2002年8月21~23日。Myメモリーの第2弾は、白馬岳に登った記録です。
わたしの最初のデジタルカメラ、Canon IXY DIGITAL 200 で撮影しています。本邦初公開です。NAS(ネットワーク・アタッチド・ストレージ)の中に保存されていました。
白馬尻山荘に1泊して、大雪渓を登りました。
白馬山荘に泊まりました。ナイフとフォークの奮発した豪華メニューです。生ビールも飲んでます。
よい天気でした。バックの剣岳がとんがってます。
白馬大池を通り栂池高原にくだりました。
関西百名山の住塚山に登りました。学生時代以来のなんと48年ぶりの山頂でした。
前夜来の雨で、登山は危ぶまれましたが、午後まで待って小雨の中を覚悟して歩きました。
学生時代からの友やその仲間と、今月初めの藤原岳登山と同じメンバーでした。
【2018/04/15 13:02】
住塚山(1009m)は、奈良・宇陀市にあります。名阪国道の針インターで待ち合わせました。ところが途中は土砂降り。午前中は近くの名刹で名残の桜を見たりして時間をつぶしました。
柱状節理の岩壁が連なる屏風岩の麓にある屏風岩公苑の駐車場に車を止めて、歩き始めたのは昼過ぎでした。ヤマザクラは見事ですが、屏風岩は雲に隠れて見えません。
ヤマザクラを見に来ている人はパラパラいましたが、山頂を目指した人とはほとんど出会いませんでした。
【13:01】
急な登り道が始めりました。でも山頂まで1.1kmという表示にほっとしました。
【13:42】
落ち葉がぬかるんでスリップしそうな悪路を慎重に進みましたが、40分で山頂でした。
三角点は真新しい気がします。辺りは樹木に覆われています。
48年前は、辺りは草原といったかんじだったと記憶します。
いつものようにコーヒーブレークを取りました。
【14:20】
早々に下山を開始しました。
予定ではこの後、国見山に登り、東北の稜線を下るはずでした。計画変更で、国見山との鞍部から屏風岩の上部に出て下山しました。
下りは神経を使います。ズルリとやりそうですが、全員セーフでした。
屏風岩の上の一ノ峰(936m)まできました。これでは怖さはありません。眼下にヤマザクラのグラデュエーションが眺められるはずでした。
下界に戻ってくると、雨もあがりました。南東の山々から雲が沸き上がり、山水画のような風景が広がりました。
【15:36】
わずかな距離ですが、気持ちのよい尾根道を進みました。
屏風岩公苑まで戻ってくると、一瞬だけですが雲が流れました。屏風岩の稜線がチラリと姿を見せてくれました。
48年前に撮影した屏風岩です。樹木が少なかった気がします。
【15:55】
駐車場に戻ってきました。行きに餡餅を買った売店は、すでに撤収してました。
雨を覚悟の山行でした。なんとか住塚山にも登れて、大満足の1日でした。
京都西山の小塩山は、カタクリの花が咲くことでこの時期、人気の山です。寒い一日で、日差しもなかったのでカタクリの花はイマイチでしたが、いろんな花が咲いてました。ミツバツツジも咲き誇ってました。
花より男子の弁当は、JR向日町のセブン・イレブンで買ってきた「たっぷり明太子と焼き鮭ぎごはん(麦飯)」です。サケとイクラなら親子ですが、タラコでは他人ですね。いや、おいしさに変わりはありません。
ゴールとなった善峯寺の枝垂れ桜は、山の上とあってまだ満開でした。光線がないので残念ながら輝いていません。
仕上げは、阪急・東向日駅前の珉珉で餃子です。ちょっと寒い中を歩いてきましたが、生中で暖まって、きょうもいい1日でした。
続きを読む 小塩山 花と弁当と餃子と、美女はなし
京都西山の小塩山に登りました。ことしもカタクリの花と出会うことができました。
残念ながら薄曇りとなって、日差しがありません。おまけに気温も上がらず、花は堅く閉じたままです。イナバウアーしている花はほとんどなく、ちょっと寂しい光景でした。
ことしはすべての花が早かったようです。カタクリも例外ではなく、3日には満開になっていたとか。毎年、早くなってます。
日差しがないので、残念ながら鮮やかさはありません。
8度ほどしかありません。花が開かないはずです。
それでも熱心にカメラを構えるタイガースのタオルを首にした同行者2人です。
昨日の日曜日は250人が訪れたそうですが、きょうはまばらでした。
小塩山に山頂近くにある3つのカタクリ保護地は、西山自然保護ネットワークの皆さんによって守られています。カンパしてきました。
山行については、改めて記します。
満開のツツジの下で、お弁当を開けました。英会話教室・OakTreeClubのお仲間らと、花見に出かけた京都・嵐山です。
なんと花の妖精のように出現した光景です。
花の色に合わせたようなドレスです。それに素足です。
連れの男性が撮影してましたが、それがスマホで。
「お前ももっと撮れ」と促され、わたしの後ろ姿までいれて撮影している様子でした。
どちらのお国の、どちらさまだったのでしょうか? そうか、英会話を習っているのでした。聞いておくのでした。
ここで弁当を食べていました。不意に、そこに現れました。
きょうの弁当は、奥さまが自分の弁当とともにつくってくれました。
阪急・嵐山の売店で買ってきた缶ビールを開けて、最高です。
京都麦酒は、伏見・黄桜酒造のペールエールでした。
福寿草が咲く花の名峰・藤原岳に登りました。登山口からの標高差が1000メートルという、登り応えがある山でした。
ご一緒したのは、「どたぐつ」の学生時代からの友と、そのお知り合い、お一人は偶然にも同じ大学の同学年(学部が違うので面識はなし)という同世代4人と驚くほどに健脚なその奥さまたちでした。
昼飯は、出発が早かったのでお手製とはいかず、コンビニ弁当でした。
大原の里10名山の金毘羅山(573m)と翠黛山(すいたいさん、577m)を、英会話教室のお仲間らと巡りました。絶好のハイキング日和で、山の緑が美しかったです。
金毘羅山の頂上で食べたわたしの自家製弁当です。おにぎりとウインナーや玉子焼きなどです。
金毘羅山は、讃岐・琴平にある金毘羅山のほか、全国にいくつかあります。京都・大原の金毘羅山は、山のかたちが奇怪なうえ全山が秩父古生層の露岩に覆われています。山頂には三壺大神がある。山城三十山に名を連ね、ロッククライミングの絶好の練習場となっています。
「京都人の密かな愉しみ」(NHKBS)で何度も登場した老舗和菓子屋、久楽屋(くらや)です。目に焼き付いたシーンでした。
室町上立売を上がったところにある和菓子屋、俵屋吉富の本店が暖簾を変えて使われていました。
日曜日とあって、残念ながらシャッターが閉まってました。店内の様子はわかりませんでしたが、こぢんまりとしたたたずまいでした。
隣は郵便局。赤いポストが映っているいるシーンです。
久楽屋の若女将、沢藤三八子が15年ぶりに再会した菓子職人とパリに旅立つ最終回のシーンです。
和服から洋装に着替えた常盤貴子が輝いてました。
托鉢の僧(実は腹違いの弟)にお布施する三八子が歩いてきそうです。
「さいなら」がエンディングでした。
烏丸今出川から歩きました。同志社大学のクラーク館です。奥さまの案内です。
ここで団時朗が洛志社大学の教授、エドワード・ヒースローとして教鞭をとるシーンに出てきます。
臨済宗相国寺派の大本山である相国寺は、京都五山第2位に列せられる名刹です。
相国寺塔頭の瑞春院は、水上勉の「雁の寺」で知られます。
番組に挿入されているオムニバスドラマ「桐タンスの恋文」に登場します。
俵屋吉富の本店、茶ろんたわらやと歩いてきたところは寺之内小川通りです。北に上ります。
不審庵(茶堂表千家)の立派な門です。
お隣は今日庵(茶道裏千家)です。
裏千家の前が本法寺です。
この夜桜の下で三八子は「京を捨てる」と未練を断ち切る菓子職人と別れ、15年後に再会します。
三上家路地です。路地は「ろーじ」と発音する袋小路です。
続編の「BLUE修業中」で、パン職人を目指す上町葉菜(趣里)が、その日、売れ残ったパンを近所のお年寄りに配りに行くシーンに出てきます。
本隆寺の瓦土塀が続きます。
雨宝院から眺める瓦土塀です。
三八子が通りがかり、エドワードに会釈する印象的なシーンです。
エドワード教授が参拝するシーンもあります。
花弁がかわったつばきがきれいでした。
「京都人の密かな愉しみ」のロケ地の一部を巡りました。わが家の墓地がある宇治の興聖寺も何度も登場します。
家に帰ると、ネットで予約した本が届いていました。「京都人の密かな愉しみ」(NHK「京都人の密かな愉しみ」制作班+源孝志監修、宝島社)です。ペラペラと繰っていくと、行きたいロケ地があちこちにあります。
* ブログ中の常盤貴子の画像は、この本からコピーしました