
「京都一周トレイル」の案内板「1」。ここから案内にそって進むことになる。
京都一周トレイルは、京都市が中心となり、京都府山岳連盟、電鉄会社などがルートを決めて、整備を行っている。
東山、北山東部、北山西部の3コースに分かれていて、全長60キロあまりある。

「京都一周トレイル」の案内板「1」。ここから案内にそって進むことになる。
京都一周トレイルは、京都市が中心となり、京都府山岳連盟、電鉄会社などがルートを決めて、整備を行っている。
東山、北山東部、北山西部の3コースに分かれていて、全長60キロあまりある。

奥の院への道は、奉納された鳥居のトンネルになっている。実は、どちらを行っても同じところに着く。

「灯籠の前で願い事を祈念して石灯籠の空輪(頭)を持ち上げ、そのとき感じる重さが自分が想像していたよりも軽ければ願い事が叶い、重ければ叶わないとする試し石で、一般にはおもかる石の名で親しまれている」
わたしも試してみたが、意外に軽かった。でも、願い事をしてなかった!!

「お稲荷さんは商売繁盛の神様。五穀豊穣の神様でもあります。その五穀(米)を食い物にするすずめを退治する意味において、すずめの焼き鳥がうまれました」と、店先の説明文にある。
まだ店が開いたばかりで、お盆にのっているのは前日(?)のもの。左側の網から醤油とともに焼ける香ばしい匂いが漂ってくれば、思わず手が伸びるところだが。

Your good Times are Just Begining With Lucky Torii.
京都一周トレイルの出発地、伏見稲荷を奥の院へと登ると、すれ違う半分くらいが外国人。どうしてこんなに多いのかと不思議に思っていると、きっちり英語の表示に出くわす。
それにしても、このミニチュアの鳥居、どこかで見たような。そう、飲屋街の路地の黒壁あたりに張り付けてあるヤツ…。「○○禁止」と書いて。まさか!? 1個1500円なり。


























東山コースの断面図。


展望台から京都市内を一望する。
霞んでいて遠くは写っていないが、右端が左大文字。愛宕山から京都西山へと連なっている。











13:40
地下鉄で京都駅に。高橋(たかばし)にあるラーメン店「新福菜館本店」へ直行する。

京都一周トレイルの地図。東山。北山東部、北山西部の分かれていて、1部500円。

万歩計は家に帰ったとき「20467」をカウントしていた。
![]()
2005/02/25
西国街道は、京の都から西国(山陽地方)を結ぶ古来の日本の幹線道路です。
私の住む水無瀬も通っています。この西国街道を半日かけて京の都までのぼってみました。

自宅から5分も北に歩くと、「桜井の駅跡」に着く。
「西国街道」の碑が建っている。「街角の再発見」としてフジサンケイグループが大阪府下のあちこちに建てた記念碑のひとつである。
見わたせば 山もとかすむ 水無瀬川
ゆうべは秋と なに思ひけむ
(新古今集 後鳥羽上皇)
碑にはこう彫られている。

10:03
楠公父子決別之所」の大きな碑が建っている。
楠正成、正行親子がここで別れた。父は西に向かい、湊川の戦いで敗れる。

10:28
ケータイを忘れたことに気づき、取りに戻る。20分近くタイムロスをする。
右手に水無瀬神宮への道。境内には、「日本の名水百選」の「離宮の水」がわき出ている。

10:40
左手にJR京都線の踏切が。向こうにはサントリー山崎工場がある。

10:44
「従是東山城國」の碑が関大明神の横にある。
現在も大阪-京都の府境となっている。
ここで大阪府三島郡島本町から京都府乙訓郡大山崎町にはいる。

10:49
JR山崎駅前の離宮八幡宮。
嵯峨天皇が建立した「河陽宮」の一角にある。

10:50
荏胡麻油の生産と結びつき発展した。
「油祖神」の石像がある。黄色い輪は、油屋のシンボルマークだったそうである。

10:52
JR山崎駅前。
左の京阪バスは淀川対岸の淀競馬場行きの臨時便。右側は千利休の茶室がある妙喜庵。

10:58
こちらは阪急大山崎駅。
アサヒビール大山崎山荘美術館の無料送迎バスがとまっている。

11:06
天王山の中腹にある山崎聖天への道。まずJR京都線の下をくぐり、阪急京都線をまたぎ、急な階段を上る。
三川(さんせん、桂川、宇治川、木津川が合流して淀川になる)が見下ろせる展望スポットがある。

11:31
小泉橋を渡ると、長岡京市にはいる。

11:36
調子八角の交差点。「新西国街道」の標識がある。
「67 府道西京高槻線」の別名のようである。
本来の西国街道は、府道と併行して続いている。

11:40
「右 よど(淀) 左 やなぎ(柳)谷」の古い石柱が立っている。
柳谷観音は長岡京市の西の山の中にある。目の疾病の神さんとして、今も参る人が多い。

11:53
神足(こうたり)商店街には、石畳が敷かれている。
京都の元気企業のひとつ、セラミックの村田製作所の本社がある。

11:55
国登録有形文化財の石田家住宅。
街道に面した商家と住居を兼ねた立派な切り妻住宅である。

11:57
どうしてこんなところに駅名表示が? と思いながら通り過ぎてはたと気がついた。
JRの駅は「長岡京」とかわり、今は「神足」という駅はない。なにかの記念のようである。

12:02
JR長岡京の駅前。再開発が進み、すっかりきれいになっている。正面にそびえるのが、村田製作所の新本社ビル。
最近建てられた新しい石柱の説明には長岡京は「延暦三年至ル十三年 桓武天皇王城ノ地ナリ」とある。

12:19
「一文橋」は、室町時代に架かられた日本最初の有料橋だったという。
たびたび橋が流されるので、架け替え費用のため、通行人から一文を徴収したという。

12:23
向日市の下川原地区。静かな街道の佇まいが残っている。
ここも石畳になり、凝ったデザインの街路灯が並んでいる。

12:28
阪急京都線のガード下をくぐる。

12:34
鈴吉大明神。昔は田の中にあったが、周辺の宅地が進み、祠の中に収容されたそうだ。

12:36
「愛称 西国街道」の標識がある。なぜ愛称なのか、ちょっとわからない。

12:40
立派な向日神社参道。この前は車でなら何度でも通ったが、あまり気づかなかった。

12:43
神﨑屋の店頭には、早くも筍が並んでいる。

12:44
京都府指定文化財の須田家住宅。

12:54
石畳の道を下ってくると「愛宕権現」の常夜灯が。

12:55
阪急東向日駅に近い梅ノ木あたり。 右端に碑や道標が並んでいる。

13:03
JR向日町駅。向日市になって久しいのに、駅名は町のままだ。

13:09
JR京都線を横切るために「西国地下歩道」を抜ける。

13:20
国道171号、通称「イナイチ」を横切る。向こうにそびえるのは、京都の元気企業のひとつ、日本電産。

13:25
久世の街並み。

13:40
街道は、桂川に突き当たる。対岸へは「渡し」があったのだろうか。
彼方に比叡山の山並みが望める。

13:35
久世橋を渡る。車でいつも走っているが、歩いて渡るのは初めてである。

13:39
堤防上にサイクリングロードが整備されている。ここから上流9キロで嵐山、下流10キロで三川合流。
向こうは愛宕山。

13:58
吉祥院の商店街を抜ける。
「久世の大根飯、吉祥の菜飯、またも竹田のもんば飯」
赤い鳥-紙風船が歌っている「竹田の子守歌」を思わず口ずさむ。

14:03
西大路通を越える。

14:20
九条通と合流し、東へ。ちょっと回り道をして、「西寺(さいじ)」の跡へ。
平安京の中心にある朱雀大路の南端に羅城門があり、入ったところに東寺と西寺があったそうだ。この二つは対をなしていたが、西寺は失われたままになっていた。最近は発掘が進み、伽藍跡が見つかっている。

14:26
京の都に到着した。
羅城門までやってきた。児童公園の片隅の石碑だけが、平安京の証である。

14:55
東寺の五重塔。
ウォーキングにはもってこい、暑いほどだが、気持ちのよいの一日だった。
自宅からは2万7000歩を超えている。
<
(1) 窪津王子-坂口王子ー郡戸王子-上野王子 (04/07/03)



「この地は江戸時代には八軒家と称し淀川を上り下りの三十石船の発着場として さらに古くは渡辺といい紀州熊野詣での旅人の上陸地として栄えた また大江山の鬼を退治したといわれる渡辺綱はこの地を支配した摂津源氏一族の出身であり『地獄門』で知られる遠藤盛遠が袈裟御前を見初めたのもここに架けられた渡辺橋の渡りぞめの時のことと伝える 楠正行がこの橋からなだれ落ちる敵兵を救いあげ衣料を与えて国へ帰してやったという美談は明治初年わが国が万国赤十字に加盟のとき伝えられて感銘を与えた」
昭和四十年五月 牧村史陽識
(いずれも永田屋昆布本店配布のパンフレット「八軒家の今昔」より)







「きっとなせる市蔵」
「なせる」
大久保市蔵はそういってうなずくと吉之助の手を握った
軽輩のすべてはおなじ心で磯浜を桜島を眺めていた
直木三十五「南国太平記」
これは新聞に掲載された薩摩藩のお家騒動を題材にした小説だそうだが、わたしは読んでいない。













「法輪は、お釈迦さまの教えが他に転じて伝わるのを輪にたとえたもので、仏教の象徴です。
合掌して、『自浄其意』(じじょうこい=心が清浄となりますように)と唱えて軽く右にお回しください。」



(14) 比叡山坂本-瀬田唐橋 (04/05/22)

(水無瀬-JR大山崎-京都-JR比叡山坂本)-穴太-志賀-近江神宮-三井寺-長等-三橋節子美術館-浜大津-琵琶湖文化館-なぎさプロムナード-膳所公園-粟津の晴嵐の碑-瀬田唐橋(ゴール! ゴール!! ゴー~ル!!!)-JR石山-JR京都-水無瀬
天気=うす曇り
距離=約16キロ 総歩数=32,676歩

9:17
にぎやかな会話の輪に加わる。いつもはひとり旅だったが…。

9:44
国道を避けて日吉神社の参道へ。

9:53
表通りを避けて裏道に迷い込むと、懐かしい「仁丹」のマークがかかっていた。

9:55
日吉東照宮の参道。坂本の町は、いたるところに神社仏閣があった。

10:08
「右 大津道」「左 日吉神社」
道端の碑は、新しいもののようだった。

10:10
瑞慶山盛安寺。
由緒はわからなかったが、随分と立派な寺だった。

10:14
高穴穂(あのう)神社に参る。
地名は穴太(あのう)。戦国時代に活躍した近江近郊の石積み(穴太積み)職人の集団、穴太衆の地元だ。

10:43
京阪石坂(石山-坂本)線にそって歩く。
この鉄道路線も京阪電鉄の合理化でいずれは消える運命にある。

10:44
「この花の名前知ってる?」
「シラン」

10:59
大津京を造営した天智天皇を祀る近江神宮。
6月10日の「時の記念日」には、天智天皇が日本で初めて漏刻(ろうこく、水時計)を作った故事にちなんで「漏刻祭」が行われると案内にあった。

11:08
史跡近江大津宮錦織(にしこうり)遺跡。
天智天皇が築いた大津宮の遺跡との見方が強くなっている。

11:16
大津市役所前の道には、大津絵の代表的な絵が。

11:33
ノンストップで三井寺まで歩いた。
近江八景「三井晩鐘」で知られる高い鐘楼がある。

11:46
「この花の名前知ってる?」
「アヤメ?」「ショウブ??」「それともカキツバタ???」

11:53
第一疎水。琵琶湖の水が向こうから、足元のトンネルに流れ込んでいる。
この水が山科-蹴上と流れ、京都の飲料水となる。

12:01
長等公園の一角にある「三橋節子美術館」

12:06
三橋節子の生涯と作品を描いた「湖の伝説」(梅原猛著)は20年以上前に読んだ。その作品が展示されている。
まずはビデオでその生涯を振り返る。

京都の美術館で回顧展が開催中で、展示は少ないのではと心配したが、展示室には代表作の「花折峠」と「三井の晩鐘」が展示されていた。
〒520-0035 大津氏小関町1-1
長等創作展示室 三橋節子美術館
電話 077-523-5101
入場料 210円

12:42
「この花の名前知ってる?」
「知らん」

12:45
鮒寿司で有名な阪本屋。
琵琶湖のフナはブラックバスなどの外来魚の攻勢に敗れ、すっかり獲れなくなった。おかげで鮒寿司も、あまりに高価。素通りする。

12:54
浜大津の大津港。ここから竹生島への観光船が出発する。

13:03
大津生まれの花登匡の顕彰碑があった。
「泣くは人生 笑いは修業 勝つは根性」
「やりくりアパート」「番頭はんと丁稚どん」が出世作と刻まれている。

13:05
「お腹、減ったな」と話しながらなぎさプロムナードの整備された湖岸を歩く。

13:09
明智光秀の弟、明智左馬之助が天正10年、兄光秀の死を知り、大津から坂本へ湖上を馬でとってかえしたという「明智左馬之助の湖水渡り」の碑があった。

13:12
琵琶湖ホール前の案内板。
女房が代表をしている女声合唱団「コール マーテル」の指導者、K氏が出演するオペラ「ジプシー男爵」のポスターが。もちろん女房はチケットを買っている。

14:21
膳所公園まで来た。
公園には四高桜が移植されていた。

14:35
{ゴール!!」
わたしたちの本当のゴールも目の前に迫ってきた。

14:42
近江八景「粟津の晴嵐」の碑。

14:48
目の前の流れが琵琶湖から瀬田川に変わる。

14:52
1年前の5月24日に出発した瀬田唐橋が目の前に。
230キロ、よくぞ歩いた。

14:58
唐橋の中ノ島には「「日本の道百選」の碑が立っていた。

15:02
左はゴールししたふたり。
右は1年前に出発したときのふたり。
さて、両方の写真で違っているところは何カ所あるでしょうか?

15:03
わたしも、満足感を腹(?)に記念撮影。

15:08
一周の途中で何度も見かけた「瀬田から右回り○○lキロ」「左周り○○キロ」の標識の「どちらに回っても230キロ」があるはずだと探すが、残念ながら見つからなかった。
これは、たぶん大阪港からの距離を示す標識。
15:10
出発-ゴールの日本三名橋「瀬田の唐橋」
京洛の熊野社
熊野若王子神社 (2004/04/16)




熊野神社 (2004/05/30)





新熊野神社 (2004/05/30)





