なんんでも省略してしまう大阪人です。
北大阪急行の千里中央駅です。「近畿の駅百選」に選べれている千里ニュータウンのターミナルです。
12日の撮影です。
認定証は、駅長室に保管されてました。
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アムステルダム・ロイヤルコンセルトヘボウといえば、今やベルリンやウィーンに勝るとも劣らない人気オーケストラです。その団員(といっても3人)による弦楽合奏の”ディナーショー”です。京都御所わきのザ・パレスサイドホテルが会場でした。
弓が天上にぶつかるかというくらいのデッドな部屋で、外は雨。でも最悪のコンディションを吹き飛ばす、圧倒的な勢いのすばらしい音色が響き渡りました。
食事も、簡単ですがコースでした。飲み物も付いてます。
客の飛び入り出演(?)もまじえて、モーツァルトの五重奏曲です。
すっかり盛り上がった熱気に、冷たいデザートがおいしいです。
最後は30人ほどの大合奏となりました。モーツァルトの「ディベルティメントD dur」です。サイトウキネン・オーケストラの”絆”にもなっている美しい曲です。
楽しい演奏会が終わったときは、午後10時をとっくにすぎてました。まだ弾きたそうでした。
「太陽の塔」です。ここで万博が開かれたのは、昭和45年のことです。大阪モノレール(正確には大阪高速鉄道大阪モノレール線)の万博記念公園駅付近には、当時は地下鉄・御堂筋線のターミナルがありました。
もうすぐ万博記念公園駅です。「八」の字のよに手前に広がっているのは、彩都に向かう新線です。
コンコースの窓の向こうにも「太陽の塔」がのぞきます。
左は「近畿の駅百選」、右は営業モノレールで最長ということが認めたれた「ギネス」の認定証です。
閉鎖された「エキスポランド」です。ダイザラザウルスの軌道も、途中でなくなっています。観覧車の移転計画が持ち上がってます。
「薬味の王者 ねぎからし」を知り合いにいただきました。
さっそく冷や奴にトッピングしてみました。すてきな色合いです。とうがらしは真っ赤です。これだけはいっているとさぞや辛いだろうと、おそるおそる口に運びました。ネギの香りが前面にでて、とうがらしは控えてます。冷たいビールに最高です。
山形県産です。お取り寄せではないようですが、初めて口にしました。ありがとうございます。
「ラーメンや焼き肉にも」とパッケージに書かれてますが、納豆とあうそうです。今度、試してみます。
もう一品はラディッシュです。わが家のベランダから摘んできました。いい色をしてます。ちょっと渋い味でしたが、自家製ですから、採点は甘くなります。
5月に一度、ラディッシュを植えてます。この時は、発芽するやすぐに明るくしすぎたせいか、みごとに失敗。3週間ほど前に、再度、種まきしました。
やっと1個だけが収穫にこぎつけました。
広島では京都市電がいまも現役で走っています。その姿を見たくて、やってきました。
JR広島駅前の広島電鉄広島駅です。要するに駅前の市電の乗り場です。
新型車などが次々とやってくる中を、カメラを構えて20分ほど待ちました。
見えました。懐かしい車体が。
京都市内の公園などに残されて市電はいくつもこのブログで紹介してきました。わたしが学生時代まで乗った市電と同じ姿で走っているのを見るのは初めてです。
「1903」には「舞妓」という愛称が付いています。ほかにも「嵯峨野」「祇園」などがいます。。
京都市電のロゴマークも残されています。
京都市電が廃止になった後、1900型15両が移籍してきました。
行き先方向幕が大型化され、「ワンマン」表示が撤去されるなどしてますが、ほぼ原型通りです。
広電の路面電車は、今も市民の市として愛されているようです。
ヨーロッパの都市を走るLRTと同じ車両も次々とやってきます。そのうち世代交代となるのも定めでしょうか。
JR西日本が期間限定で発売した「西日本パス」を利用しました。大阪から往復「のぞみ」に乗って、たったの1人12000円です。プラス2000円でレンタカーも借りました。
映画「劔岳・点の記」を、JR高槻駅前のシネコンでみました。
最近のシニア世代の登山ブームを反映してか、館内はシニア世代でいっぱいでした。
映画をみるのは、昨年夏の「クライマーズ・ハイ」以来です。1800円の普通料金を支払ってみるのも、今回が最後でしょう。シニア(60歳以上)割引だと1000円になります。もうすぐ、その資格をゲットします。トクするような、さみしいような・・・。
映画の方は、全編実写です。剣岳の美しさを堪能しました。その険しさを実感しました。
わたしがピークに立ったのは、大学時代です。今にして思えば、よく登ったものです。
書棚でほこりをかぶっていた原作の「劔岳・点の記」(新田次郎、文藝春秋)です。昭和52年夏に発刊されています。
明石から山陽電鉄でひと駅。「人丸前」駅のホームです。東経135度の真上にあtる。向こうは明石の天文台(明石市天文科学館)です。
南を向くと、淡路島が目の前です。明石大橋の橋脚も見えます。
高架の下にある無人駅です。
ちょっと駅前を散歩しました。
並行するJRのガード下に「両馬川旧跡」の碑があります。両馬川は埋め立てられて、今はありません。
「寿永3年(1184)2月、一の谷の戦いに敗れた平家軍の通過地である。平忠度が岡部六弥太に追いつかれ、二人の馬が川をはさんで戦ったので「両馬川」という生江がついたと伝えられる」-とあります。
腕塚神社は、人丸駅の南西30メートルほどにあります。
岡部六弥太と組み討ちとなった忠度は、六弥太を組み伏せ首をかこうとします。六弥太の郎党が主人の一大事と駆けつけ、忠度の右腕を切り落とします。「もはやこれまで」
「行きくれて木の下陰を宿せば花や今宵の主とならまし 忠度」
えびらに結びつけられた文で、歌人でもあった忠度とわかったという。
腕の病に霊験あらたかとお参りする人が多いということです。
国道2号を超えた南には、「忠度塚」がある。
「子午線交番」がある。横に「子午線通過地点」の碑がある。
明治17年(1884)にワシントン万国子午線会議で、世界標準時が決められた。日本は明治21年1月1日から、この子午線上の時刻を日本標準時としている。この碑は明治43年に、地元の小学校教員が資金を集めて建立したそうです。
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六甲ケーブル(六甲摩耶鉄道)の六甲山上駅です。山の上に建てられた立派な洋風建物です。
待合室は天井も高く、広々としています。
駅舎の上は、昭和天皇がお越しになったことから「天覧台」と名付けられた展望台です。上がってみましたが、天気が悪く、神戸市街は見えませんでした。夜景がすばらしいところです。
今回はケーブルカーには乗りませんでした。
写真は2年前の6月に撮影したものです。

難波から乗車した南海高野線急行は、田園林間都市駅行きでした。目的地の御幸辻は、もうひと駅先です。
ホームで待っていると、高野山行きの特急「こうや」がやってきました。31000系のモダンなデザインが、後ろの高層マンションとマッチします。

「こうや」が出発して行きました。高野山は、もうすぐです。

「DEN-EN」です。どんな田園なのかと考えてしまいました。「でねん」と読まれるのを避けているんですね。それにしても、「林間-田園-都市」とは、見事なチャンポン?
「金ツマ」の舞台となった中央林間も、最初は中央林間都市だったか…。

「掘り割りの線路をまたぐ橋上駅舎で、半円筒形の巨大な屋根がニュータウンのシンボル・・・」というのが選定理由です。


駅前に出てみました。明るい広場です。発車待ちのバスも、客待ちのタクシーもいません。静かです。
田園林間都市
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