「どこで食べてもマクドはマクド」。そんなタイトルで、このブログでも何度も書いています。
ウィーンでも食べたマクド、いやマックですか?。知らんけど。いづれにしても超安心の味でした。
冬の旅で泊まったシュテファン大聖堂に近いホテルの目の前でした。わざわざ巡ったカフェではありませんが、心強い味方でした。朝食に出かけました。
オーストリア第2の都市、グラーツの駅ナカにあるマクドも、帰りの列車で2度、かじりました。
リスボンの町でも、まずは腹ごしらえに飛び込みました。
「どこで食べてもマクドはマクド」。そんなタイトルで、このブログでも何度も書いています。
ウィーンでも食べたマクド、いやマックですか?。知らんけど。いづれにしても超安心の味でした。
冬の旅で泊まったシュテファン大聖堂に近いホテルの目の前でした。わざわざ巡ったカフェではありませんが、心強い味方でした。朝食に出かけました。
オーストリア第2の都市、グラーツの駅ナカにあるマクドも、帰りの列車で2度、かじりました。
リスボンの町でも、まずは腹ごしらえに飛び込みました。
ウィーン北郊のカーレンベルクの丘にはブドウ畑が広がります。そこの「今年のぶどうで作られた新酒」がホイリゲで、ワイン農場でそれを飲ませてくれる酒場もそう呼ばれます。簡単な食事も提供されて、まあカフェのお仲間ということで⋯。
わたしが訪れたホイリゲの3連発です。
ゆっくり旅した一夜は、「ヴェルナー・ヴェルザー」でマッシュルームのフライやワインを2杯。ジョッキで飲んで、すっかりできあがりました。
奥さまのコーラスグループのドイツ遠征とウィーン観光ツアーに撮影係として同行。最後の夜はにぎやかな打ち上げとなりました。
「マイヤーの家」は、ベートーベンがあの「第9」を書いたところでもありました。
2度目のウィーンでも「Zum Martin Sepp」でのんびりとしました。
芸術の都はパリですが、音楽の都・ウィーンにも多くの美術館や博物館があります。
オーストリア応用美術博物館(MAK)は、中世から現代までのヨーロッパの家具、陶磁器などの工芸品を中心に展示されています。
MAK内のカフェ、サロンプロフォンもおしゃれでした。頼んだ「エッグベネディクト」はナイフを入れるのが憚られるほどの美しさでした。もちろん、おいしかったです。
6年前でも10ユーロほどはしたでしょうか。ネットで調べてみると、現在はなんと15.9ユーロもします。おまけに円安ときて2700円。ヒャー、再訪するチャンスがあっても手が出ません。
メニュの「A|C|G|O」が気になって調べると、下の方に小さな文字で書かれていました。
ヨーゼフ・ホフマンらが開いたウィーン工房の家具が並んでいます。
グスタフ・クリムトの有名な「接吻」の下絵かと思わせる作品も展示されていました。
雪が積もるウィーンを訪れたときは、リンク沿いのホテルから散歩。旧陸軍省の前に立つラデツキー将軍(ニュー・イヤー・コンサートで最後に演奏されるラデツキー行進曲のモデル)の騎馬像から向こうのオットー・ワーグナーがデザインした郵便貯金局を眺め、次がMAKでした。その先がシュターツ・パーク(市民公園)です。
ウィーンのカフェ巡りはまだまだ続きます。
オペラ座の角からシュテファン大聖堂に続く目抜き通りがケルントナー通りです。その中間あたりに「カフェ・ハイナー」はあります。
店名を冠した「ハイナー・トルテ」です。カフェ・ザッハーのザッハトルテが有名ですが、トルテは切り分けて食べるケーキのこと。ウィーンのカフェでは店ごとのトルテが並んでいます。
通りを歩く人に目につくように双頭の鷲と、「K.u.K.Hofzuckerbäcker」とハプスブルク家御用達菓子店を表す金文字が光っています。
クリスマス・マーケットが立つ冬の夜は、ケルントナー通りも輝く光に包まれていました。
サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで780kmの巡礼の旅、Paso a paso Dos では、9月は毎日ただただ歩いてました。スタートから2週間目となった9年前の2日は、ログローニョからナヘラという町まででした。
カフェとバル。その違いは定かではありませんが、巡礼路のあちこちにあるバルでは朝はモーニング、のどが渇けばコーラやジュース、昼食はビールにボガディージョ(サンドイッチ)、夕飯もワインとともにとお世話になりっぱなしでした。
ナヘラではピザをかじり、名物のサングリアを楽しみました。
バルを見かけると引き寄せられて頼んだのがスーモ・デ・ナランハ(オレンジジュース)です。生のオレンジを目の前で搾ってくれる100%果汁です。
この日の歩行は30km。このくらいの距離は慣れてきました。
ウィーンの町には、あちこちにカフェがあります。その中でデメルは宮廷御用達として名を馳せた老舗の菓子店です。
2度目の旅では開くの待ちかねてお茶をしました。
有名なザッハトルテは、甘さを敬遠したようです。2人で1個のご覧のトルテをいただいています。ちなみにトルテは、切り分けて食べる焼き菓子だそうです。
カフェの席からトルテの調理部屋がのぞけるようになってました。見事に飾り付けられたケーキが並んでいました。
看板のザッハトルテは「本家」を巡ってホテル・ザッハーと「トルテ戦争(裁判)」を演じました。
そのザッハトルテは、桐箱入りをみやげにしました。後日、大阪・梅田の阪急で買ってきていただきました。
デメルのケーキは、大阪・難波の高島屋にも並んでいました。
ホーフブルク(王宮)にも近いデメルの前は、ウイーンを訪れる度に歩いています。行列です。
ウィーンの中心、シュテファン大聖堂の裏手に紅茶で有名なハース・アンド・ハースのショップがあります。そことはつながっておらず、中庭に回り込むと「Haas & Haas TEEHAUS」のドアです。
ウィーン最後の朝は、ここでモーニングをしました。
ウィーンで飲めばウィンナー・コーヒーというわけでもなく、メランジェでもミルクとホイップクリームの2つがあります。グラスの水がついてくるのは日本と同じです。
ウィーン最後の朝 Haas & Haas(ハース・アンド・ハース)でモーニング
信者でもないのにシュテファン大聖堂のミサに参列した寒い冬の日にも、ここでお茶をしました。店に入るとほっとする暖かさでした。
カフェ巡り ハース・アンド・ハースのハース・アンド・ハース・ブレッド
ドイツ騎士団修道会の大きな建物の1階にあります。
シュテファン大聖堂で午前零時から始まるモーツァルトのレクイエムを聴くために泊まったホテルは、出入口は別の場所でしたが同じ建物の上階にありました。
ウィーンのベルヴェデーレ宮殿上宮にある「シュロスカフェ・イム・ベルヴェデーレ」でひと休みしました。
アインシュペナーは、温かいエスプレッソ・コーヒーをホイップした生クリームが覆っています。グラスに入ってますが、暖をとるための飲み物です。
この日のウィーンは朝から小雨模様。寒さから逃れようと宮殿のオーストリー・ギャラリーにやってきて、グスタフ・クリムトやエゴン・シーレと再会しました。
ショーケースには当然かのように「クリムト・トルテ」が並んでいました。「接吻」が載っていました。
カフェ巡り シュロスカフェ・イム・ベルヴェデーレのアインシュペナー
ウィーンみやげの「2つのクリムト」は、今もリビングに飾られています。
2016年8月24日。ちょうど8年前のこの日、わたしは2度目のサンティアゴ巡礼を歩き始めるフランス南東部の村、サン・ジャン・ピエ・ド・ポー(SJPP)にいました。イベリア半島の付け根にあるピレネー山脈を越えて、スペインの大地をひたすら西へ西へと歩く旅です。ゴールは780kmも先の聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラでした。
マイ記念日のカフェ巡りは、ウィーンを離れて巡礼スタート地のカフェ・レストランです。
大阪ーアムステルダムーバルセロナと飛び、renfe(スペイン国鉄)とバスを乗り継いでSJPPまでやって来ました。
出発前夜の夕食は、カフェ・レストランのテラス席でカルボナーラで簡単に済ませました。
この後40日ほど、ビールとワインは欠かしたことがありませんでした。
テントには「Restrant OLHARAN」と書かれています。ところがネットで調べてもヒットしません。今は存在しないのでしょうか。
【追記】
FaceBookのお友達から教えていただきました。Bar Brasserie du Trinquetとして営業していると。
Google Streetviewで確認することができました。
Paso a paso Dos プレ2=8/24 サン・ジャンで出発準備完了