
「編笠門の形態をモチーフにしたトラス構造の大屋根がホームを包み、天井部は全て木製で、温かい雰囲気を醸し出す駅」だそうです。その通りです。温かい雰囲気はありますが、ホーム吹きさらしで寒いです。

東口です。すっかり様子が変わってます。立命館大の法科大学院なんかも建ってます。

こちらは西口。シネコンもあります。

ホームからは、「大文字」がくっきりと見えます。送り火の日には、混雑するんでしょうか。


かつての木造のクラシックな二条駅舎は、梅小路の「蒸気機関車館」に移築されてます。

「編笠門の形態をモチーフにしたトラス構造の大屋根がホームを包み、天井部は全て木製で、温かい雰囲気を醸し出す駅」だそうです。その通りです。温かい雰囲気はありますが、ホーム吹きさらしで寒いです。

東口です。すっかり様子が変わってます。立命館大の法科大学院なんかも建ってます。

こちらは西口。シネコンもあります。

ホームからは、「大文字」がくっきりと見えます。送り火の日には、混雑するんでしょうか。


かつての木造のクラシックな二条駅舎は、梅小路の「蒸気機関車館」に移築されてます。

昼食の帰りに南海・難波駅に行ってみました。
かつての待ち合わせスポットだった「ロケット広場」がなくなってます。ロケットも撤去されてすっきりとした空間です。途中の天井も取っ払われ、ずっと上の方に新しい明かりとり天井ができました。

御堂筋の南の突き当たりの風景はそれほど変わってません。高島屋の向こうに、スイスホテルがそびえます。

4代目の難波駅は1932年に誕生しています。古い写真が、工事中の外壁に展示されていました。
「大阪ミナミの玄関口。ヨーロッパに終着駅のような開放感とスケールの大きさを感じさせ、大型商業施設を持つターミナル駅」というのが「近畿の駅百選」の選定理由です。

2階の駅長室で認定証の所在を訪ねると、「駅が改装中で、掲示してません。3階のサービスステーションにあるはずです」。若い駅員はてきぱきと内線電話で確認してくれて、「あります」。教えられた場所に行くと、すでにカウンターの上に出ていました。ありがとうございます。
難波駅

JR天王寺駅のコンコースです。久しぶりに歩きました。
この柱は、30数年前と同じはずです。山から帰ってきては、大きなキスリング(ザック)をこの柱に積み上げて、夜の阿倍野で飲んだものです。「伝言板」がぶら下がった柱もありました。携帯があるので、今では不要です。

阪和線のホームです。杉本町まで通いました。

駅員室です。認定証の場所を聞いたら、「それです」。その壁に架かってました。

「大阪城天守閣が間近に望め、土日は野外パフォーマンスをする若者たちであふれる」というのが選考理由です。
ぐっと冷え込んでいます。あまり人気のない大阪城公園駅です。

振り返るとOBP(大阪ビジネス・パーク)のビル群がそびえてます。大阪城はここからは見えません。

改札口脇の駅員室奥に認定証が飾ってあるのが見えました。「写真、撮らせてください」と頼むと、快く取り外してもってきてくれました。

近江鉄道の八日市駅です。
吹き抜けの天井に大凧が飾られています。

「駅前の街並みと背後の山との調和を図った山小屋をイメージしたヨーロッパ風のモダンな駅舎」というのが受賞理由です。

天皇の蒲生野に遊猟したまひし時に額田王の作れる歌
あかねさす 紫野(むらさきの)行き 標野(しめの)行き
野守(のもり)は見ずや 君が袖振る
その蒲生野にあります。駅舎の壁面も額田王と天武天皇をデザインしてます。


JR彦根駅です。
駅前には、初代彦根藩主、井伊直政公の碑があります。


JR東舞鶴駅です。
「ヨットのデザインをとり入れた駅舎。完璧の母で知られる舞鶴港に降り立った引き揚げ者はこの駅から故郷に帰っていった」
港に向いた北側が正面でした。現在は、南側にショッピングビルができて、どちらが正面かわかりません。

1月3日の撮影です。特急「まいづる6号」の指定席は、帰省客で売り切れでした。


大阪地下鉄・御堂筋線の梅田駅です。JRで通勤するよになっても、帰りはここで降り、Yバシカメラや紀○国屋の寄る回数が多いです。

開通当時からアーチ型の天井です。これがあるのは千里中央行きの難波よりの部分だけです。

昔は、淀屋橋や心斎橋と同じ島式のホームでした。でも乗降客が多いので拡張されました。かつて天王寺方面行きが走っていた線路部分もホームになっています。

新線(谷町線)の駅を作るために掘られてながら、東梅田駅は違う場所に完成して、未使用になっていたトンネル部分が、現在の天王寺方面行きホームになっています。

ところで「近畿の駅百選」の認定証はどこにあるんだろうかと探しました。駅長室があったので聞いてみるかと内部を見ると、その壁に飾られていました。
梅田駅

銚子電鉄の写真が、まだ残ってました。総決算の駅舎編です。
スタートは「銚子」です。JRを降り、同じホームの先に進むと、この風車(羽はありません)の建物の下を通り抜けます。無人です。その向こうに銚子電鉄の電車が待ってます。

1時間に2本から3本、運行してます。
終点の外川までは、6キロほどしかありません。その間に撮った画像が続きます。覚悟して、下をクリックしてください。

青雲の志を抱いて上京しました。というにしてはちょっと歳をとりましたが、気分は若く「青春18きっぷ」の旅です。一度は乗ってみたかった夜行列車「ムーンライトながら」です。岐阜・大垣-東京間を走っている全席指定の快速です。「青春18きっぷ」の有効期間中は、その指定席券がプラチナチケットに変身します。

大垣駅午後11時すぎです。地方の駅にしては、異常な客です。ほとんどが、「ながら」の出発を待っています。


長良川の鵜飼いをデザインしたヘッドマークです。


「ながら」に乗り込みました。特急でも使われていた比較的新しい車両です。だいぶ前になりますが、廃止前の「ちくま」で信州に行ったときにも乗ったことがあります。

午前2時をすぎて、車掌が検札にやってきました。日付が変わってますので、新しい使用日を手書きしていきました。

午前5時5分、定刻通り東京駅に到着しました。

同じ車両が折り返しで普通の静岡行きになります。ホームには、それを見越した乗客が待ってました。
わたしの「青春18きっぷ」の利用額です。
01/09 島本-大府(名古屋の先のここが日付の変わった最初の停車駅です)\3,260
01/10 大府-銚子 \7,350
銚子-東京 \2.210
(東京-京都は新幹線に乗りました。乗車券も別途、必要でした)
京都-島本 \290
「青春18きっぷ」の1回分は2,300円です。充分に元を取って、たっぷりと乗りました。
9日の午後8時半にわが家を出発しました。京都駅で途中下車して、コンビニで夜食を仕入れて、米原行きの新快速に乗りました。ダイヤが乱れていて、予定より1本早いのでちょうどOKでした。
帰りは、さすがに新幹線を利用しました。銚子-東京と同じくらいの時間で東京からわが家に帰りつきました。10日の午後11時すぎでした。
坂東三十三カ所を巡っている友だちにつきあって、千葉・銚子にまで出向きました。昨秋、茨城県の最北にある「日輪寺」に参って以来の巡礼です。わたしの目的は、「食」と「鉄」でしたが、すばらしい旅のきっかけをつくってくれた友に感謝です。今回、参拝した札所は、その友のブログをご覧ください。

南国風の君ヶ浜駅に到着した「デハ1002」です。
営団地下鉄・銀座線の車両を譲り受けて改造しています。

犬吠駅に到着した「デハ801」です。こちらは伊予電鉄の出身です。

仲ノ町駅で待機する「デハ702」です。出身は近江鉄道です。

仲ノ町駅にやってきた「デハ1001」です。

2軸凸型の電気機関車「デキ3」です。1922年、ドイツ・AEG社製で、1067mm軌間の電気機関車としては現存する最小だそうです。

正面から見ると立派な顔をしてます。

横から見ると、あまりの短さにズッコケそうです。

宇部炭坑の出身で、1941年に銚子電鉄に移籍。ヤマサ醤油の工場へ原料塩などの運搬に使用されました。客車を牽引していたこともあるそうです。1984年に貨物営業が廃止され、現役引退しました。



仲ノ町駅脇の車庫に留置されています。

見学には入場料(150円)が必要です。銚子電鉄へのカンパの気持ちをこめての購入です。

硬券の裏側のデザインは2種類。わたしが買ったのは「デキ3」です。