讃岐路をお遍路しました。5月末以来です。
この間、お大師様に無断で異教徒のサンティアゴ巡礼に出かけたりしていましたが、再び「結願」を目指します。
スタートは、70番本山寺でした。早朝の新幹線、特急、普通と乗り継いでやってきました。
「涅槃の道場」の香川県は、比較的近いところに札所が連なっています。JRなどの交通機関も利用しましたので、1日目は弘法大師の故郷・善通寺を経て、77番道隆寺まで8カ寺を巡りました。
讃岐路をお遍路しました。5月末以来です。
この間、お大師様に無断で異教徒のサンティアゴ巡礼に出かけたりしていましたが、再び「結願」を目指します。
スタートは、70番本山寺でした。早朝の新幹線、特急、普通と乗り継いでやってきました。
「涅槃の道場」の香川県は、比較的近いところに札所が連なっています。JRなどの交通機関も利用しましたので、1日目は弘法大師の故郷・善通寺を経て、77番道隆寺まで8カ寺を巡りました。
83番札所・一宮寺までは、ことでん(高松琴平電気鉄道)に乗りました。JR高松駅から高松築港駅にやってくると、ホームの電車が発車直前でした。自動券売機で乗車券を買っていては乗り遅れそうでしたが、「車内で乗車券を買ってください」と改札はフリーパスにしてもらい飛び乗りました。
何も知らずに飛び乗った電車ですが、あちこちに一眼レフを抱えた「撮り鉄」がいます。へエー、人気なんだと。
木造にニス塗りの円柱には、ギリシャ建築のような彫刻が施されています。
車内で発行してもらった乗車券もレトロです。「10」と「7」をパンチして17日です。ナンバーは「023」となってます。偶然でしょうか。それとも車両番号でしょうか。降車の際に渡しましたが、記念にもらっておくのだった。
運転席もシンプルです。ガタゴトと揺れながら走ります。
一宮駅に着きました。
「ホームに降りて撮影してください。ご要望があれば申しでてください」とものすごいサービスです。乗客がパンフレットをもらっていたので、「わたしもいただけますか」。それで人気の秘密がわかりました。
「20型23号車」は、元々は大阪鉄道(後の近畿日本鉄道)の車両で、1925年(大正14年)に川崎造船所で製造されました。譲渡を受けた後も今に至るまで現役で走っている日本最古の車両だったのです。
2両連結してますが、貫通はしてません。
先頭のこちらの方がレトロに見えた「3000型300号」は、ことでんオリジナル車両で、「近代化産業遺産」の認定を受けてます。でも製造は1926年(大正15年)と、26号の1年後です。
1日に1往復しかしていない「レトロ電車特別運行」に運よく巡りあわせていたのです。
ガイドブックを見ていると、古い橋梁などとともに屋島駅も近代化産業遺産に認定されてました。
84番札所・屋島寺を打った後、雨に降られて高松に戻る途中でここから乗車しました。
お遍路最初の夜は丸亀でした。高松勤務時代の丸亀在住の先輩とン10年ぶりに会いました。連れて行ってもらったのが「一鶴(いっかく)」でした。
「キミ、歯は大丈夫か?」と聞かれて頼んだのは、「骨付鳥」の「おやどり」でした。
文字通りに骨付きの鳥がドーンと登場しました。ニンニクとスパイスたっぷりの油をまとった骨付きの焼き鳥です。
最初はがんばって箸で食べようとしました。でも、周りを見るとみんな骨の先にティッシュを巻きつけて、そのまま頬張ってます。なるほど、シコシコとしてうまいです。ビールが進みます。
他にもたべてますが、写真はこれだけです。およばれして、写真ばかり撮ってられません。
骨付鳥は、創業60年の一鶴が生み出した料理だそうです。
一鶴 丸亀本店
丸亀市浜町317
0877-29-9111
お遍路2日目の夜は、高松でした。久しぶりに夜の町を歩きましたが、すっかり変わってます。
丸亀町商店街からライオン通りに向かい、古馬塲まできました。昔、この辺りに「スナック 倫敦」がありました。このときは、まだ骨付鳥の存在に気づきませんでした。
ライオン通りを歩くと、この通りです。なんと骨付鳥のオンパレードです。あるは、あるは。讃岐といえばうどんでしたが、それに次ぐ名物が誕生していました。
ライオン通りのズラリとかかっている幟も、気がつけば菅野美穂がお薦めの骨付鳥でした。

3日間のお遍路を終え、帰りは安上がりに高速バスです。
缶ビール飲んで、じゃこ天食って、あとは寝るだけです。
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お遍路2日目も、ほぼ予定通り歩きました。
昼飯は、琴電瓦町駅でした。途中下車しましたが、駅前の様子はすっかり変わってます。当然です。わたしが新聞社に入社して初任地として過ごしてから40年です。
駅の近くに、鶏の天ぷらがおいしかった店を思い出しました。そちらの方に歩いていくと、行列のできている洋食店がありました。メニューを見ると「とりの骨ぬき」(450円)があります。これは、行列を並んでも食べないわけにはいきません。
登場したのは、昔と同じとりの骨ぬきです。
なつかしい味です。
忙しく調理しているご主人に聞きました。
「この店、古いんですか」「はい、50年になります」
当たりでした。あの店でした。
おいしい洋食屋として人気の店のようです。
「また、こちらに来られたらいらしてください」。横で聞いていた奥さんに愛想よく送り出されました。
昔は、ガラス戸を開けて入る、居酒屋のような雰囲気でした。改装されてますが、カウンターに座るのは同じです。
洋食 おなじみ
高松市瓦町2-5-10
087-861-7639
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「カトリック東京大司教区カテドラル関口教会聖マリア大聖堂」を訪ねました。
わたしのサンティアゴ巡礼が、無事に達成されたことの報告と感謝の気持ちからでした。
東京出張の会議までに時間がありました。JR東京から飯田橋へ。さらに東京メトロでひと駅の江戸川橋から10分ほどのところでした。
丹下健三が設計した大聖堂は、「8面の双曲放物面を垂直に近く立てた構造」で、大きな十字形になっています。独立した鐘楼は、4つの鐘が平面に並んんでいます。高さこそ違え、スペインでよく見かけたような格好をしています。
カテドラルとは、教区の責任者である司教が儀式の際に座る司教座(紋章のついた赤い椅子)、ギリシャ語のカテドラがある教会のことだそうです。サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂もカテドラルでした。
広い敷地内には、フランスの聖地、ルルドの洞窟が再現されています。
わたしが巡礼中に携えていたクレデンシャル(巡礼手帳)は、ここで発行されていました。いわば身元保証人だったわけです。
四国88カ所や西国33所では、お礼参りとして高野山に参ります。サンティアゴ巡礼にそんなしきたりがあるかどうかは知りませんが、わたしにとってはひと区切りとなりました。
祭壇は、キリストによる最後の晩餐の食卓を形どっているそうです。シンプルですが、荘厳な雰囲気です。
大聖堂の内部は撮影禁止です。これは購入した絵はがきです。
ふり返ると、教会用としては日本で最大というパイプオルガンが、聖堂の空間にぴったりと収まっていました。どんな音を奏でるのでしょうか。
カトリック東京大司教区カテドラル関口教会聖マリア大聖堂
東京都文京区関口3-16-15
教会を出ると、目の前がホテル「椿山荘」でした。リーズナブルに昼飯は食べられないかとフロントから長い廊下をひと巡りしましたが、そのまま出てきました。帰りはメトロの護国寺へ。徳川綱吉は母、桂昌院の祈願寺である護国寺の大きな山門がありましたが、いくらなんでも教会と梯子するわけにもいかず、そのまま大手町の本社に向かいました。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼事務所は、コンポステーラ(巡礼証明書)を発行した巡礼者統計を発表しています。わたしが歩いた9月の巡礼者統計は、以下のようでした。わたしがカウントされている欄は、黄色で表示しました。
During the month of September 2013 30.896 pilgrims were received at the Pilgrims’ Office. The number of pilgrims in the past Holy Year, 2010, during the same period was 36.870. Of those pilgrims, 14.517 (46,99%) were women and 16.379 (53,01%) men. 26.770 (86,65%) pilgrims arrived on foot, 4.001 (12,95%) by Bicycle, 119 (0,39%) on horseback, and 6 (0,02%) pilgrims on wheelchair.
9月には3万900人近くが巡礼しました。毎日千人ほどが、サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着していた計算です。
自転車にはたくさん抜かされましたが、騎馬巡礼には出くわしませんでした。車いすも6人とは、すごいです。
Pilgrims’ Age:
7.017 pilgrims were younger than 30 years old (22,71%), 17.780 were between 30 and 60 years old (57,55%), and 6.099 were aged above 60 years old (19,74%).
60歳以上も20%に達してました。わたしも年齢を感じることはありませんでした。
Pilgrims’ Motivation:
Religious: 12.482 (40,40%)
Religious and Cultural: 16.978 (54,95%)
Cultural: 1.436 (4,65%).
わたしはクリスチャンでありませんが、門戸は開かれてました。
Pilgrims’ Nationality:
Spanish: 14.547 (47,08%);
Foreigners: 16.349 (52,92%); Most of the pilgrims come from the following countries: Alemania, with 2.614 (15,99%); Italia, with 1.846 (11,29%); Estados Unidos, with 1.378 (8,43%); Portugal, with 1.269 (7,76%); Francia, with 1.225 (7,49%); Irlanda, with 1.038 (6,35%); Reino Unido, with 738 (4,51%); Australia, with 566 (3,46%); etc.
Japanは「etc」でひとくくりの存在です。200人にも満たないはずです。
Pilgrims’ Profession:
Regarding the professional fields, the majority of pilgrims are Empleados: 7.983 (25,84%); Jubilados: 4.528 (14,66%); Estudiantes: 4.067 (13,16%); Tecnicos: 4.020 (13,01%); Liberales: 3.730 (12,07%); Funcionarios: 1.820 (5,89%); Profesores: 1.279 (4,14%); Obreros: 821 (2,66%); Parados: 740 (2,40%); Amas de Casa: 739 (2,39%); Directivos: 436 (1,41%); Artistas: 292 (0,95%); Sacerdotes: 163 (0,53%); Agricultores: 120 (0,39%); Religiosas: 68 (0,22%); Marinos: 46 (0,15%); Deportistas: 39 (0,13%); Oikoten: 5 (0,02%); etc.
Jubilados(retired)も多いですね。時間がありますから。
Starting Points:
Most of the pilgrims received in this period started their Way to Santiago in: Sarria: 7.846 (25,39%); S. Jean P. Port: 3.315 (10,73%); León: 1.896 (6,14%); Cebreiro: 1.487 (4,81%); Tui: 1.450 (4,69%); Oporto: 1.388 (4,49%); Ponferrada: 1.387 (4,49%); Roncesvalles: 1.143 (3,70%); Astorga: 880 (2,85%); Oviedo – C.P.: 719 (2,33%); Burgos: 618 (2,00%); Pamplona: 598 (1,94%); Le Puy: 576 (1,86%); Ferrol: 562 (1,82%); Irún: 496 (1,61%); Valença do Minho: 487 (1,58%); Ourense: 407 (1,32%); Vilafranca: 399 (1,29%);
スタート地点は、わたしも歩き始めたサリアが25%に達してます。ゴールのサンティアゴ・デ・コンポステーラまで100キロ超の町だからです。徒歩で100キロ以上巡礼すると、コンポステーラ(巡礼証明書)がいただけます。
2番目に多いのは、ピレネー山脈のフランス側にある町、サン・ジャン・ピエト・ポートです。次はここから歩きたいです。
The Chosen Routes:
Most of the pilgrims chose Frances-Camino de: 22.137 (71,65%); Portugues-Camino: 4.119 (13,33%); Norte-Camino de: 1.814 (5,87%); Primitivo-Camino: 1.077 (3,49%); Via de la Plata: 1.064 (3,44%); Ingles-Camino: 570 (1,84%); Otros caminos: 67 (0,22%); Muxia-Finisterre: 48 (0,16%); etc.
フランスの道が、やはりポピュラーです。
サンティアゴ巡礼路には、「モホン」と呼ばれる道程の標識が0.5キロ間隔で立っています。この数字が減っていくのが、歩いていての楽しみでした。
朝日を浴びるモホンです。
サンティアゴ・デ・コンポステーラまで「100キロ」を示すモホンです。
わたしにとっては、実質的な巡礼のスタートともいえるモホンでした。ここから歩けばコンポステーラ(巡礼証明書)がいただけます。