ほぼ1年ぶりでお遍路を再開することができました。
50番繁多寺からの再スタートです。
51番石手寺は、回廊が出迎えてくれます。
伊予電鉄の松山市駅です。ちなみにJRは松山駅です。
51番石手寺から市内バスで松山市駅に戻ってくると、路面電車の終端点、松山市駅前に「坊ちゃん列車」がやってきました。坊ちゃんも乗ったマッチ箱のような列車を模した観光列車です。
どうしてバックするのかと見ていると、目の前で予想外の「転回」が展開されました。
1年ぶりにお遍路を再開することができました。松山市内の4カ寺を打ち、JRの伊予和気駅から大西駅まではワンマン列車に乗ってラクをしました。1時間かかりませんでした。この間は30キロちょっとあります。歩いていたら1日ではダメです。そんな余裕はありません。
海岸には来島ドックのクレーンが林立するJR大西駅で下車して54番延命寺を目指します。昼飯時ですが、駅前には食堂1軒ありません。国道を歩いていると「Aコープおおにし アシスタ」という、要するにJA(農協)のショッピングセンターありました。ここを逃したら昼飯にありつけなかったです。
弁当はほとんど売り切れで、「寿司盛会せ」(398円)です。
店の前でいただきました。とりあえず、空腹は満たされOKです。
お遍路では、歩くことばかりに気がいって、昼飯は成り行きです。
(株)越智今治農業協同組合 ジェイエイ越智今治 Aコープおおにしアシスタ
愛媛県今治市大西町紺原甲754-1
0898-53-2286
2日目(14日)の昼飯は、紹介するほどではありませんが、とりあえず。すでにご飯を口に入れ、グリーンのカップに入っていたひじきもありません。
59番国分寺を打って、最寄りの伊予桜井からJRに飛び乗りました。途中、伊予西条で短い乗り換え時間に、駅のキオスク(?)で買ったコンビニ弁当です。300円しませんでした。
伊予西条で特急いしづち16号に乗り換えました。予定よりだいぶ早く、岡山から新幹線に乗り継いで4時すぎには水無瀬の自宅に帰り着きました。
ちょうど1年ぶりのお遍路でした。松山から今治まで10カ寺で打ってきました。
今治で泊まったビジネスホテルで「夕食はどこか?」と聞いて紹介された焼き鳥の「山鳥」です。
メニューの先頭にあった「皮」です。でも、これまで食べてきた焼き鳥の皮とは、だいぶん様子が違います。串に刺さってません。これは炭火で焼いたのではなく、鉄板で焼いたんでしょう。カウンターの向こうは見えませんでしたので、どんな調理をしているかはわかりませんでした。
今治が「焼き鳥日本一宣言の街」であることを知りませんでした。焼き鳥店の人口比率日本一だそうです。
やはり鉄板で焼くのが今治の焼き鳥でした。造船の町で、鉄板が簡単に手に入ったとかが由来という説もあるようです。
外はカリッ、内はジューシーです。キャベツにかかっている「秘伝のタレ」は、醤油ベースには違いありませんが、結構甘くて、ソースが入っているのかと思わせて…。
こちらは「鳥ネギ」です。これも、炭火で焼いたような焦げ目はありません。
何が違うって、ネギが白ネギではなくタマネギです。
「ネギ」というのもありました。
輪切りのタマネギが焼いてあります。中心はくりぬいて、肉が詰まってます。
一枚づつ食べていきます。甘くていい具合です。
最後は「手羽先」です。しっかりと味が付いてます。
今治焼き鳥は、「皮」に始まり、「せんざんき」と呼ぶ骨付きの唐揚げで終わるそうです。それに近いのでしょう。
これだけ食べて1000円ちょうど。ビールに焼酎も飲みました。満足の夕食でした。
山鳥(さんちょう)
今治市末広町1-4-7
0898-22-7188
「穴太善峰巡礼古道」を歩きました。
この夏、島本町水無瀬の自宅から歩いて出発できる釈迦岳やポンポン山に何度か登りました。バリエーションルートはないかなと昭文社のエリアマップ「京都西山」を広げていて見つけました。西国20番札所・善峰寺から21番札所・穴太寺まで続く古くからの道です。
西国三十三所を巡ってからすでに4年ほどたちます。そのときは札所ごとに点で巡りました。それを線でつないでみたくなりました。
巡礼道は秋でした。穴太寺近くの田では、稲穂が重たく実を付け、彼岸花が真っ赤に咲いていました。向こうは愛宕山です。
「背向け地蔵」です。どういうわけか巡礼路に背を向けています。昔からお遍路さんが通過するのを、背中で感じてきたのでしょう。
「西国古道」の道しるべです。四国八十八カ所の遍路道には、これでもかというくらいにいろんな種類の道しるべがあります。同じのが西国にもあって、うれしくなりました。これを頼りに歩いている人もいるのだと。わたしもおおいにお世話になりました。でも矢印とあわせて「西国古道」の文字があるのに気づいたのは、ここ1カ所だけでした。
四国八十八カ所のお遍路を再開しようと思っています。その前にすることがありました。弘法大師空海ゆかりの京都市内3カ寺に参る「京都三弘法まいり」です。
菅笠を東寺で、金剛杖を仁和寺で、納札箱を神光院で授かり、道中の安全を祈願した後、お遍路に出発するという信仰です。江戸時代中期から昭和30年代までは行われてました。このほど3カ寺が復活させようと「京都三弘法霊場会」を結成して、記念法要を営みました。
さっそくやってきた弘法大師の都の拠点、東寺です。
55メートルと木造建造物としては日本一の高さを誇る五重塔です。
小さなころからの馴染みの寺です。写生におとずれたものです。「洛陽三十三所」や「都七福神」でも訪れています。
「京都三弘法まいり」のグッズが並んでいます。
真言宗総本山 東寺 教王護国寺
京都市南区九条町1番地
075-691-3325
京都市バスの一日乗車券(%00縁)を買い、バスを乗り継いで西賀茂の神光院までやってきました。こんなところにあるとは、知りませんでした。
桜はまだ三分咲きといったところです。
本堂は池の向こうです。線香をあげました。
「厄除け大師」として信仰を集めています。
交差点を渡ったところは、何回かやってきたことがるチーズケーキがおいしい菓子屋でした。
神光院
京都市北区西賀茂神光院町120
075-491-4375
もう1カ寺の仁和寺は、遅咲きの桜で知られる御室にあります。もうすこしして訪れます。
洛陽一番、六角堂頂法寺を参りました。これで洛陽三十三所観音霊場は結願です。
しだれ桜にはおみくじの花が咲いてます。後ろのビルは、華道の池坊です。
大勢の人が参拝してました。西国三十三カ所のバスツアー一行のようです。わたしも西国は巡りましたが、白い法被姿はあまりお目にかかった記憶がありません。よく見ると「南無観世音菩薩」と染めた法被のほかに、「南無大師遍照金剛」(四国八十八カ所用)というのも。ま、気にしないことに。
六角堂の名の通り、お堂は六角形です。
平成21年5月、白内障レンズ再建手術を受ける京都府立医大病院近くを待ち時間に散歩していてたまたま訪れたのが洛陽三番護浄院(清荒神)でした。その時の「病気平癒」を祈って始めた巡礼でしたが、やっと結願です。改めて「病気平癒」をお願いしました。
西国でお参りした六角堂
六角堂頂法寺
京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町248
075-221-2686
洛陽巡礼も結願間近です。
京都を代表する観光寺院の清水寺は、塔頭(?)の5寺が札所になってます。前回、訪れたときに3寺の朱印はいただきましたが、再訪です。
13番の朝倉堂は、有名な清水の舞台がある本堂の手前にあります。ところが修復工事中でした。
舞台の左、緑の屋根に覆われています。
蓮華王院に参りました。三十三間堂として知られます。ここを参るのはいつ以来でしょうか?記憶にありません。
中尊を中心に左右に「十一面千手千眼観世音」という1000体の観音像が並びます。圧巻です。端から端まで33間です。そこを埋め尽くしてます。ゆっくりと拝みました。堂内の写真撮影は禁止です。