東山三十六峰 その3 南禅寺山など4峰を巡る

 梅雨入り前の最後の好天でした。東山三十六峰を巡る3回目は、蹴上から南禅寺の裏山とでもいうべき4峰を歩きました。それぞれに山名を表示したプレートがあり、4戦全勝の好成績でした。
 第16峰の若王子山(にゃくおうじやま、183㍍)のすぐ前には学校法人同志社の共同墓地があり、創始者の新島襄、妻の八重らが眠っています。

 若王子山から雑木の間を100㍍あまり行くと、第17峰南禅寺山(197㍍)でした。
 京都市左京区南禅寺福地町というのが所在地です。
 わたしは右京区の産院で生まれましたが、両親は当時、南禅寺の塔頭の一間を借りて住んでいました。わたしの最初の住民登録地は左京区南禅寺福地町だったはずです。赤ん坊のときに見上げていた町内の山というわけです。

 暑い1日でした。冷麺が食いたいなと歩きました。
 山を下りた天王町から丸太町を河原町まで歩いて、「冷たいまぜ麺、あります」という店と巡り合いました。
 冷たいビールとともに、ああうまかった!


 【2022/06/09 10:19】
 京都市地下鉄の蹴上で下車しました。目の前がびわ湖疏水のインクラインの下を抜ける「ねじりまんぽ」です。
 ここから少し行ったところが、わたしの最初の居住地です。

 日向大神宮への道へと左折します。

 びわこ疏水の終点で、インクラインの斜面の出発地点です。
 山登りより、大津まで続くボートの船旅の方が良さそうな日和でした。

 最初に目指したのは、第18峰大日山です。
 ネット検索して調べると、「大日山墓地の北東の柵を越えると大日山山頂に着く」と書かれています。標高150㍍です。
 大日山墓地までやってきました。このゲートは施錠されていませんでした。

 墓地の最奥まで行くと、道は続いているようです。ところがフェンスのゲートは鉄線で縛られていて開きません。
 本日のルートを追ったYAMAP(末尾に掲載)は、蹴上で地図を確認しながら、スタートさせるのを忘れていました。ここがスタート地点になっています。

 どこかに抜け道はないかと探していると、田邊朔郎の墓がありました。びわ湖疏水を開削した技術者でした。

 仕方なく日向(ひむかい)大神宮へと方向転換しました。
 5世紀末に筑紫日向の高千穂の峰の神蹟を移したのが起こりと伝わる古い神社です。
 「京の伊勢」とも呼ばれ、外宮、内宮と二つの社があります。

 少し上ると、「天岩戸(あまのいわと)」もあります。

 潜れるようになっていて、内部に神棚があります。

 京都一周トレイルのルートとなっていて、何度も通ったことがあります。

 尾根を外れて、大日山を目指しました。視界はありませんが、それらしきところまでやってきました。

 プレートはなくて確認はできませんが、ここを大日山としておきましょう。

 朽ちた看板にも「大日山国有林」と書かれていました。
 倒木が通せんぼしてますが、ここを下るとすぐに大日山墓地のフェンスがあるはずでした。

 トレイルのルートに戻りました。木の根が張った、歩きにくい道です。

 七福思案処(しちふくしあんところ)という6本の道が交差する分岐に着きました。日向大神宮から来た道、南禅寺に下る道、山科の毘沙門堂から上がってくる道、そして大文字山に通じる道。さらに南にひと山越えて日向大神宮に下る別ルートです。

 きょうはひと山越えるルートを行きます。かなりの急斜面もあります。

 着いたところが第19峰神明山(218㍍)でした。ここも眺望はありません。

 七福思案処まで戻り、さらにトレイルを進みます。
 京都市内が見下ろせるビューポイントです。中央の太いのは、御池通りでしょう。
 しかし、ここまで来るとYMAPの地図に大日山と書かれたピークは通り過ぎていました。

 少し戻ると、右手に踏み跡らしきところがありました。雑木をかき分けて入りこむと、歩く人は少ないのでしょうが、はっきりとしたルートがありました。 

 まぎれもなく大日山(326㍍)です。こちらを三十六峰の第18座としているネット情報もあります。

 大文字山へとつながる尾根筋のトレイルとは分かれて、西斜面を下ります。

 思いのほか急で、歩きにくい個所もありました。

 分岐まで下ってきました。ところが、南禅寺山への取り付きルートがわかりません。

 右に行けば新島襄の墓がある若王子山です。そちらを先にしました。

 立派な墓地の前までやってきました。 

 若王子山は目の前でした。

 若王子山からは、YAMAPの地図と方向、高低差を頼りに南禅寺山を目指しました。落ち葉に覆われて、踏み跡は消えていました。

 ピークらしきポイントに向かうと、「⑰」のプレートがぶら下がっていました。第17峰でした。

 裏側には南禅寺山の表記もありました。

 東側の急斜面に赤いテープが続いていました。足元に気を付けて一気に下ると、どこから登るのかと迷っていたその地点に下ってきました。

 この赤テープが気になっていたのですが、ここから登るとは思いませんでした。踏み跡なんて、何もありませんでした。

 もう一度、新島襄の墓の前を取って下山しました。立派な参拝道が続いていましたが、かなりの勾配でした。

 墓地の登り口まで下りてきました。
 それにしてもどうしてあんなに高いところに墓地を作ったのでしょうか。足腰の弱った高齢者は、とても参拝できません。

 【13:00】
 熊野若王子神社の日陰のベンチに座って、冷たい清涼飲料水でひと息つきました。
 大文字山やその山麓にいくつかの峰があるですが、腹も減ってきたので、きょうはここまでとしました。

 天王町まで出てきましたが、適当な食堂が見当たりません。丸太町をそのまま鴨川を越えて河原町まで歩きました。
 「ジャパニーズまぜ麺 MARUTA」です。
 ああ、極楽、極楽! よく冷えた生ビールです。生き返りました。

 看板の「まぜ麺」(950円)です。教えに従い、グチャグチャと混ぜると、チャーシューに目玉焼き、揚げゴボウなんかが現れました。

 ギンギンに冷した麺です。ピリ辛タレをまとっています。うまいです。これは「大」にしても良かったくらいです。

 和食ダイニングのようなきれいな店です。奥には坪庭のようなスペースもあります。

 ジャパニーズまぜ麺 MARUTA
 075-748-1961
 京都市上京区丸太町通河原町西入高島町338-3

 交差点の南西角です。ここは昔は喫茶店ではなかったでしょうか。半世紀以上前の高校生の時に入った覚えがあります。