「栗夜叉谷にツチノコを探して」と、雲ヶ畑山歩きの会の例会でした。
で、出ました。ツチノコってこんな顔をしていたのでは? いや、単なる「人面石」でしょうか。
暑い一日でした。京都の最高気温は35.9度に達しました。北山も蒸し暑さは変わらず、距離、高度ともたいしたことはないのに、結構ハードな山行となりました。
リーダーが用意してくれたツチノコの資料です。
昭和34(1959)年8月、アマゴ釣りに出かけた渓流釣り師の山本素石は雲ヶ畑街道の大岩近くに流れ込んでいる栗夜叉谷(くらしゃだに)に入り込みます。
「妙なものは、右の日陰の藪だたみから⋯。ゆるい放物線をえがいてとびかかって来たのは、一見したところ、ビール瓶のような格好をしたヘビであった」(山本素石「山釣り」の怪蛇襲来)
生け捕りに2000万円の懸賞金までかけられることになったツチノコ騒動は、この地から巻き起こったのです。
栗夜叉谷の奥にはマップにも載っていない無名の滝がありました。
この日の例会は「納涼会」つきでした。
二ノ瀬の「カフェ&バー あやはな」に直行してうまいクラフトビールで満足の仕上がりでした。
【2026/07/18 10:10】
京都バスの二ノ瀬で下車しました。
バスは貴船に向かうカップルら観光客で満杯。国際会館では長い待ち行列の半分ほどを積み残すほどでした。乗れなかったメンバーもいて心配しましたが、タクシーで先回りしておられました。
叡電の踏切を渡ります。展望列車「きらら」がやってきました。
惟喬(これたか)親王を祭神とする守屋神社と、親王の母の冨士神社が隣り合う前で、叡電でやってきた仲間とも合流しました。リーダーからコースの説明を受けました。
夜泣峠までは1キロほど、東海自然歩道や京都一周トレイルのルートで、何度も歩いたことがあります。
倒木で荒れた谷を登ります。
ツチアケビが真っ赤な実をつけていました。
ゆっくりとしたペースで40分ほどで夜泣峠に着きました。
惟喬親王が幼いころ、この峠で夜を過ごし、夜泣きをしたとされる伝承の地です。
大岩方面に向けて下ります。
鞍馬側に比べて、雲ヶ畑側は斜面が緩やかです。
赤い実をつけた木がありました。ちょっと遠くて、草木に詳しいメンバーも「さて?」。
栗夜叉谷との出合まで下ってきました。
「この先でツチノコが見つかった」とリーダーの説明でした。
(Uさん撮影の画像を、無断で拝借しています。お許しを)
栗夜叉谷の林道を遡ります。この辺りのはずです。
ツチノコとの遭遇はありませんでした。
林道の終点に、見捨てられた廃墟が佇んでいました。採石場でもあったようです。
傍らにはワゴン車の残骸が取り残されていました。
右に左に渡渉しながら谷を詰めました。
薄い踏み跡を進みます。
かなりの悪路を越えて無名の滝にたどり着きました。
ここで昼飯となりました。
わたしは途中の地下鉄・烏丸の駅前にある志津屋で買ってきた好物の「ペッパー・カルネ」をかじりました。
ハムと薄切りのタマネギをはさんだだけですが、これが全店で1日に5000個も売れるという人気です。
当初の計画では滝からさらに尾根まで登って二ノ瀬ユリ道から下山する予定でした。下見してくれたメンバーはかなりの悪路であったことを確認しており、引き返すことになりました。
その気になると、何にでも見える岩でした。
夜泣峠を越えて急坂を下りました。
【14:25】
守屋・冨士神社まで戻ってきてゴールとなりました。
この日のメンバーです。
二ノ瀬の里にはオニユリが咲いていました。
鞍馬街道を下って叡電の二ノ瀬橋梁をくぐっているとゴーッと電車の近づいてくる音がしました。あわててデジカメを構えました。
鞍馬街道に面したあやはなに到着です。
まずは冷たい水を一気に飲み干しました。
クラフトビールがたくさんあります。
ハッピーアワーは、ビールと料理で780円というありがたい設定でした。
ポテトをかじって、ビールが進みました。3杯もいただきました。
話もはずみました。
13人が輪になって座れるようにセッティングしてくれていました。
またやってきたい店でした。
この後、市原までに下って満員の京都バスで帰途に着きました。行きの地下鉄・バスで横にいたカップルに、再び出会いました。汗だくのわたしと比べて、あちらさまは涼しい貴船の一日だったのでしょう。
カフェ&バー あやはな
090-3273-8739
京都市左京区静市野中町172-1




































