立派なミラノ中央駅と、汚れ果てたローカル線列車

【8月23日=ミラノ】

ccDSC_3150

 Milano/ミラノで1日を過ごし、St.Moritz/サン・モリッツに向けて出発する朝です。ミラノ中央駅からは、ヨーロッパ各地へ向かう列車が出発します。
 わたしが乗ったのはTirano/ティラノ行きのRegionale/ローカル線普通です。隣のホームには、ドイツからやってきたDB=Deutsche Bahn/ドイツ国鉄のピカピカのnacht zug/寝台車が客を降ろして止まっています。

ccDSC_3160

 こちら、FS/イタリア国鉄のローカル列車の汚さといったらありません。窓枠は落書きし放題の跡が残り、ガラスは半透明です。

ccDSC_3172

 1等を奮発しましたが、座席はほこりだらけ。たまらず同行者は濡れティッシュを取り出して「お掃除おばさん」に変身しました。
 あまりのほこりっぽさに、同行者はマスクを離せず、ハウスダストが苦手にわたしは鼻炎が出て鼻ズルズルになりました。

 イタリア国鉄の名誉のために言っておけば、幹線を走ってスイスに向かうチザルピーノなんかは、かのジウジアーロ・デザインの素敵な車両です。

ccIMG_1421

FS ticket

 乗車券は、日本国内から手配するより、現地で買うの方が安いです。ただし、ミラノ中央駅の窓口は長蛇の列。発券までに30分はかかりました。
 客は列車ダイヤをいちいち駅員に相談します。駅員は、気長にそれに応じます。勤務交代時間がくると、いくら客が待っていようと、よくいえばきっちりと自分が売った乗車券と受け取った紙幣から硬貨までを確認します。代わってやってきた係員、これまた慎重に自分が受け取った乗車券と紙幣、硬貨をなんかを確認します。しびれをきらして列を離れる客がいても、そんなことおかまいなしです。参りました。
 わたしは出発前日に並びましたので、時間に余裕がありました。当日の発車間際なら、イライラしたことでしょう。それなのに乗車券なしで乗車したら、有無をいわせず罰金だそうです。

 行き止まりのターミナルです。
 映画「終着駅」の舞台はローマですが、同じ雰囲気があふれます。

 美術館かと思わせるかのような立派なコンコースです。

 「ガッレリア・デッレ・カロッツェ」(Galleria delle Carrozze)と呼ばれるアーケード式の車寄せでした。幅200m、天井高は72mもあります。

ccDSC_2902

 ムッソリーニ時代に完成した権威主義を象徴するかのファシズム建築です。
 この建物の立派さとは対照的に、駅周辺はスリの出没する名所でもあります。治安はあまりよくないようで、警戒して歩きました。行かれる方は、ご注意を。

ミラノでトラムにゆられる

【8月22日=ミラノ】

bDSC_2958

 Milan/ミラノです。トラム(路面電車)に乗りました。窓の外が見えるので大好きです。
 後ろはダ・ヴィンチの「最後の晩餐」が残っているサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。反対向きのトラムがやってきました。ちょっと待ちましょう。

bDSC_2961

 ドゥオーモ(大聖堂)行きのトラムがやってきました。これにのれば、町を眺めながら移動できます。

bDSC_2965

 車内はいつもゆったりとしています。

bDSC_2969

 「フェルマータ」なんて響き、学校の音楽の授業以来です。エエーっと、「休止」ですね。ということは「停車」ですね。

bDSC_3101

 新型の低床式車両も走ってます。

bDSC_3111

bIMG_1373

 昼食を食べたレストランの脇をする抜けるトラムです。後部は、急カーブを曲がるために大胆にカットされています。

bMilan01

 「1日乗車券」(3ユーロ)を、ミラノ中央駅のたばこ屋で買いました。これさえあれば、地下鉄もトラムも乗り放題。気が楽です。

aDSC_2932

 地下鉄は、目的地間を短時間で移動してくれます。でも外が見えないので、知らない地では目的地で下車するまで緊張します。

bDSC_2933

 車内は日本とよく似ています。違うところは、犬が乗ってくることでしょうか。そういえば、つり革ってありませんね。

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

箱根登山鉄道に乗る(4) みやげのモハ2

aIMG_0857

 箱根登山鉄道の「モハ2型」です。急カーブ、急勾配を登っているように見えませんか?

aIMG_0863

aIMG_0838

 先日、箱根・強羅駅の売店で買ったみやげです。「マグネット連結登山電車」は300円ほどでした。上の写真では連結のためのマグネットを取り外しています。
 他にもプラレールやNゲージ、Bトレショーティーなど、多くの種類の登山電車が並んでました。

aIMG_0879

 スイスの山岳鉄道を模したシナリー「教会のあるパイク」です。久しぶりの登場です。でも箱根登山鉄殿沿線には、こんな風景はありませんでした。

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

箱根登山鉄道に乗る(3) 車両と線路

aDSC_2698

 強羅駅に到着した「2000系」。スイス・レーティッシュ鉄道の姉妹鉄道締結30周年を記念するヘッドマークをつけている。

aDSC_2720

 「2005」はレーティッシュ鉄道の人気列車、スイス国旗をデザインした「氷河急行」と同じ塗色が施されている。

aDSC_2408

 「2000系」は「サンモリッツ号」と名付けられている。

aDSC_2433

 大平台駅ですれ違う最古参の「モハ1型」(右)と最新鋭の「2000系」。

aDSC_2559

 「モハ2型」は正面のツートーンの塗り分けが「モハ1型」とはちょっと違う「金太郎塗装」になっている。前面のV字型のデザインが、「金太郎の前掛け」に似ている。

aDSC_2663

 「クモハ1000系」には「ベルニナ号」の愛称が付いている。

aDSC_2778

 トンネルの中が峠になっている。トンネルを出ると、すぐに鉄橋を渡る。

aDSC_2467

 車輪の横に散水装置がついてる。レールの摩耗を減らすための装置である。

aDSC_2566

 「モハ1型」のクラシックな運転席。

aDSC_2401

 箱根湯本から小田原の間は、小田急が運行している。レールの幅が箱根登山鉄道より狭いため、3本レールになっている。

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

箱根登山鉄道に乗る(2) 強羅駅はサンモリッツ

aDSC_2619

 鉾根登山鉄道の終点、強羅に着きました。

 強羅駅は、姉妹鉄道のスイス・レーティッシュ鉄道のサンモリッツ駅に贈られたのと同じ駅名表示が掲げられています。喫茶店の名前も「サンモリッツ」です。 

aDSC_2672

 まるでサンモリッツ駅です。外国人女性がベルニナ急行の発車を待っています!!
 そんな風景にも見える強羅のホームです。壁に描かれた列車です。

aDSC_2615

 ことし6月1日、レーティッシュ鉄道との姉妹鉄道締結から30周年を迎えました。

aDSC_2637

 このカウベルもレーティッシュ鉄道から贈られたものです。

aDSC_2687 aDSC_2665

 「関東の駅百選」のも選ばれています。

aDSC_2649

 早雲山に登るケーブルカーは、観光客でいっぱいです。

aDSC_2657

 強羅のホームは、降車と乗車が違うレール上にあります。左の降車ホームに到着した電車は一旦バックして、改めて右の乗車ホームに入線します。スイッチバックが好きな電車です。

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

箱根登山鉄道に乗る(1) 大平台スイッチバック

aDSC_2518

 箱根登山鉄道に乗りました。アプト式などのラックレールに頼らない粘着式鉄道としては80パーミル(1000メートルで80メートル登る)という世界2番目の急傾斜を登ります。
 大平台駅のあたりには、スイッチバックという切り返しが3カ所あります。このジグザ区運転で高度をかせぐのです。
 まず 線路右の強羅方面から箱根湯本行きが下ってきました。ちょっとの差で左側の湯本方面から強羅行きが登ってきました。

aDSC_2524

 大平台駅は行き止まりです。運転手と車掌が入れ替わり、反対向きにスタートします。

aDSC_2535

 先に湯本行きが下って行きます。

aDSC_2544

 それから強羅行きが上がっていきます。
 単線運転です。上り下りの行き違いも兼ねています。

aDSC_2503

 山の中にある大平台駅です。近くに温泉があるので、外国人観光客は大きなスーツケースを抱えています。

oohiradai

 ダッシュ!! 客のいないプラットホームの端から端まで、運転手と車掌が走ります。

aIMG_0750

 「関東の鉄道お宝発見フォトラリー」という催しが行われています。選ばれた鉄道施設25カ所の写真を応募します。アルバムも配られています。横浜在住の友人の撮影行に同行しました。

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

キタキューのセンチュー

aDSC_1970

 なんんでも省略してしまう大阪人です。
 北大阪急行の千里中央駅です。「近畿の駅百選」に選べれている千里ニュータウンのターミナルです。
 12日の撮影です。

aDSC_1987

aDSC_1979

 認定証は、駅長室に保管されてました。

[map lat=”34.809363713588354″ lng=”135.4955005645752″ width=”384px” height=”280px” zoom=”14″ type=”G_NORMAL_MAP”]34.809364,135.495501[/map]

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

認定証が2つもある大阪モノレール「万博記念公園駅」

aDSC_1959

 「太陽の塔」です。ここで万博が開かれたのは、昭和45年のことです。大阪モノレール(正確には大阪高速鉄道大阪モノレール線)の万博記念公園駅付近には、当時は地下鉄・御堂筋線のターミナルがありました。

aDSC_1718

 もうすぐ万博記念公園駅です。「八」の字のよに手前に広がっているのは、彩都に向かう新線です。

aDSC_1727

 コンコースの窓の向こうにも「太陽の塔」がのぞきます。

aDSC_1740 aDSC_1733

 左は「近畿の駅百選」、右は営業モノレールで最長ということが認めたれた「ギネス」の認定証です。

aDSC_1745

 閉鎖された「エキスポランド」です。ダイザラザウルスの軌道も、途中でなくなっています。観覧車の移転計画が持ち上がってます。

aDSC_1750

 万博記念公園駅

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

広電広島駅で京都市電と再会する

adsc_1568

 広島では京都市電がいまも現役で走っています。その姿を見たくて、やってきました。
 JR広島駅前の広島電鉄広島駅です。要するに駅前の市電の乗り場です。
 新型車などが次々とやってくる中を、カメラを構えて20分ほど待ちました。
 見えました。懐かしい車体が。
 京都市内の公園などに残されて市電はいくつもこのブログで紹介してきました。わたしが学生時代まで乗った市電と同じ姿で走っているのを見るのは初めてです。

adsc_1572

adsc_1592

 「1903」には「舞妓」という愛称が付いています。ほかにも「嵯峨野」「祇園」などがいます。。

adsc_1586

 京都市電のロゴマークも残されています。
 京都市電が廃止になった後、1900型15両が移籍してきました。

adsc_1582

 行き先方向幕が大型化され、「ワンマン」表示が撤去されるなどしてますが、ほぼ原型通りです。

adsc_1604

 広電の路面電車は、今も市民の市として愛されているようです。

adsc_1544

 ヨーロッパの都市を走るLRTと同じ車両も次々とやってきます。そのうち世代交代となるのも定めでしょうか。

aimg_0844

 JR西日本が期間限定で発売した「西日本パス」を利用しました。大阪から往復「のぞみ」に乗って、たったの1人12000円です。プラス2000円でレンタカーも借りました。

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。

東経135度、子午線が通る駅 山陽電鉄「人丸前」

adsc_1315

 明石から山陽電鉄でひと駅。「人丸前」駅のホームです。東経135度の真上にあtる。向こうは明石の天文台(明石市天文科学館)です。

adsc_1313

adsc_1305

 南を向くと、淡路島が目の前です。明石大橋の橋脚も見えます。

adsc_1290

adsc_1257

 高架の下にある無人駅です。

adsc_1284

 ちょっと駅前を散歩しました。
 並行するJRのガード下に「両馬川旧跡」の碑があります。両馬川は埋め立てられて、今はありません。

 「寿永3年(1184)2月、一の谷の戦いに敗れた平家軍の通過地である。平忠度が岡部六弥太に追いつかれ、二人の馬が川をはさんで戦ったので「両馬川」という生江がついたと伝えられる」-とあります。

adsc_12641

 腕塚神社は、人丸駅の南西30メートルほどにあります。
 
 岡部六弥太と組み討ちとなった忠度は、六弥太を組み伏せ首をかこうとします。六弥太の郎党が主人の一大事と駆けつけ、忠度の右腕を切り落とします。「もはやこれまで」
 「行きくれて木の下陰を宿せば花や今宵の主とならまし 忠度」
 えびらに結びつけられた文で、歌人でもあった忠度とわかったという。

 腕の病に霊験あらたかとお参りする人が多いということです。

adsc_1279

 国道2号を超えた南には、「忠度塚」がある。

adsc_1275 adsc_1270

 「子午線交番」がある。横に「子午線通過地点」の碑がある。
 明治17年(1884)にワシントン万国子午線会議で、世界標準時が決められた。日本は明治21年1月1日から、この子午線上の時刻を日本標準時としている。この碑は明治43年に、地元の小学校教員が資金を集めて建立したそうです。

[map lat=”34.6475164802841″ lng=”135.00184535980225″ width=”384px” height=”280px” zoom=”17″ type=”G_NORMAL_MAP”]34.647516,135.001845[/map]

 人気ランキング・アップへの応援をお願いします。下のバナーをクリックしていただくと、1票です。