京都・木屋町の高瀬川に面した立誠(りっせい)小学校の跡地に「日本映画発祥の地」の案内板が立っています。その説明文に気になる会社名があるのことに気づきました。ここに京都電燈株式会社があったのです。
菱形雷紋を社章とした京都電燈は明治22(1889)年、この地に社屋を建て、敷地内に石炭火力発電所を設けて電力事業を始めたのです。
明治30(1897)年になった、京都電燈の中庭でフランス帰りの技師、稲畑勝太郎(稲畑産業創業者)によって映画が上映されました。
高瀬川沿いにあった京都電燈の火力発電所とされる写真です(ネットよりDL、出所不明)。
あたりを見渡しても案内板以外には京都電燈の痕跡は見つかりません。
現在は「立誠ガーデンヒューリック京都」という複合施設となっている元立誠小学校に入ってみました。
昔の表示がそのまま残っています。
礎石も残っています。
立誠小学校は学制創設以前の明治2(1869)年に開校したいわゆる番組小学校のひとつです。鉄筋コンクリート造校舎は昭和2(1927)年に完成しました。その時のものでしょうか。
高瀬川を開削した江戸初期の豪商、角倉了以の顕彰碑も立っています。
「ザ・ゲートホテル京都高瀬川 by HULIC」のレセプションが正面にあります。
ロビーには高瀬舟が置かれています。
すぐ横には立誠図書館がありました。
京都にまつわる書籍を中心に所蔵されていて、閲覧自由です。
わたしは京都電燈が電力を供給した京電(京都電気鉄道)や市電に関する本を取り出して、ページを繰りました。
この秋、京都電燈や京電の跡地を巡って歩きました。古い資料に改めて教えられることが多かったです。
木屋町の繁華街の中の広いスペースです。
コーヒーショップなどに混じって、こんなショップもありました。わたしはあまり感心がありません。
高瀬川の流れは、往時と変わっていないのでしょうか。
立誠ガーデン ヒューリック京都
京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町310-2














