聖跡25霊社を巡る その2 第四番長岡天満宮、二十四番上宮天満宮

 幕末の探検家、松浦武四郎が厳選した「聖跡25霊社」の天神さん巡りの2回目です。自宅に近い2社をエアコンを効かせた車で訪ねました。朝からこの暑さでは、余計な散歩を控えるのも熱中症対策です。
 まずはJR高槻から北に延びる参道の先の小高い山にある上宮(じょうきゅう)天満宮です。二十三番の大宰府からの帰途に参る設定です。

 「日本で2番めに古い天満宮」といわれます。1番は太宰府です。
 松浦が奉納した石標は「土師里天満宮」となっています。菅原道真の祖先にあたる古代の有力氏族・土師(はじ)氏ゆかりの神社です。

 長岡天満宮は、阪急・長岡天神の西にあります。
 有名なキリシマツツジのシーズンだけではなく、何度も訪れています。最初は幼稚園の遠足だったと記憶しています。

 八条ヶ池の一角にスイレン(睡蓮)が咲いていました。でも盛りは過ぎたようでした。


 上宮天満宮は、孫のお宮参りでもお世話になりました。
 天神山(日神山)のピークを踏もうと、本殿の裏を探索したこともあります。でもGPSアプリのYAMAPピークは、神域の立ち入り禁止区域内のようでした。

 石標を探していて、こんなのにも気付きました。
 本能寺の変を知った羽柴秀吉は、「中国大返し」でここまで戻ってきて明智光秀と対峙しました。この地に山崎の合戦の本陣が置かれました。

 天神さんといえば牛です。

 「菅公一代記」は、菅原道真の一代が16枚(背面にも8枚あり)の絵に描かれていました。。

 「御成婚」って、なんと昭和天皇のものです。

 上宮天満宮
 高槻市天神町1-15-5

 お参りする人もほとんどいない参道を上がりました。 

 こちらにも、もれなく牛さんです。ただし聖跡の石標は残っていません。
 「本殿に鏡(奉納された銅鏡)は祀られていますが、他には⋯」とのことでした。

 菅原道真の歌碑がありました。
 「海ならず たたへる水の底までも 清き心は 月ぞ照らさむ」(新古今和歌集)
 大宰府に左遷され、失意の中で自身の潔白やその胸の内を和歌に託したものとされます。

 スイレンが水面に影を落としています。

 ハス(蓮)も咲いていますが、もうすでに花托(かたく)となったものが多かったです。

 長岡天満宮
 長岡京市天神2-15-13

 

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