my camino=23日目 機嫌よくグラスを重ねる 

 国道の反対側にあるアルベルゲから、顔なじみのイスラエル人が「おーい、こっち」と手を振ってくれました。見過ごすところでした。次はわたしがKさんに手を振りました。あとからSさんもやってきました。
 ビジャダンゴス・デル・パラモのアルベルゲで、「リタイア3人組」が初めてそろいました。
 Kさんとはエステージャで出会い、一緒に夕飯を食べに行きました。寒風吹きすさぶレオン大聖堂の前で久しぶりに会うと、なんと髪の毛が短くなっていました。途中で散髪したのだそうです。異国で散髪とは、巡礼に出発する以上に勇気のいりそうな行動に出たものです。
 Sさんとは、巡礼2日目のロンセスバージェスで顔を会わせて以来、メセタの大地で何度も出会ってました。レオンの街角でも、雑踏の交差点でばったり。「寒いですね」と声を掛け合いました。前に書いた弘前大くんもそうですが、縁とはそういうもののようです。
 Kさんはそのとき62歳。金沢出身で、東京で生協関係の仕事をしてこられました。わたしは「似顔絵師」と名づけました。
 持ち歩いているタブレット端末のiPadで隣に座った女性の似顔絵をささっと描きます。「これ、どう?」と見せると、身長190センチのいかついおっさんが知らない間に描いたかわいい自画像にびっくりし、喜ばないはずがありません。すかさず「メールで送るから」とアドレスを聞き出してしまうテクニックは、ちょっとまねできません。日本の繁華街でナンパしようと女の子に声をかけている若者も、これくらいの技術は身につけたらどうでしょうか。もっとも、Kさんの目的は、同じペルグリーノとしてお近づきになるためだったはずです。描くのは女性に限るわけではなくて、わたしも1枚、描いてもらいました。

 「同じ年の友だちが次々と亡くなって、定年には早かったけれど、仕事を辞めました」ということでした。
 Sさんは65歳。東京生まれで、今も東京。複写機・レーザープリンターの大手メーカーで「開発部門以外はすべての部署で働いた」という企業戦士でした。料理も得意で、カストロヘリスで同宿したときは、銀シャリを鍋で上手に炊いてくれました。観光でスペインにやって来たことはあるそうです。
 リタイアしてひと区切りついて、というのがカミーノ。クリスチャンではない点でも、3人とも一致していたようです。もっと深いわけはあったのか、なかったのか。お互いにその点を深く尋ね合うことはありませんでした。
 その日の夕食。Sさんが偵察してきた近くのレストランで乾杯しました。巡礼定食からメーンの3品は違うものを選んでシェアーしました。ボインの素敵なウェイトレスのサーブで、リタイア3人組は機嫌よくグラスを重ねました。
 Sさんは2年後のちょどいま、「北の道」という海岸沿いの巡礼路を歩いてサンティアゴ・デ・コンポステーラに到着されたばかりです。

 【追記】
 Kさんは、地元・金沢のひがし茶屋街近くにある赤い壁が印象的なおば様宅で、「カフェ&バル くわじま」を開いておられます。「人生の楽園」(テレビ朝日)にも登場され、あれこれと手を伸ばしてうらやましい限りの毎日を送っておられます。