油小路の鍾馗さん

鍾馗さん(2)

鍾馗さん(1)

 望遠機能が充実した新しいデジカメを手に入れたのは、「鍾馗さん」を撮影したかったからです。さっそく油小路を今出川あたりから四条まで歩きました。上を向いて歩いていると、あちこちに鍾馗さんが祀られていました。
 21体の鍾馗をアップしたHPは、以下のURLです。
 http://dot117.minibird.jp/HP/zusi/shouki.htm

回数券と1日乗車券

回数券と1日乗車券

 このところ、休日ごとに京都に出ています。で、阪急の回数券を買いました。水無瀬-烏丸の260円区間の「土休日回数券」(土曜、日曜、祝日の終日有効)が7枚で1300円です。520円のトク。1枚あたり約186円です。
 これまでは便利なので「Pitapa」を使っていました。ポストペイド(後払い)のICカードで、改札機に触れるだけです。通勤区間は指定してあり、この区間は何回乗ってもも通勤定期料金額以上にはなりません。ただし、京都の往復料金などがかさむと、結構な料金を請求されてました。
 きょうは京都市バスの「一日乗車券カード」というのも初めて買いました。均一料金区間は市バス乗り放題で500です。均一料金は220円ですから、3回乗ればお釣りがきます。
 以前から修学旅行生らがよく利用しているは知ってました。わたしは四条大宮のバス発着所にあった自動販売機でかいましたが、車内でも車掌が売ってくれるようです。
 なるほどこれを持っていると、ほんの先の駅まででもバスに乗ってしまいます。それで少しでも無駄な車が減り、公共交通機関が本来の役目を取り戻すことができるのなら、よい制度ですね。ウィーンにもプラハにも24時間や72時間有効のカードがあって、便利でした。京都も見習って、地下鉄も乗れるリーズナブルな「京都カード」を発売すれば観光客らに歓迎されるでしょう。

「京都検定」で京都を楽しむ

京都検定の本

 京都検定の問題集があります。「京都1000問ドリル」(京都おおきに学会編、講談社、952円)。
 正解率601問以上 「たいへんよくできました」
 正解率401問から600問 「よくできました」
 正解率400問以下 「もうすこししっかりやりなさい」
 いや、難しい。テーマによってはほとんどできません。この本は、丸善京都河原町店の最後日に買いました。毎朝、通勤の車中でシャープペンシル片手に試しながら読みました。
 「あるく京都」(移動教室出版事業局、743円)は、梅田の紀伊国屋で探しました。「膏薬図子」とかがどこにあるのかを地図で確かたかったからです。いろんな地図がありましたが、これが、目的にあってました。
 「京都の不思議」(黒田正子著、光村推古書院、1700円は)は、京都のことをネットで検索してると、よくヒットするのでタイトルは知ってました。きょう、京都の書店で平積みになっているのを見つけて買いました。初めて聞いた出版社です。
 「清水の舞台から飛び降りた人は本当にいる?」といったテーマを並べた京都雑学エッセイです。
 こんなのを読んでると、次の休みはどこに行こうかと、京都が新鮮に見えてきます。

天使突抜通を突き抜ける

天使突抜1丁目

 「天使突抜通(てんしつきぬけどおり)」。なんとすばらしいネーミングでしょう。そんな名の通りが京都・下京区の西洞院通と油小路通(あぶらのこうじ)の間にあります。

住居表示

 東中筋通を下りました。松原通の交差点は天神前町です。そこからさらに行って振り返ると、ありました。「下京区東中筋通松原下る天使突抜1丁目」の町名表示です。

住宅地図

 「天使突抜通一丁目」はここです。最近では、通崎睦美さんの本のタイトルで有名です。京都市立芸大卒のマリンバ奏者で、アンティーク着物のコレクターであり、その着物の着こなしで話題になっています。生まれがここで、住宅地図にも同じ姓の家が載っています。
 大学の後輩の娘が「通崎好み」という本を持っていたので、ちょっと斜め読みしたことがあります。

天二町

 消火器の箱です。でも、こんな省略の仕方は天六、谷九、日本一の大阪だけかと思ってました。

アーチのある路地

 立派な門柱の礎石が残ってます。金属のアーチには、電球が付いていた痕もあります。路地を入ってみましたが、変わったモノはありませんでした。それにしてもいわくがありそうです。

駐車場

 住宅が取り壊されたあとは、とりあえずタイムパーキングに、という都心の風景です。それにしても「てんしつきぬけ」かと関心していると、次に見つけたのはそのものズバリ「天使ガレージ」です。ちょっとくたびれた看板ですが、降参です。

天使四丁目

 天使突抜通は五条通を越えて六条通まで続いてました。
 ここまで来ましたが、残念ながら名前以上の景観にはお目にかかれませんでした。

五条天神

 天使突抜通の名は、この五条天神からきています。松原通西洞院の南西角にあります。ちなみに昔の五条通は、現在の松原通だそうです。
 「五條天神由来」によると、桓武天皇が京都に都を定めたとき、都の平安を守るために、大和の国宇陀郡から天神(てんしん)を迎え「天使の宮」として建立した神社だそうです。当時、洛中では最も古い神社で、最大の鎮守の森を有していたそうです。
 この「天使の宮」を貫通してできた道だから「天使突抜」というわけです。「天使」といってもエンジェルの天使とは関係なかったようです。

義経と弁慶

 五條天神は義経と弁慶が出会った場所とも言い伝えられています。「京の五条の橋の上…」という童謡の橋は、現在の鴨川の五条大橋(石碑があります)ではなく、当時は五条天神の東側を流れていた西洞院川にかかっていた橋のことです-と由来は説明しています。

膏薬図子を歩く

膏薬図子

 四条通に面した堺町通と柳馬場通(やなぎのばんば)の間ビルに料理教室はあります。腹ごなしにここを出て、西に向かって歩きました。
 京の通り名のうち、東西の通りは「あねさんろっかくたこにしき(姉三六角蛸錦)…」としてよく知られています。今も、京都S大学のテレビCMのバックグラウンドで流れています。
 南北の通りについては、わたしもよく知りませんが、こんなのがあるようです。
 てら ごこ ふや とみ やなぎ さかい
 寺  御幸 麩屋 富  柳   堺
 たか あい ひがし くるまやちょう
 高  間  東   車屋町
 からす りょうがえ むろ ころも
 烏   両替    室  衣
 しんまち かまんざ にし おがわ
 新町   釜座   西  小川
 あぶら さめがいで ほりかわのみず
 油   醒井で   堀川の水
 新町通を越え、西洞院通(にしのとういん)までのところに幅2メートルほどの細い道があります。上京区では京都府庁の前の釜座通(かまんざ)ですが、下京区の四条から下がる小路は「膏薬図子(こうやくずし)」の名が付いています。

住所表示

 四条の角に立って住居表示を見上げました。
 通りの東側は「下京区四条通新町西入下る新釜座町」とあります。
 西側は「四条通西洞院東入郭巨山町」となっています。

鍾馗さん

 「郭巨山(かっきょやま)」は、祇園祭の山の名前で、この家が保存場所になっています。屋根の上には魔除けの「鍾馗(しょうき)」がのっています。

路地

 細い道をちょっと入っただけで、静かな別世界です。左手に路地がありました。入り口には路地の奥にある家の表札が並んでいます。

将門

 民家の壁に埋め込まれたような祠があります。その名は神田神宮。「天慶年間 平将門ノ首ヲ晒シタ所也」と由緒が書かれています。
 下総国で戦に敗れた平将門の首が都へ運ばれ、ここで晒されたが、ある夜、光を放ちながら東方へ飛び去ったそうです。

東西の道

 膏薬図子は途中で鉤型に曲がっています。
 将門の霊を弔うため、空也上人が念仏道場を建てたそうです。その御堂が「空也供養(くうやくよう)の道場」と呼ばれていましたが、いつしかなまって「膏薬」なってしまったというのです。まるで、冗談のようなホントです。

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 図子の長さは160メートルほど。南側の綾小路からみたところです。

杉本家

 綾小路の東角には杉本家住宅(京都市指定有形文化財)があります。ここは祇園の伯牙山の飾り場にもなっています。

白梅図子はどこに?

白梅図子

 「路地」、これを京都では「ろーじ」と発音します。先日、祇園の路地を歩きました。表通りから一歩入っただけで、まるで別世界にまぎれこんだような静寂が支配していました。もっと路地を歩きたくなりました。
 「図子」(「逗子」とも書くようです)。平安京の条坊制の名残で、通りで区切られたブロックの内部を貫通する細い道が図子です。
 図子で私が最初に思いついたのは「白梅図子(しらうめずし)」です。

白梅図子のバス停

 昔、四条河原町から下鴨の自宅に帰るときは、市バスの4系統「深泥池」行きか14系統「松ヶ崎」行きに乗りました。河原町を上がってきて「府立病院前」の次のバス停が「白梅図子」でした。でも、当時は図子の意味も、それがどこにあるかも知りませんでした。

町屋

 白梅図子は、明治7年に消滅するまで「花街」として栄えたそうです。
 町家風の古い家です。2階には虫籠(むしこ)窓もついています。

大久保利通旧邸

 同じ通りに「大久保利通旧邸」という石碑もありました。

すしや

 この崩れかけた(失礼)店は、もとはすすし屋だったようです。

地名表示

 古い住所表示がありました。「中筋通、石薬師上ル」とあります。ここではないようです。

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 地図の黄色の道かと思ってました。①の表示がある家の夫人が出てこられたので尋ねました。
 「河原町の角に武長という竹屋さんがありますやろ。そこをはいったとこです」
 「南北の通りなんですか」
 「はい。そうです」
  緑色の道という説明です。②で、車を洗っていた男性に聞きました。
 「そこを曲がって河原町に出たところに、わたしの子どものころには白梅図子というバス停がありました。だから、その右に曲がった通り(青色の道)と違いますか」
  さらに指さされた角、③で家から出てこられた夫人に聞くと「河原町の向こうと違いますか(赤色の道)」
 ああ、振り出しに戻りました。

白梅図子の古地図

 ネットで検索していたら、こんな記事と古地図に行き当たりました。
 赤色の道のようです。これで一見落着です。

白梅図子

 現在はこんな感じです。
 左(南)側は、、寺の塀が続いています。もはや、かつての花街を感じさせるものはもとより、標識などに「白梅図子」という表示は見あたりませんでした。すでに、忘れ去られようとしているようです。

祇園の小路

十四番小路

 京都を散歩しました。久しぶりに四条河原町から東へ向かって歩きます。それにしてもこの人の多さはどうしたことでしょう。まだ30度近い暑さなのに、すっかり秋の観光シーズンですね。
 「永楽屋」をのぞき、オーケストラをデザインした日本手ぬぐい(昭和14年製の複製)を買いました。額に入れいれば壁掛けにでもなりそうです。「よーじや」は通り過ぎて、クラフトセンターをひと巡りしました。
 祇園石段下がもうすぐというところで、左手に路地を見つけました。これまでにも何回となく通った道ですが、この存在には気づきませんでした。
 一歩、路地に入りこむと、四条通りの喧噪とはうってかわって、シーン。開店前の料理屋の前には打ち水と盛り塩がしてありました。
 通りを抜けて振り返ると「十四番小路」の表示がありました。ということは「十五番も」と、祇園富永町通を西に東に。

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 ありました「十六番小路」も。
 このあたりは祇園東の花街です。あまり縁はありません。

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 そろいの着物を着た舞妓さんが通り過ぎました。あわててカメラを手に追いかけてしまいました。

白川

 この写真だけは、ちょっと離れたところです。新門前通から新橋通に抜ける路地です。ここを抜けると白川が流れていて、吉井勇のかにかくにの碑があります。
 プラハの路地も素敵でしたが、京都もまけてません。

時代を超越した商店街

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 京都・東山のとある商店街に迷いこみました。これが、たいへん楽しい商店街で、ついついシャッターを切る連続でした。おかげで一挙12枚同時公開です。
 最初は「西日の当たる商店」です。商品が日焼けしないように布がかぶせてあります。それはいいんですが、いったい何を売っているんでしょうか。わかりませ~ん。
 どんな店があるのかと、期待の胸を膨らませてくれるに十分な商店街入り口の金物屋です。 

きな粉

 健康志向ははよくわかります。「きな粉ミルク」はどんなものなのか、どんな味がするのか、こちらもよくわかりません。

クリスマスも

 盆も正月も…、いや母の日のカーネーションもクリスマス・ツリーも飾ったままです。時計がいつのころからか止まったままのショーウインドーです。

靴屋

 「バレーシューズ有□」(□=ます、には斜線がいります。PCではだせませんので)って、買いにくる人があるってことなんでしょうね。きっと。
 ついでながら、わが社の用語集ではバレーは運動種目、バレイは舞踏です。どっちなんでしょう。

奉仕品

 本日の奉仕品です。商品は確かです。なにせ京都のワコール製です。
 4500円のパジャマが安いのかどうかは、わたしにはわかりません。

中国産も

 「ブランド京野菜」に認証されている万願寺とうがらしです。舞鶴市万願寺近辺で栽培されている人気のとうがらしは、「京の伝統野菜に準じる野菜」にも指定されています。
 それと並んでいる「見切品」のにんじんは中国産で、とりあえず日中友好の構図です。

韓国産も

 もちろん、お隣の韓国とも仲良くしましょう。「いま、韓国で一番売れているタバコ」だそうです。
 「冬のソナタ」の、よくタバコを吸っていたふられる方の男性も、これだったのでしょうか。

便秘十訓

 便秘のかたは熟読してください。「横着」に読み飛ばしたらいけませんよ。 

ねずみとり

 この商店街にはなんでもあります。きっと、ネズミだって屋根裏を駆け回っているのでしょう。

菓子

 すばらしい色をしています。写真では、あの色を再現できません。いまどき、あれほどきれいな(赤色○号だかの合成着色料を使った)色をした食品にはあまりお目にかかりません。

掲示板

 「むつきにも 手を合わせる おとしより」
 わざわざ「むつき」のところに赤線をひいて「おむつ」と解説がはいっています。ご親切なことで、ありがとうございます。

テイクアウト・カレー

 テイクアウトばやりです。なんでも持ち帰りできる時代です。それにしてもカレーのテイクアウトは初めてです。ここだけは、時代を前方に超越しているんでしょうか。

西国街道 京に上る

2005/02/25

 西国街道は、京の都から西国(山陽地方)を結ぶ古来の日本の幹線道路です。

 私の住む水無瀬も通っています。この西国街道を半日かけて京の都までのぼってみました。

 9:59

 自宅から5分も北に歩くと、「桜井の駅跡」に着く。

 「西国街道」の碑が建っている。「街角の再発見」としてフジサンケイグループが大阪府下のあちこちに建てた記念碑のひとつである。

 見わたせば 山もとかすむ 水無瀬川
 ゆうべは秋と なに思ひけむ
         (新古今集 後鳥羽上皇)

 碑にはこう彫られている。

 10:03

 楠公父子決別之所」の大きな碑が建っている。

 楠正成、正行親子がここで別れた。父は西に向かい、湊川の戦いで敗れる。

 10:28

 ケータイを忘れたことに気づき、取りに戻る。20分近くタイムロスをする。

 右手に水無瀬神宮への道。境内には、「日本の名水百選」の「離宮の水」がわき出ている。

 10:40

 左手にJR京都線の踏切が。向こうにはサントリー山崎工場がある。

 10:44

 「従是東山城國」の碑が関大明神の横にある。
 
 現在も大阪-京都の府境となっている。
 ここで大阪府三島郡島本町から京都府乙訓郡大山崎町にはいる。

 10:49

 JR山崎駅前の離宮八幡宮。
 嵯峨天皇が建立した「河陽宮」の一角にある。

 10:50

 荏胡麻油の生産と結びつき発展した。
 「油祖神」の石像がある。黄色い輪は、油屋のシンボルマークだったそうである。

 10:52

 JR山崎駅前。

 左の京阪バスは淀川対岸の淀競馬場行きの臨時便。右側は千利休の茶室がある妙喜庵。

 10:58

 こちらは阪急大山崎駅。
 
 アサヒビール大山崎山荘美術館の無料送迎バスがとまっている。

 11:06

 天王山の中腹にある山崎聖天への道。まずJR京都線の下をくぐり、阪急京都線をまたぎ、急な階段を上る。

 三川(さんせん、桂川、宇治川、木津川が合流して淀川になる)が見下ろせる展望スポットがある。

 11:31

 小泉橋を渡ると、長岡京市にはいる。

 11:36

 調子八角の交差点。「新西国街道」の標識がある。
 「67 府道西京高槻線」の別名のようである。

 本来の西国街道は、府道と併行して続いている。

 11:40

 「右 よど(淀)  左 やなぎ(柳)谷」の古い石柱が立っている。

 柳谷観音は長岡京市の西の山の中にある。目の疾病の神さんとして、今も参る人が多い。

 11:53

 神足(こうたり)商店街には、石畳が敷かれている。

 京都の元気企業のひとつ、セラミックの村田製作所の本社がある。

 11:55

 国登録有形文化財の石田家住宅。

 街道に面した商家と住居を兼ねた立派な切り妻住宅である。

 11:57

 どうしてこんなところに駅名表示が? と思いながら通り過ぎてはたと気がついた。

 JRの駅は「長岡京」とかわり、今は「神足」という駅はない。なにかの記念のようである。

 12:02

 JR長岡京の駅前。再開発が進み、すっかりきれいになっている。正面にそびえるのが、村田製作所の新本社ビル。

 最近建てられた新しい石柱の説明には長岡京は「延暦三年至ル十三年 桓武天皇王城ノ地ナリ」とある。

 12:19

 「一文橋」は、室町時代に架かられた日本最初の有料橋だったという。

 たびたび橋が流されるので、架け替え費用のため、通行人から一文を徴収したという。

 12:23

 向日市の下川原地区。静かな街道の佇まいが残っている。
 ここも石畳になり、凝ったデザインの街路灯が並んでいる。

 12:28

 阪急京都線のガード下をくぐる。

 12:34

 鈴吉大明神。昔は田の中にあったが、周辺の宅地が進み、祠の中に収容されたそうだ。

 12:36

 「愛称 西国街道」の標識がある。なぜ愛称なのか、ちょっとわからない。

 12:40

 立派な向日神社参道。この前は車でなら何度でも通ったが、あまり気づかなかった。

 12:43

 神﨑屋の店頭には、早くも筍が並んでいる。

 12:44

 京都府指定文化財の須田家住宅。

 12:54

 石畳の道を下ってくると「愛宕権現」の常夜灯が。

 12:55

 阪急東向日駅に近い梅ノ木あたり。 右端に碑や道標が並んでいる。

 13:03

JR向日町駅。向日市になって久しいのに、駅名は町のままだ。

 13:09

 JR京都線を横切るために「西国地下歩道」を抜ける。

 13:20

 国道171号、通称「イナイチ」を横切る。向こうにそびえるのは、京都の元気企業のひとつ、日本電産。

 13:25

 久世の街並み。

 13:40

 街道は、桂川に突き当たる。対岸へは「渡し」があったのだろうか。

 彼方に比叡山の山並みが望める。

 13:35

 久世橋を渡る。車でいつも走っているが、歩いて渡るのは初めてである。

 13:39

 堤防上にサイクリングロードが整備されている。ここから上流9キロで嵐山、下流10キロで三川合流。

 向こうは愛宕山。

 13:58

 吉祥院の商店街を抜ける。

 「久世の大根飯、吉祥の菜飯、またも竹田のもんば飯」

 赤い鳥-紙風船が歌っている「竹田の子守歌」を思わず口ずさむ。

 14:03

 西大路通を越える。

 14:20

 九条通と合流し、東へ。ちょっと回り道をして、「西寺(さいじ)」の跡へ。

 平安京の中心にある朱雀大路の南端に羅城門があり、入ったところに東寺と西寺があったそうだ。この二つは対をなしていたが、西寺は失われたままになっていた。最近は発掘が進み、伽藍跡が見つかっている。

 14:26

 京の都に到着した。
 羅城門までやってきた。児童公園の片隅の石碑だけが、平安京の証である。

 14:55

 東寺の五重塔。

 ウォーキングにはもってこい、暑いほどだが、気持ちのよいの一日だった。
 自宅からは2万7000歩を超えている。