幕末の探検家、松浦武四郎が晩年の天神信仰から選んだ「聖跡25霊社」を巡る3回目は、大阪の3天神でした。
お初天神として知られる露天神社に8月末、「聖跡廿五拝 第十一番」と刻まれた真新しい石標が奉納されました。現存する石標は半数ほどしかありません。そのひとつがよみがえりました。
孤高の探検家の石標が再建されるという産経新聞の記事で、聖跡の存在を知りました。神社に電話してデビューの日も確認していました。
現在の露天神社は、「恋人の聖地」というキャッチコピーで人気を集めています。ピンクで埋まった境内には、どこにやって来たのかとびっくりするほどのギャルが群れていました。
当然のごとく「聖跡」に目をやる人は、ほとんどいませんでした。
第10番の大阪天満宮です。
令和9(2027)年は、菅原道真が延喜3(903)年に亡くなってから1125年という大きな節目の年にあたります。1125年式年大祭に向けて本殿の屋根葺き替え工事が行われています。
第12番の福島天満宮です。他に参拝者もいない静かな本殿に参り、阪神大震災で倒壊、復興された鳥居を出ました。
向こうに「おでん」の看板です。ネギ袋がうまい花くじらの本店です。もう一度、食べにやってきたいです。

【2026/09/01 09:16】
阪急・水無瀬から天下茶屋行き各停に乗り、乗り換えなしで地下鉄・南森町までやって来ました。天神橋筋商店街からスタートです。
天満の天神さんとして親しまれる大阪天満宮です。
天神さんといえば牛です。必ずのように鎮座していて、撫でるとご利益があります。
こちらの牛は、ビーフステーキで有名なレストランが奉納しています。飯のタネに感謝ですかね。
聖蹟と書かれた石碑がありました。でも松浦の25拝の石標は失われています。
聖跡(聖蹟)とは、天皇が行幸した場所や、聖人の足跡・事跡が残る土地や遺跡のことです。
北門の前に上方落語の定席、天満天神繁昌亭があります。
開場してもう20年です。一度だけ聞きに入ったことがあります。
扇町公園を横切って梅田方面に向かいました。向こうに赤い観覧車がのぞきます。
それにしても暑い!
番外の北野神社(綱敷天神社)に寄りました。裏の東門から入りました。
菅原道真が大宰府に左遷させられるおり、この地で咲き匂う紅梅を眺めたと伝わります。
阪急東通り商店街の東の端にあります。初めて参りました。
松浦がつくった「双六」にも登場しています。
(東京都立中央図書館アーカイブより)
10時すぎのまだ静かな阪急東通り商店街です。ここを歩くのはいつ以来でしょうか。
国道を越えてお初天神通りを南下します。
ビルの狭間から露天神社に入ります。
真っ先に真新しい石標を探しました。社務所の横にありました。
高さ1メートルほどの、他の天神社に現存する石標とほぼ同じです。
南向きの正面から改めて参りました。
神社にありがちなジジババ臭とは無縁の明るさです。
曽根崎心中のお初・徳兵衛は、恋物語のハートのふたりに昇華しているのでしょう。
「良縁成就」の願掛けがいっぱいです。
どこに掛けようかと思案中です。
「美人祈願」の絵馬は、どれもお目々ぱっちり。
朱印をいただくのも行列だったので、わたしは「ただ撮り」。
境内東の飲み屋街に行ってみました。何度か来たことがる老舗バーの「北サンボア」は健在でした。氷を入れない冷たい水割りが懐かしいです。
阪神にひと駅だけ乗って福島で下車。地上に出て交差点を渡ればすぐに福島天満宮です。
この辺りは鹿飢島(がきじま)と呼ばれていたのを、大宰府に左遷されるさいに立ち寄った道真が福島と改めたと伝わります。
上、中、下の社があり、現在の福島天満宮は上の社にあたります。中の社を合祀しています。
南西に1キロほど離れた下の社の下福島天神社までやってきました。
境内ははきれいに掃き清められていましたが、無人でした。
やがて同じ格好をした電動自転車が整列し始めました。乗ってきたママも同じファッションです。すぐ横に幼稚園がありました。お出迎えのようでした。
本日の聖跡巡りはここまで。JR福島まで戻って昼飯のつもりでした。ところが、駅南側は、1ブロックがすっぽりと取り壊し中でした。JRのガード下の飲食店街もガラガラで、すっかり様子が変わっていました。
そのまま梅田方向に歩いていくと、この辺りのはずと曲がった路地の先にうなぎの菱東が健在でした。勤務していた新聞社からも遠くなく、30~40年前に何度か食べに来たことがあります。当時でも2階の座敷は傾いているようだったのに。
鰻定食は松竹梅の3種で、4200~6800円もしました。ランチににはちょっと手が出ませんでした。
出入橋の「きんつば屋」の存在も確認しました。産経新聞社の跡地にそびえるブリーゼ・ブリーゼを横目に、大阪駅前ビルへの階段を下りました。
梅田ー福島間は阪神に乗りました。帰りはその区間も歩いたので、総距離は8キロほどと、暑い中を我ながらご苦労なことでした。































