My memory 駅 シシーが見初められたバート・イシュル

 ザルツカンマーグート地方の中心地、バート・イシュルは皇帝も愛した温泉地です。シシー、後のエリザベート皇妃はこの町で、フランツ・ヨーゼフⅠ世に見初められました。
 湖畔の美しい町、ハルシュタットからザルツブルクへ向かっていたとき。ザルツブルクから、映画「サウンド・オブ・ミュージック」にも登場するシャーフベルク登山鉄道に乗ろうと麓の町へ旅していたとき。わたしたちは2度も訪れました。
 でも、列車からバス、その逆と乗り継いだだけ。シシーの愛したカイザービラを訪れることはありませんでした。

 ハルシュタットから列車がやってきました。のどかなローカル駅です。

バート・イシュルはまたも素通り

 もう一度、ゆっくりと訪れてみたいバート・イシュルです。

残念ながら素通りとなったバート・イシュル

My memory 駅 ガッレリアが素敵なミラノ・チェントラーレ

 ガッレリア(Galleria)は、イタリア語でギャラリー(Gallery)のこと。ミラノ・チェントラーレ(中央駅)の最前部は「ガッレリア・デッレ・カロッツェ」と呼ばれるアーケード式の車寄せだったが、現在はコンコースになっています。幅200m、天井高は72mに達し、まるで美術館のようです。
 建築家のフランク・ロイド・ライトによって「世界でもっとも美しい鉄道駅」と称されました。

 国際列車が発着します。ところがわたしが乗ったローカル線普通は、汚れ果てたような車両で、あまりの埃っぽさに鼻炎が出るほどでした。

立派なミラノ中央駅と、汚れ果てたローカル線列車

 ミラノのガッレリアといえばこちら、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアです。

優雅なアーケード、ガッレリア

ミラノで乾杯! 夕食はガッレリアで

My memory 駅 杭の上に立つアムステルダム中央駅

 運河の街、アムステルダムの中央駅です。赤レンガが美しいゴシックとルネッサンス様式を統合させた風情ある建物です。東京駅と似てなくもなく、姉妹駅になっています。
 建設当時は入江だったところを埋めた当てて、多数の杭を打ってその上に立っています。
 わたしはベルギーのアントワープから到着し、ベルリンへ旅立ちました。近くのスキポール空港やデン・ハーグへも利用しました。  

 ヨーロッパの駅としてはめずらしく改札口がありました。

アムステルダム ガントレットを走る

 フェルメールの「真珠の首飾りの少女」に再会するためにデン・ハーグへ向かいました。ところが⋯。

デン・ハーグへ 風車を見た旅

 ベルリンへの長い旅でした。

IC143 Amsterdam-Berlin に乗って

 運河巡りのボートは、中央駅のすぐ近くから乗船しました。

運河の街、アムステルダムを運河から眺める

アムステルダム 運河のあたりを歩く

My memory 駅 イェンバッハからアッヘンゼーバーンが汽笛一声!

 アッヘンゼーバーン(アッヘンゼー鉄道)は、インスブルックからOeBB(オーストリア国鉄)で東へ半時間ほどのイェンバッハから発車します。
 19世紀末に製造されたラックレール式の蒸気機関車は、山道をアッヘンゼー(アッヘン湖)に向けて登ります。

 シュッシュ、ポッポと最後尾から蒸気機関車が押し上げます。

蒸気機関車に押されてアッヘンゼーへ

 アッヘンゼーを船で渡り、湖岸の村、ペルティサウでのんびりとしました。

アルプス山中の湖岸の村 ペルティサウでのんびりと

 帰りのイェンバッハのホームです。出発表示は東向きはドイツのミュンヘン行き。反対向きはイタリアのボローニャ行きでした。
 乗車したアッヘンゼーバーンの他に、ツィラータールバーンも走っています。こちらにもノスタルジックな蒸気機関車が走っています。 

 かわいいイェンバッハの駅から町に出ることはありませんでした。

イェンバッハ 3つのレールの結節点

My memory 駅 聖地とお別れの、サンティアゴ・デ・コンポステーラ

 キリスト教の3大聖地のひとつ、サンティアゴ・デ・コンポステーラは、巡礼の旅の目的地です。わたしも3回、十二使徒のひとり、聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の墓が見つかったという地に立つ大聖堂を目指して歩きました。
 renfe(スペイン国鉄)のサンティアゴ・デ・コンポステーラ駅は、巡礼を終えてそれぞれの故郷へ帰るペルグリーノであふれていました。

 最初の巡礼では、Alvia(特急)でマドリードに戻りました。

Paso a paso 巡礼翌日 サンティアゴ~マドリード

 2回目は、空港からバルセロナへ。
 3回目は、ここから北のア・コルーニャ、フェロールへと旅立ちました。

飽きずに見上げる大聖堂

My memory 駅 サンモリッツから氷河急行に

 サンモリッツは思いで深い町です。アルプスの画家、セガンティーニと出会い、天国の入り口というソーリオまで訪れ、コルヴァッチ展望台からは4000m峰のピッツ・ベルニナや流れ落ちる氷河を目前にしました。
 氷河急行はサンモリッツから8時間もかけてマッターホルンの麓の町、ツェルマットに向かいました。

 レーティッシュ鉄道のサンモリッツ駅です。泊まっていたホテルの目の前でした。朝からホームを散歩しました。

朝のサンモリッツ駅~レーティッシュ鉄道の電気機関車

 期待を膨らませて氷河急行に乗車です。

氷河急行でツェルマットへ!

オーバーアルプ峠を越える氷河急行

 ホテルの窓から見下ろせば駅でした。真っ赤な塗装の氷河急行を飽きることなく見ていました。

サン・モリッツのホテル、「ラ・マーニャ」で食べた朝食

My memory 駅 コペンハーゲンから渡り鳥ライン

 「渡り鳥ライン」は、コペンハーゲンとハンブルクを結ぶ国際鉄道幹線でした。中央ヨーロッパから北極やスカンジナビアへ帰る渡り鳥と同じコースを走ることから名付けられました。
 北海を渡る19キロは、列車がそのままフェリーに吸い込まれました。それを楽しみにわたしもコペンハーゲン中央駅から乗り込みましたが、今はもう走っていません。 

 おとぎの国のお城のようなコペンハーゲン中央駅です。近くにはアンデルセンの像が立ち、チボリ公園があります。

早朝のコペンハーゲン中央駅

 ヤツメウナギと呼ばれるデンマーク国鉄の気動車です。そんな面(つら)をしてますが、ゴム製の連結幌で編成連結が簡単と合理性に富んでいます。

ヤツメウナギとご対面 デンマーク国鉄の車両

 北海を渡る渡り鳥ラインは風が強いばかり。乗ってた車内からはそれほどの感激はありませんでした。

バルト海を渡る「渡り鳥ライン」 ちょっと期待はずれ

バルト海をわたる連絡船で飲むCarlsberg

 アマリエンボー宮殿には「おもちゃの兵隊」さながらの衛兵が立っていました。

コペンハーゲンの「おもちゃの兵隊」

My memory 駅 チェスキー・クルムロフの改札はどこ?

 南ボヘミア地方のローカル駅、チェスキー・クルムロフに到着しました。
 あいにく小雨が降ってきましたが、ホームに屋根はありません。駅舎の軒下を進みますが、改札口がないから出口がわかりませんでした。
 チェスキー・クルムロフは、中世のお城と町並みが保存されたおとぎの国のような世界遺産の観光スポットです。多くの観光客が訪れますが、そのほとんどはツアーや高速路線バスを利用します。
 プラハから3時間半もかかりました。列車でやってくるもの好き、いや鉄ちゃんは限られていました。 

Praha hl.n. → Český Krumlov ローカル列車の旅

Český Krumlov → Praha  帰りは高速バスで

 チャコといえばビールです。「エッゲンベルグ・ラガー」は大がたったの100円ほどでした。

チェスキー・クルムロフ エッゲンベルクの地ビール

 どちらを向いても絵になる町をのんびりと歩きました。

チェスキー・クルムロフ 城に登る

チェスキー・クルムロフ どちらを向いても絵になる町

My memory 駅 バッハが出迎えるライプツィヒ

 「バッハ音楽祭」を聴くために訪れたライプツィヒです。ライプツィヒ中央駅(Hbf)にもバッハの肖像がはためいていました。

 旧東ドイツにありますが、ヨーロッパでも最大級の頭端駅です。内部はきれいに改装されて、ショッピングソーンもあります。

ライプツィヒ ワインを買うのにも利用した中央駅

 ワイマールまで日帰りで往復しました。ドイツ版新幹線「ICE」にも乗りました。

ライプツィヒ 中央駅からドイツ版新幹線「ICE」に乗る

 駅前のホテルに4泊しました。朝食がおいしかったです。

ライプツィヒ 駅前旅館「ROYAL」の満足の朝飯

My memory 駅 サオ・ベント(ポルト)のアズレージョ

 サンティアゴ巡礼の3回目は、ポルトガル北部のポルトから聖地・サンティアゴ・デ・コンポステーラまで250kmほどを歩きました。
 ポルトには、サオ・ベントというポルトガル鉄道(国鉄)の駅があります。装飾タイルのアズレージョで覆われた内装が、美術館にやって来たかのようです。
 巡礼は、ほとんどが歩きです。発着する電車に乗ることはありませんでしたが、入場券も不要でその美しを堪能しました。

 2万枚ものアズレージョで覆われています。

 乗降客より、見物客の方が多いようでした。

 リスボンなどに通じる長距離列車はお隣の駅までしかやって来ません。ホームには近郊区間行きの列車が止まっていました。

アズレージョに驚嘆する

 サオ・ベントの近くにあるポルト大聖堂で、巡礼のパスポートであるクレデンシャルをゲットしました。

ポルト大聖堂でクレデンシャルをいただく