わたしの愛用の腕時計です。左はスイスみやげの「MONDAINE」です。スイス国鉄(SBB CFF FFS)の公認時計で、駅のあちこちで正確な時を刻んでいるのと同じデザインです。真っ赤で先端が丸い秒針が特徴的です。
それが話題になってます。Appleのモバイル用新OS「iOS6」を入れたiPadで時計と表示すると、これはもう「パクリ」といわれても仕方がなほど似ています。SAMSUNGとの間では、似てる、似てないで世界中で訴訟になってますが、こちらはどうなるんでしょうか。
わたしのiPhone4Sも、iOS6にアップグレードしましたが、問題の地図は無茶苦茶。わたしの住むマンションは姿を消し、知らない寺の表示が出ています。
カテゴリー: わたしの好きなもの
屋久島への「車窓」から
帰りの飛行機から眺める開聞岳です。薩摩富士という別名が納得できるきれいな円錐型をしています。
「車窓」ではりませんが、窓からの眺めということで…。
鉄砲伝来の地・種子島です。標高は最高点でも282mしかなく、のっぺりとしています。標高1936mの宮之浦岳がそびえる屋久島とは対照的です。
真っ赤なハイビスカスが咲き、南の島にやって来たことを実感する屋久島空港です。
JAC(日本エアコミューター)の「ボンバルディアDHC-8 Q400」。屋久島空港から鹿児島空港まで飛びました。
行きは、鹿児島港から高速艇に乗りました。目の前に桜島がそびえます。上部は雲におおわれていますが、噴煙も確認できます。
海上から見る開聞岳です。
屋久島が近づいてきました。
屋久島までは1時間45分の船旅です。この日は、途中で水中翼に異物がぶつかったとかで着水したため、ちょっと遅れました。
屋久島・宮之浦港に着岸したトッピーです。
トッピーは種子屋久高速船が運航するジェットフォイルです。座席指定です。
屋久島 「安房森林軌道」の車両
屋久島の縄文杉への登山口となっている荒川登山口が、安房森林軌道の小杉谷線の出発です。
朽ちた車庫には、黄色塗装の小型気動車がとまってました。まだ現役のようです。
屋久島 「安房森林軌道」を歩く
鹿児島・屋久島のシンボル・縄文杉がこれほど「山ガール」に人気のスポットであるとは知りませんでした。大株歩道入口は、色とりどりのタイツやシャツで身を包んだギャルやカップルでいっぱいです。
安房森林軌道は、伐採された屋久杉を運び出すために敷設された森林鉄道です。
大株歩道入口から出発点の荒川登山口までの7.1キロの線路上を下りました。当然、行きは反対向きに歩きましたが、午前5時15分にスタートしておりまだあたりは真っ暗でした。
青春18きっぷで行く 餘部鉄橋のいま
「青春18きっぷ」の残り1回分を、息子から払い下げを受けました。どこに行こうかと考えて、「餘部鉄橋」にしました。「いま」はどうなているのかと。
午前6時9分、島本発の電車で出発。京都-福知山-豊岡と普通列車を乗り継いで11時8分に餘部駅に到着しました。
鉄橋の横には、コンクリートの新しい橋がかかり、鉄橋そのものは3分の2以上が解体撤去されていました。
青春18きっぷで行く 城崎温泉 「海中苑」の海鮮丼・海
「青春18きっぷ」で旅に出ました。といっても日帰り。朝早くから10時間ほど「乗り鉄」に徹しました。
城崎温泉でひと休み。駅前にある「おけしょう鮮魚の 海中苑 駅前店」に直行しました。2度目です。
「海鮮丼」が食べたかったのです。
シーズンではないですが、やはりカニですね。
うまい!!
11種盛りです。「海鮮丼・海」(1890円)です。ちょっと贅沢をしました。
ウニ、イクラ、カニ、タコ、イカ、ハマチ、マグロ・・・。
ウニです。甘エビです。どれもとろりと舌にとろけます。
前回は、カニを平らげてから「海鮮丼・舟」を食べてます。
「魚がどれも2倍になってます」というのが違いです。納得です。
城崎温泉 おけしょう鮮魚 海中苑
兵庫県豊岡市城崎町湯島132(本店の住所です)
0796-29-4832
もちろん、温泉にもつかって汗を流しました。
地蔵湯です。城崎温泉に外湯が7つあります。気軽に入れるのがうれしいです。
正面に見えるの緑のとんがり屋根が地蔵湯です。あまりに暑くて一番大きな一の湯までは歩く気がせず、近くですませました。これが大正解。きれいな温泉で、広々とした浴室に入ったときはわたし独り。最高の贅沢でした。
地蔵湯
豊岡市城崎町湯島796
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Göthestraße 88 をつくる
ドイツみやげの「グラーツのシュトラーセン・バーン(路面電車)」です。これを飾るミニ・ジオラマをつくりたくなりました。ミニといってもHOゲージですので、かなり大きくなります。
ネットであれこれ検索して、「Göthestraße 88/ゲーテ通り88」と名付けられたプラモデルの5階建てハウスを見つけました。パッケージの写真に電車を並べて、とりあえず全体イメージができあがりました。
ドイツの「FALLER」というメーカーの製品です。これだけユーロ安なので直輸入(といってもネット購入)も考えましたが、西宮市のショップがネット販売しており、すぐに手に入りました。
FALLERの製品は、「教会のあるパイク」でも使っています。
パイクでつくったチャペルのようにもう少し簡単なものを想像しtました。パッケージを開けると、これはかなりパーツ数があるプラモデルそのものです。まあ、楽しみながらゆっくりとつくります。
すべてが完成したイメージは、オーストリアのグラーツで出会ったこの光景です。
この一部を切り取ったワンショットが目標です。
東京・上野 2つのフェルメール展
東京出張の仕事が終わった後、上野に向かいました。ベルリンのGemaeldegalerie/絵画館で「東京に出張中」と教えられたフェルメールに会うためでした。
国立西洋美術館で開かれている「ベルリン国立美術館展~学べるヨーロッパ美術の400年」です。
お目当てはフェルメールの「真珠の首飾りの女」です。
左上から差し込む光と、小さな鏡に向かって自らの真珠の首飾りを見つめる女性。フェルメールらしい淡い光が柔らかいアナログの色調です。
東京ってやはりすごいです。同じ上野公園内でもう一つのフェルメールに会うことができます。
東京都美術館で開かれている「マウリッツハイス美術館展~オランダ・フランドル絵画の至宝」です。
こちらには世界的なフェルメール・ブームのシンボル的存在といわれる「真珠の耳飾りの少女」がいます。
小さな絵画です。真っ黒なキャンバス上で、大きな瞳の少女が振り向いています。左上からの光を浴びてます。でも余計なものはありません。圧倒的な迫力です。こちらはデジタルの世界です。
もうひとつ、フェルメール初期の作品「ディアナとニンフたち」も展示されていました。
フェルメールに会っただけで、ほかの作品はおおざっぱにしか見る余裕はありませんでした。それでもちょっと疲れました。
「PARK SIDE CAFE」に座って、しばし休憩です。木陰のテラス席でおいしいビールです。
ちょっと小腹が空いていたので「アンチョビー・ポテト」も頼みました。いい時間です。
隣の席で、ノートになにやら書いていた外国人女性は白ワインのお代わりを頼みました。わたしも「同じの」と言いたくなりました。女性がちょっと席を立ったのでパチリ。
PARK SIDE CAFE
東京都台東区上野公園8-4
03-5815-8251
JRの上野駅公園口に向かっていると、向こうに東京スカイツリーが見えました。カメラは広角レンズ(RICOH GRdigital)ですので、小さくしか写ってませんが、実際には空にそびえているようには見えました。
ライプツィヒ、ワイマール メンデルスゾーンとリストを訪ねる
【6/8】
ライプツィヒはバッハだけでなく、メンデルスゾーンにとってもゆかりの町です。
聖トーマス教会の正面側にメンデルスゾーンの立派な像があります。
1809年2月3日にハンブルクで生まれ、1847年11月4日に、ライプチィヒで亡くなっています。
20歳のとき、バッハの「マタイ受難曲」の公開演奏を作曲者の死後初めて行ったことで知られます。
メンデルスゾーンが指揮者をつとめたゲヴァントハウス管弦楽団の本拠地、ゲヴァントハウスからそれほど遠くないところにメンデルスゾーン・ハウスがあります。メンデルスゾーン家は、銀行業で成功していたため、家もこの通りに立派です。
建物の手前に入り口はあります。
メンデルスゾーン資料館に残されているピアノです。
旅行用バッグが置かれています。
気持ちのよい中庭です。右手にはメンデルスゾーンが開校し、校長となったライプツィヒ音楽院の施設があります。
木陰でくつろぐ音楽院の学生たちです。
メンデルスゾーンの胸像が、ハウスを見上げています。
環状道路沿いにはメンデルスゾーン音楽演劇大学がありました。
メンデルスゾーンは1843年にドイツ初の音楽高等学校であるライプチィヒ音楽院を創設しました。同校の日本人留学生第1号は瀧廉太郎でした。
【6/9】
ワイマールにはリスト・ハウスがあります。1869年から亡くなる867年までここで暮らしました。
ワーグナーやブラームスもこの家を訪れているそうです。
内部の撮影は許可されていませんが、リストのデスマスク、作曲に使用したピアノなどが展示されていました。
マルクト広場からそれほど遠くないところにワイマール・フランツリスト音楽院はありました。
ブダペストのリスト音楽院と比べると、ちょっとこぢんまりとしていました。
プラハ 地下鉄は地下深くを走る part2
「BACH 音楽三昧の旅」もさすがにネタが切れてきました。
プラハの地下鉄です。地下深くを走ります。2005年の旅でも「地下鉄は地下深くを走る」と書いてます。
ホテル最寄りのマロストランカー駅です。
エスカレーターは、地下深くに吸い込まれます。階段なんてありません。しかもかなり高速です。
プラハの地下鉄は、A、B、C線の3本です。
チケットは自動券売機で買います。1区間とか、24時間有効とかがあります。券売機は英語表示もありますので、それほど難しくはありません。
改札口がないので、使用済みのチケットは手元に残ります。