「JR鍛冶屋線廃線30年 メモリアルウォーク」を歩く

 「JR鍛冶屋線廃線30年 メモリアルウォーク」を歩きました。
 鍛冶屋線は、兵庫・西脇の野村駅(現・JR西脇市)から北に13.2キロ、鍛冶屋駅まで走っていたローカル線です。大正12年に播州鉄道として開業、播州織物の運送などを担ってきましたが、平成2年に廃線となりました。その廃線跡に残された駅舎や整備された遊歩道などを巡るイベントでした。
 今年は、猛暑のためかわが町あたりの紅葉はまだまだ先のようです。でも、播州の廃線跡は、晩秋を感じさせる光景があちこちにありました。

 鍛冶屋線の跡地にできた日野北バイパスの開通プレイベントも行われていました。羽安駅では、無料でジビエ焼き肉なんかもふるまわれていました。

 鍛冶屋線の鉄橋をそのまま使った橋がかかっていました。
 山仲間で鉄ちゃんでもあるOさんと一緒に歩きました。


 【2019/11/04 08:10】
 JR尼崎でOさんの車に拾ってもらい、中国道を滝野社ICまで走り、JR西脇市近くの集合地までやってきました。ちょっと肌寒いくらいでした。

 JR西脇市の踏切を越えてたところがスタート地点でした。

 事前申し込みしていた参加証を見せ、ゼッケンや記念品なんかをいただきました。

 JR西脇市は、鍛冶屋線当時は野村駅といいました。でも、その面影を伝えるものは見あたりません。

 参加者が次々に出発していきます。
 募集人員は500人でしたが、ゼッケン番号からすると、もっと多かったのかもしれません。

 「鍛冶屋線起点」と記した新しい道標が立っています。

 加古川線は、西脇市を出発するとすぐに右にカーブして谷川方面に向かいます。
 鍛冶屋線はまっすぐに進んでいたのです。

 立派な線路跡道が延びています。

 落ち葉の線路跡です。

 水路をまたぐ橋梁はかさ揚げされていますが、基部は鍛冶屋線当時の橋脚のようです。

 【09:14】
 鍛冶屋線の西脇駅があったあたりには複合商業施設があります。
 「レントン通り」とはどういう意味かと思ったら、西脇市は米・ワシントン州にあるレントン市と姉妹提携しているのでした。でも、西脇市のHPを見ても、両市が姉妹都市となった理由は見あたりません。

 チェックポイントでは、スタンプをいただきます。ここでは「へその水」のペットボトルをもらいました。西脇市では東経135度、北緯35度の子午線が交わっていて、「日本のへそ」と名乗っています。

 線路跡は杉原川に沿って遡ります。

 【09:58】 
 市原駅が見えてきました。向こうに鍛冶屋線を走っていたキハ30が保存されいます。

 駅名表示も当時のままです。


 
 温かいコーヒーとドーナッツをいただきました。ちょっとひと休みしました。

 駅舎は市原駅記念館になっています。

 最後の記念列車の色あせた写真が飾られていました。

 西脇市のマンホールのふたがモニュメントなってました。子午線と市の花、シバザクラがデザインされています。

 ギンナンが落ちてました。

 供用開始前の日野北バイパスです。

 【10:55】
 羽安駅のバイパス開通プレイベントです。無料の屋台が並びます。

 まずはサツマイモスティックをいただきました。

 「西脇芋煮の会」のふるまいの芋煮です。熱いのをすすりました。うまかったです。
 この後、「猟友会」のジビエ肉もいただきました。
 昼飯は用意せずに歩いてましたが、心配いりませんでした。

 取り付け前の大きな看板が横たわっていました。

 西脇市から多可町に入ります。

 【11:24】
 次の曽我井駅でもおもてなしが待ってました。

 おいしいうどんと鶏飯のおにぎりをいただきました。

 桜並木が面影を残す曽我井駅跡です。

 正面に特徴のある山が見えてきました。
 播磨富士といわれる富士山型の山のひとつ、笠形山です。

 向こうのピークは段ケ峰だそうです。Oさんは、近く登るそうです。

 【12:04】
 スタートから10キロあまり。中村町駅までやってきました。

 道路わきに線路が残っていました。鍛冶屋線のものでしょう。

 「ポッポの道」と名づけられた遊歩道は杉原川を越えます。現役当時と同じ橋桁が現存していて、橋脚には「警戒」「徐行」「停止」の目盛りが記されています。

 ゴールを間近にしたきょうのわたしの姿です。

 当時の信号用器具箱がそのまま放置されています。

 【12:40】
 終点の鍛冶屋駅に着きました。

 鍛冶屋駅のホームにはキハ36が保存されています。

 13.2キロを歩き切って「完歩証」をいただきました。
 気持ちの良い、楽しい秋の1日でした。

 鍛冶屋駅からは、主催者が用意してくれた無料バスでスタート地点の駐車場に戻りました。20分ほどでした。