
きれいに再塗装された京都市電「1820」です。昨年夏は、さび止め塗装で灰色でしたが、久しぶりに通ると、きれいになってました。「くまの」と行き先表示幕もくっきりです。

周辺もすっきろと整備されてます。

上半分の色が、ちょっと白っぽいかなとも思います。でも、こなんなにきれいに補修されて本望でしょう。

レールは敷かれてませんが、枕木上の鉄材に乗ってます。

銘板は、新調されてます。文言は、古いのと同じなんでしょう。
これだけの復元をしてくれた持ち主の巌商店に感謝です。

きれいに再塗装された京都市電「1820」です。昨年夏は、さび止め塗装で灰色でしたが、久しぶりに通ると、きれいになってました。「くまの」と行き先表示幕もくっきりです。

周辺もすっきろと整備されてます。

上半分の色が、ちょっと白っぽいかなとも思います。でも、こなんなにきれいに補修されて本望でしょう。

レールは敷かれてませんが、枕木上の鉄材に乗ってます。

銘板は、新調されてます。文言は、古いのと同じなんでしょう。
これだけの復元をしてくれた持ち主の巌商店に感謝です。

京都・伏見区内には、何台もの旧京都市電が保存されてます。朝に丹波橋までアッシーしたあと、クルマでぐるりと回りました。
まずは、京阪・丹波橋駅の東側にある京都教育大付属桃山小学校(伏見区筒井伊賀東町)です。校庭の隅に「1821」はとまってました。フェンス越しに撮影しました。

外観はちょっと荒れてますが、内部はきれいです。シートは今も使っているのか水色のビニールっぽいものになってます。

正門から見るとこんな具合です。





ペーパー製の車体に、下塗り塗料のサーフェーサーを吹き付け、乾いたところをサンドペーパーで削ります。これの繰り返しで、屋根のカーブも自然になってきました。


亀岡市立安詳小学校の校庭に京都市電「726号車」は保存されています。
西国21番札所、穴太寺から歩いてきました。途中の国道9号にはバスが走っているだろうと思ってました。ところがどっこい。結局、優に1時間半は歩きました。

校庭の片隅に保存されています。側面などは、児童が絵を描いています。保存状態は、まず良好です。

児童が夏の間に栽培したらしい朝顔の鉢がズラリと並んでいます。向こうの運動場からは、少年野球の練習の声が響いてきます。

かつては、京都市内の小学校などにも市電車両は保存されていました。そのほとんどが解体されて、今はありません。お隣の亀岡市に市電車両が残っているとは・・・。
安詳小学校 地図
0771-22-0320
〒 621-0826 亀岡市篠町篠中北裏68

都路を今も走る路面電車です。弥勒菩薩で有名な太秦(うずまさ)広隆寺の前を通過します。
「嵐電(らんでん)」(正式には京福電気鉄道嵐山線)は、四条大宮-嵐山間の嵐山本線と、途中の帷子ノ辻から北野白梅町を結ぶ北野線の11キロを走っています。

西大路三条から西の山ノ内にかけての区間は、一般車両と同じ路面を走ります。

嵐電には、難読駅名が続きます。ちょっとクイズです。読めますか(ルビの部分は画像処理で消してます)。答えは下の「続きを読む」をクリックしてください。

河原町御池。京都市役所とは対角の東南角からちょっと東に歩くと、狭軌1型21号車がとまっています。御池通の歩道から、フェンス越しに見ることができます。

「京都カトリック信愛幼稚園」の園庭です。

トロリーポールが前後に向けて2本付いています。
明治村でも、梅小路公園でもポールは1本で、終点に着くと車掌がロープを引っ張って転回させてました。
何度も紹介しているバイブルにしているグラフ誌「N電京都市電北野線」をくっていると、ナゾが解けました。
京電として開業した当時は単線架空線式で、ポールは1本でした。その後、開業した京都市営の路面電車は、マイナス電流を地面に流すのは危険ということで複線架空線を採用しました。市電に吸収された京電の車両は、ポールが2本(どちらも後ろ向きで平行に並んでいる)に改造されました。時を経て、第2次大戦時の資材難から、再び単線化されたのです。そのとき、ポールを前後にのばすように改造して、終点での折り返し運転を楽にしたのです。
というわけで、京電時代のオリジナルに復元された明治村の2台や梅小路公園のは、1本ポールなのです。

京都カトリック信愛幼稚園 地図
075-231-4690
〒 604-8006 京都市中京区河原町通三条上る下丸屋町415
(撮影は9月23日)

朝から雨が降ったりのヘンな天気の一日でした。どこにも出かけずに、工作三昧でした。
「なつかしの電車」(さんけい製)の3号車を製作しました。接着剤がが乾くのを待って、ゆっくりと作業しました。

精巧にレーザーカットされた3枚のペーパーを組み立てます。窓に張るプラ板も付いています。

側板の製作です。窓枠を重ね、旧都市電カラーの下板を張り付けます。

台車です。接着剤は、木工ボンドを、筆で塗ってます。

天井は丸いカーブを描いています。
キットには、パンダが付いてます。しかし、いっしょに入手した1号型からビューゲルを拝借してきました。

まあまあの仕上がりとなりました。
京都市電の「500型」の再現です。

「なつかしの電車」のモデルとなっている京都市電1800型が保存されている「でんしゃ公園」です。ちょっと回り道して、会いに行きました。
全体の塗装はかなりハゲハゲで、老朽化を感じさせます。でも「1849」のナンバーは鮮やかです。

「樫原児童公園」というのが、事前に調べた所在地でした。ネットの地図を見ると、物集女(もずめ)街道をはさんで東西に二つの「樫原児童公園」があります。どちらかだろうと行ってみました。でも、どちらにもありませんでした。
「このへんに京都市電が保存されません?」。東側の公園で聞きました?
「それだったら、あっち」
教えられたとおりに公園の北側の道を東へ樫原小学校に向かって行くと、いました。まるで、住宅街の中です。

「でんしゃ公園」は、ちょっと大きな家1区画ほどの広さです。京都市の管理する児童家公園なんでしょうか? ちょっと違うような気もします。

電車の窓にはカーテンが閉まっていて、内部の様子はわかりません。

京都市電の車両は、あちこちの児童公園に払い下げられました。でも、今も残っているのは、多くはありません。いつまでも大事に保存していただきたいです。

「京都市西京区樫原五反田」というのが所在地です。