「京童」と歩く 2日目 清水から新熊野へ

 京都初の観光ガイドブックともいうべき「京童」に導かれて歩く2日目です。
 清水、六波羅、三十三間と回って新熊野まで歩きました。
 節分会の八坂神社では福豆と福引の清酒をいただき、法住寺ではぜんざいをよばれました。

 【2026/02/03 10:16】
 阪急・京都河原町から四条通を祇園石段まで歩いてスタートです。

 八坂神社にお参りです。

 節分です。福豆(300円)をいただきました。福引券がついています。
 三角くじを開けると「101」でした。
 賞品は、ワンカップの樽酒でした。ありがとうございます。

 舞殿では祇園のきれいどころも登場する豆まきが行われます。まだ1時間ほどのあるのに、大勢の人が福をいただこうと並んでいました。

 「幕末志士葬送の道」と名付けられた急坂の階段を上がります。 

 【霊山】 (京童の紹介ポイントは、この表記とします)
 霊山は霊山神社(京都霊山護国神社)のことかと思いました。でも勤王の志士を祀る神社では時代が合致しません。「京童」は中川喜雲によって江戸初期の明暦4(1658)年に刊行されています。
 霊山正法寺がそれと思われますが、工事中でした。

 【八坂の寺】
 坂を下って八坂の塔で知られる法観寺までやってきました。

 拝観できないものかと思いましたが、山門がわかりません。少なくともきょうは、内部に人影がありませんでした。

 こちらのビューポイントは、カメラをかざす観光客でいっぱいでした。

 【産寧坂】
 産寧坂はいつものようにインバウンドや修学旅行生らで混雑です。

 【清水寺】
 寒波の冬の平日でもこの人並みです。やはり京都有数の観光スポットです。

 昔は入山料が100円だったと記憶しています。ま、それは昔として、今の500円は、観光寺院としてはリーズナブルです。
 舞台に上から音羽の滝を見下ろしました。

 【地主権現】
 縁結びの地主神社は、改修中で閉門していました。

 【子安】
 子安の塔です。和服姿のチャイニーズがポーズをとっていました。

 【音羽の滝】
 滝の前は、いつものことながら大行列です。

 【大谷】
 大谷本廟を下ります。
 前回は大谷祖廟を紹介しましたが。「京童」に書かれているのは順番からこちらのようです。
 本廟は西大谷と呼ばれ、浄土真宗本願寺派(西本願寺)です。祖廟は東大谷で、真宗大谷派(東本願寺) です。

 【鳥部山】
 このあたりが平安時代の送葬地、鳥辺野です。

 昨年1月には、大木の下に「鳥辺山」と書かれたバンドがありました(画像下)。それが撤去され、針金の一部だけが残っていました。

 大谷墓地を下ったところに大谷本廟の門があります。

 【六波羅】
 六波羅蜜寺です。空也上人立像で有名な西国札所の寺です。

 都七福神の弁財天が祀られています。自転車で巡ったこともあります。

 【六道】
 六道の辻は、この世とあの世との境です。

 六道珍皇寺は、お盆の精霊迎えに参詣する寺として知られています。

 陰陽氏の小野篁は、本堂の背後にある「冥土通いの井戸」を通って昼は朝廷へ出仕、夜は閻魔庁でつとめたとされます。

 【豊國】
 豊臣秀吉を祀る豊國神社です。大河ドラマの秀吉は、見てません。

 すぐ脇の方広寺には、徳川家康が豊臣家に「難クセ」をつけた鐘が残っています。白くなっている部分です。

 以前に撮影した拡大画像です。
 仏典かなにかが刻まれています。その一部を都合よく切り取って非難するーなんだか今の世にも続いているようです。

 【大佛】
 方広寺の裏手に大仏殿跡緑地が整備されていました。初めて訪れました。

 小高いところが大仏殿の中心です。ここに秀吉が天下統一の象徴として創建した高さ19㍍にも及ぶ巨大な盧遮那仏がそびえていました。

 【耳塚】
 秀吉による朝鮮出兵、文禄・慶長の役で、戦功の印に持ち帰られた削がれた耳や鼻を供養したと伝わります。

 【三十三間堂】
 三十三間堂はパスしました。

 後白河法皇ゆかりの法住寺では節分会が行われていました。

 ぜんざいや甘酒がふるまわれていました。

 わたしもありがたく、ぜんざいをちょうだいしました。
 ここまで休みなく歩いてきました。ちょっとひと休みして、甘い汁にほっこりとしました。

 護摩供養の準備もされていました。

 国宝の三十三間堂の南大門をくぐって退出しました。

 【いまぐまの】
 今熊野か新熊野か? どちらも「いまぐまの」と読みます。
 今熊野観音寺は、泉涌寺の塔頭で、西国の札所です。新熊野神社は、熊野信仰が盛んなころに後白河法皇によって創建された神社です。
 「京童」(国会図書館国書データベースより)を調べてみると「新熊野」でした。

 新熊野神社の鳥居をくぐります。

 後白河法皇お手植えと伝わるクスノキがそびえいています。

 【泉涌寺】
 次は御寺の泉涌寺です。ここから坂道を上がった先です。何度も訪れています。でも「11分」の表記を見て、ココロが折れました。本日はここまでとしました。
 
 最寄りのJR東福寺まで歩くと、この日の歩行距離はあと少しで10キロでした。よく歩いたものです。
 駅前のラーメン店でラーメンを啜り、昼飲みはせずにそのまま帰宅しました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください