極寒の生駒から石切神社でご祈祷

 山の仲間が所属している兵庫。三田の相野駅山の会の新年登山でした。枚岡神社から生駒山に登り、石切神社に下山しました。
 わたしも参加させてもらいました。一緒に山の安全や健康をを祈願するお祓いを受けました。
 遊園地は休園中の頂上あたりは、寒風吹きすさぶ極寒の世界でした。麓に降りてくると、神社はお百度を踏む善男善女でにぎわってました。


 【2026/01/24 09:10】
 集合場所の近鉄・枚岡を下車すると、すぐ目の前が枚岡神社の参道でした。

 山の会のミーティングです。飛び入り参加のわたしを紹介してくれましたが、半数ほどとは知り合いでした。

 鳥居なんでしょうか。横のバーがなく、独特の飾りをぶら下げた綱が渡っています。しめ縄か勧請掛けですかね。

 神津岳コースを進みます。

 初っ端から地獄の階段です。ここを下ったことがありますが、うんざりだった記憶が蘇りました。

 大阪・清水谷高校生の元気な一団に追い抜かされました。学校行事の下見だそうです。

 展望台まで登ってきて一段落です。

 ここにもしめ縄(?)です。

 枚岡神社奥宮の神津嶽本宮に手を合わせました。

 ひとがんばりでふれあい広場まで登ってきました。

 この道が大阪ー奈良を結ぶ一級国道308号です。一級酷道でもあります。

 府県境にある暗峠です。峠の茶屋なみんな閉まっています。

 トトロの緑のトンネルの入り口のようです。

 展望台まで上がってきましたが、眺望はイマイチです。大阪市内の中心部でさえ、よく確認できません。

 なにかイイことがあるのでしょうか。それとも寒風を避けて親鳥を囲む小鳥たちなんでしょうか。

 鬼取山のピークには、かわいいトトロもいました。

 生駒山の頂上です。三角点は遊具の中です。

 飛行塔をバックにポーズ。シャッターを押しているわたしは写っていません。

 風を避けて昼飯となりました。
 わたしは途中のコンビニで買ってきたのり弁当と温かいみそ汁でした。

 戦前からある飛行塔です。同じものが愛宕山や千里にもありました。ここだけが海軍に接収され、戦時中はここから米軍機の接近を監視していました。

 土木遺産に認定されています。

 このヒコーキに乗ってみたいです。

 休園中の遊園地に寒風だけが吹きすさびます。指先が凍りつきました。

 そそくさと下山です。辻子谷(ずしだに)コースを一気に下りました。

 元気に走る若ものらとすれ違いました。トレイルラン・サーキットが開かれていました。

 役行者が開基し、弘法大師空海が諸堂を整備したと伝ある興法寺です。でも門は締まり、まるで廃寺のようです。

 辻子谷を一気に下ってきました。振り返ると、かなりの急坂でした。

 指差し道標がありました。鷲尾山とは興法寺のことだそうです。

 大きな水車が復元されています。このあたりでは薬草が採取されていました。その加工に使われました。

 石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)の上の社に参りました。

 近鉄・石切を越えると、石切神社の参道です。

 雑貨屋の店頭に懐かしものが並んでいました。草履はともかくアルミ製の洗濯バサミです。「アルミピンチ」というのが商品名でした。

 徳用マッチもありました。しけてないのでしょうか。湯たんぽもありました。

 日本で三番目を誇っている石切大仏です。何が三番目なのかは不明です。

 細い参道はにぎわっていました。行列ができている店もありました。

 石切神社、正式には石切劔箭神社に到着しました。

 本殿に参拝しました。

 山の会でご祈祷を申し込んでいて、拝殿で厳かな神事に臨みました。
 いただいた「大麻」です。そんなの持ち歩いて大丈夫? 実は大麻と書いて「おおぬさ」と読み、神々への捧げ物、お祓いの際に用いられる木綿や麻を指すそうです。

 お守りと御神饌をいただきました。

 神馬の前でひと巡り違う午年生まれの二人がポーズです。

 近鉄・新石切でゴールとなりました。
 山の会の仲間は、三田に戻って新年会でした。

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