聖跡25霊社を巡る その1 第一番菅原院天満宮~四番吉祥院天満宮

 幕末の探検家、松浦武四郎が晩年の天神信仰から全国に1万2000もある天満宮から厳選した「聖跡25霊社」へ銅鏡と石標を奉納しました。
 第一番は「烏丸の天神さん」として知られる京都御苑近くの菅原院天満宮神社です。「学問の神様」として知られる菅原道真公が生まれたとされる地です。
 本殿の脇に古びた石柱が立っていました。のぞき込むと「聖跡廿五拝 第壱番 菅原院天満宮寶前」。側面には「願主 松浦武四郎」とあります。
 久しぶりに良いお天気に戻った一日、京都市内の4つの天満宮を巡りました。

 二番の錦天満宮には石標は残っていません。
 三番の菅大臣神社にもありました。

 四番は、ちょっと離れた吉祥院天満宮です。ここにも、ちょっと字体は違いますが石標はありました。


 【2026/07/07 10:26】
 京都地下鉄・丸太町から歩き始めました。

 烏丸通をちょっ上がると菅原院天満宮です。お参りするのは初めてでした。

 鳥居の扁額は「菅原院」です。ここが道真だけでなく祖父、父と3代が住居としていたことを表しています。

 石標のアップです。

 本殿のわきから平安女学院のレンガ造りのチャペルがのぞきます。

 道真の出世地ですから、当然のように産湯に使ったという井戸も残っています。

 向かいの京都御苑・下立売御門からふり返りました。

 菅原院天満宮神社
 京都市上京区下立売下ル堀松町406

 聖跡25霊社の存在を知ったのは、半月ほど前の産経新聞でした。
 大阪のお初天神と呼び慣れている露天神社に8月、失われている石標が再建されるというニュースにかけて、聖跡を紹介していました。

 そんなことならと京都御苑ー柳馬場通ー錦小路と歩いて二番の錦天満宮です。

 錦市場の東端にあり、インバウンドら観光客でにぎわっています。

 ここでは聖跡にまつわるアイテムは見つかりませんでした。天神さんといえば牛は健在です。

 令和9年は道真の没後1125年という節目にあたります。
 道真は6月25日生まれ、2月25日没と伝えられ、「25」とは縁があります。天神さんの縁日も25日です。

 錦天満宮
 京都市中京区中之町537

 四条通を烏丸の2筋西にある新町まで。そこから佛光寺まで下ると菅大臣神社です。道真の邸や、学問所の跡です

 参拝者はわたしひとりの境内で、牛はのんびりとしています。

「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 主なしとて春なわすれそ」と詠まれた飛梅の地でもあります。今も飛梅は本殿の前にあります。

 こちらも「降誕之地」として道真の出生地であると説明しています。

 佛光寺、西洞院、高辻の3通りから入ることができます。

 菅大臣天満宮
 京都市下京区仏光寺通新町西入菅大臣町

 四番の吉祥院天満宮はちょっと離れていました。四条西洞院から市バスに乗り、西大路九条で下車。10分ほど歩いたところでした。

 こちらは金の牛と銀の馬が対になっていました。

 ここも「御誕生之地」だそうです。

 3年前の正月に京都十六社を歩いてお参りしたことがあります。そのときは長岡天満宮からここまで歩いてきました。
 聖跡25霊社の第五番は長岡天満宮です。でもそこまで歩くほどの気力はもはやありません。JR西大路まで戻って、ゴールとしました。

 松浦武四郎は聖跡巡りの双六(すごろく)まで作っています(画像は国立国会図書デジタルコレクションより)。右下の一番から始まって4コマ進みました。今回は「その1」としましたが、先は長いです。それにとても九州の太宰府までは付き合いきれません。せいぜい関西の天神さんでも巡ることにします。

 途中の斜線部分は市バスに乗っています。歩いた距離は6.4㌔ほどです。

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