道1号のクルマと競走しています。

 首に鈴をつけた鹿が川を渡ってます。よくわかります。

 忘れているわけではなさそうです。あちこちに注連飾りをしたままの家がありました。

 その昔の結納品は、ユビワ、洋傘、ハキモノだったのですか。

 関塾(かんじゅく)ではありません。関宿です。

 日だまりです。仕事にはうってつけです。「桶重」です。

 関宿は、昔の宿場の風情をたっぷり残しています。

 現代の「かじや」です。

 旧関町は、現在は亀山市になっています。

 坂下の宿に立つ五十三次の道標です。
 桑名-四日市-石薬師-庄野-亀山-関-坂下と歩いてきました。
 目指すは鈴鹿峠の向こうの土山です。

 鈴鹿峠を越えます。意味不明です。

 記念撮影です。
 やっと滋賀県に入りました。

 今回のゴールは旧土山町。現在は甲賀市(こうかし)になっています。

 貴生川駅のホーム。
 左はJR草津線、右は信楽高原鉄道。その間に改札口がありますが、何のために?