京都北山の山間部の集落、雲ヶ畑。ここで毎年24日夜に行われる松上げの火を間近にしました。2日続けての雲ヶ畑でした。
福蔵院(雲ヶ畑出谷町)の松上げが灯りました。真っ暗な山肌に浮かび上がったのは「才」の一文字でした。
お盆に行われる古くからの行事で、山火事を恐れ、火伏(防火)にご利益がある愛宕神社を崇拝する愛宕信仰に端を発するとされます。
そんな伝承の存在を、わたしはこれまで知りませんでした。
松明の火は、若者にかつがれて山を下り麓の福蔵院の境内に運びこまれました。
同じ雲ヶ畑の高雲寺(雲ヶ畑中畑町)の松上げです。
こちらは「十」が浮かび上がりました。松明の火が、山を下ってきます。
賀茂川の源流域の川を越えて、松明をかざした行列が高雲寺の急な石段を駆け上ってきました。
松上げを待つ福蔵院の本堂です。
午後8時の点火を待ちました。
福蔵院の住職の麓からの鐘の合図に従って火が灯りました。
ここに火が灯されているのです。昨日、雲ヶ畑・足谷 人と自然の会の山歩き倶楽部メンバーと登ったときに撮影しました。
この場所から見上げました。
雲ヶ畑の松上げは、同じ京都北部のあちこちの集落で行われる松上げとはちょっと様式が違います。
4㍍四方ほどの櫓を組んで、松明を文字の形に取り付けて、点火するのです。
年によって違います。何の文字が現れるかは、だれもわかりません。
初めは「ナ」のように見えていた形が、「才」とわかるようになりました。
清水寺の年末恒例の今年の漢字ほどの意味合いはないそうです。
ちょっと火勢が衰えてきました。
麓の福蔵院に運ばこまれた松明は勢いよく燃え上がりました。
スルメイカが炎であぶられました。
香ばしく焼けたスルメイカが、お神酒とともにふるまわれました。
わたしは車だったので、スルメイカだけをいただきました。
三脚に放置していた望遠カメラのモニターは、消えつつある火を捉えていました。
車でちょっと下った高雲寺移動しました。
こちらは「十」の文字が浮かび上がっていました。
松明が駆け下りる火が見えました。
山肌を焦がす松上げです。
松明を手にした若ものが駆け上がってきました。
「ワッショイ! ワッショイ!!」の掛け声が響きます。
高雲寺は、悲運の皇子・惟喬親王が隠棲し、晩年を過ごした「高雲の宮(小野宮御所)」の跡と伝わります。
高雲寺境内の火床が燃え上がりました。
かつては林業で栄えた雲ヶ畑です。でも小中学校は廃校になって久しいです。若ものが多いはずがありません。
そんな伝統を引き継ぐ手助けをしていたのが、ボランティアの京都大や京都産業大などの学生でした。
2つの松上げを、ゆっくりと鑑賞させていただきました。ブログにアップするには格好の被写体でした。それなのに三脚を構えて撮影していたのは、ほんの数人。どちらの松上げも、地元の人を入れても50人ほどが、お盆最後の「送り火」との思いを重ねただけでした。
もっと、もっと、その存在が知れ渡り、山里の伝統が引き継がれてほしい夜空の火でした。


























