京都・出町 「田舎亭」の玉子かけご飯セット

 京都・下鴨で、あやうく「昼飯難民」になるところでした。
 1軒目。ネットの評価などで食べたいと思っていた下鴨神社近くのうどん屋は、予定外の臨時休業。
 2軒目。ちょっと西に歩いた人気洋食店は、もう2時に近いというのに「すみませんが最低で40分のお待ち願います」。
 3軒目。そこから南へこれまた歩いた洋食店は、すでに1時半に営業終了。
 4軒目。出町まで歩いて目指したサバ寿司のおいしいうどん屋も、ちょっと前に店を閉じて、店員らが食事中。
 万策尽きかけところ、河原町今出川の交差点の向こうに暖簾がかかった「田舎亭」が見えました。まるで砂漠のオアシスでした。よく冷えたビールがうまかったです。
 「玉子かけご飯セット」(800円)です。温かなご飯に、こだわりの玉子とチリメン山椒なんかが載っています。薄めの出汁醤油をかけてぐちゃぐちゃと混ぜると、これはいい味です。

 ミニそばです。これも出汁を味わうためについているみたいです。

 どこにでもありそうな店名ですが、わたしが少年だったころに、ここの近くにあったレコード店で初めてEPを買ったころにもあったはずです。近くにある大学に通った奥さまは知ってました。

 隣は駐車場です。奥まで見渡せます。ウナギの寝床です。幅3㍍ほどの店は、列車食堂のように細い真ん中の通路をはさんで、両側にテーブルとボックスシートが並んでいます。
 午後3時を回っているのに、少なくとも観光客とは思えない客が途切れませんでした。

 田舎亭
 075-231-3819
 京都市上京区今出川通河原町西入大宮町313

 食事のあと、下鴨神社をもう一度ブラブラして、北山の京都コンサートホールに向かいました。
 「京都の秋 音楽祭」が開かれています。

 「時の響きスペシャル ショパンコード」を聴きました。
 作曲家でピアニストの西村由紀江は、御年50オーバーとは思えない美貌とスタイルです。ショパンの「別れの曲」から「101回目のプロポーズ」の音楽まで、楽しいひと時でした。次に登場したソノダオーケストラもおもしろいショパン・ジャズを聴かせてくれました。ところが、最後のゲストで、見事にずっこけました。「どこがショパンなの??」

 ラグビーの日本-南ア戦が気になったので、アンコールは聞かずにそそくさと退出しました。

ベルリンの響き ロウヴァリとアリス=紗良・オットがラヴェルのピアノ協奏曲で共演

 ベルリン・フィルハーモニーのアーカイブで、「ロウヴァリとアリス=紗良・オットがラヴェルのピアノ協奏曲で共演」が公開されています。
 ベルリンでの感動のコンサートです。わたしは初日20日に聴きました。この画像は同じプログラムの21日の収録です。

 ベルリンのクラリネット、ヴェンツェル・フックスがインタビューしてます。紗良の生き生きとした表情が素敵です。

 ベルリン・フィルハーモニー ベルリンの音と天女の響き

ウィーン国立音楽大学に「入る」

 「音楽の都」と呼ばれるウィーンの、音楽の最高学府がウィーン国立音楽大学です。
 2日前に一緒に食事をした知り合いのお嬢さんは、ここに留学してヴァイオリンを学んでいます。
 無断でしたが、キャンパスに立ち入るのは無試験で大丈夫でした。

 「名誉会員」と書かれた銘版です。錚々たる名前が並んでいます。
 指揮科は世界最高峰といわれ、ワルター、カラヤン、アバド、アーノンクール、メータ、シノーポリ、ヤンソンス・・・と、みんなここで育ちました。

 日本語が混じるその夜のコンサートの案内が掲示されています。
 受賞者8人のうち、なんと4人が日本人です。誇らしい限りです。

 キャンパスには枯れ葉が舞っています。まだ夏休み中なのか、学生の姿はありません。

 宿泊しているホテルから、U3路線の地下鉄に乗るためウィーン・ミッテに向けて歩きました。
 そういえば、お嬢さんが「大学はミッテから7分」と話していたことを思いだして、寄り道しました。

 ペンキの文化なんですかね。日本建築では、こんなことはありえません。

 ヨハン・シュトラウス像のあるシュタットパーク(市立公園)の樹々の向こうに、シュテファン大聖堂がそびえます。

ベルリン・フィルハーモニー ベルリンの音と天女の響き

 ベルリン・フィルハーモニーの響きに酔いました。
 シベリウスの交響曲第1番が終わり、拍手に包まれたフィルハーモニーです。フィンランドのフィルハーモニー初登場の指揮者、Santtu-Matias Rouvaliが、コンサートマスターの樫本大進と握手したところです。
 やはりベルリンの音です。管がさえわたり、弦がまろやかに包みこみます。最初に聴いた時ほどの感動はありませんでしたが、旅のフィナーレにふさわしい夜となりました。

 ラベルのピアノ協奏曲は、アリス・紗良・オット。ミュンヘン生まれの母親が日本人ということで、それだけに親近感がわきます。
 ステージには裸足で登場。金色のラメのドレスが細い体に光ります。
 演奏は、シャープで繊細でした。舞台を降りるときは、ひらりとまるで天女のよう。モデルのような美しさにいっぺんにファンになってしまいました。

 記念にCDを購入しました。

 【追加画像です】
 この夜は、カメラは持参しませんでした。すべてスマホでの撮影です。

 Uバーン(地下鉄)のポツダム・プラッツ駅から広場に上がり、SONYセンターを目印に進みます。

 SONYセンターの裏へと進むと、フィルハーモニーの黄色いホールが見えてきます。ワクワクとする瞬間です。

 裏口を横目にします。

 大ホールの正面入口です。

 当日券の窓口には行列ができてます。

 わたしたちの席は、前から5列目です。ネットで予約しました。

 開演まで時間があるので、ワインを一杯。

 休憩時のロビーです。

 感動の時間を過ごしました。玄関から別れを告げました。

エスターハージー宮殿 ハイドン・ザールの思わぬ響き

 アイゼンシュタットを訪ねました。ウィーンからポストバスで1時間半ほどです。ハイドンが30年もの間、仕えたエスターハージー侯爵の居城、エスターハージー宮殿の大広間が改装されて「ハイドン・ザール(ホール)」になっています。
 ドアを開けると、リハーサル中です。小編成のオーケストラのハーモニーが限りなく美しいです。チェンバロの音も、心地よく響きます。テノールは、易々と歌っているのに、まろやかに広い空間に広がります。
 得した気分で椅子に腰かけ、聞き惚れます。これだけで、はるばるやて来たかいがあります。

 ハイドンは、1961年にエスターハージー候に仕え、弦楽四重奏などの数々の作品を生み出しました。

 エスターハージー候の至宝が展示されています。

 正面の2階がハイドン・ザールです。中庭にもリハーサルの音がこぼれてきています。

天気予報はあまりよくなかったですが、見事に晴れ上がりました。

 アイゼンシュタットへは、ウィーン中央駅近くのバスステーションからポストバスで向かいました。

 ウィーン市街を抜けていきます。

 ウィーンから東に向かいます。道はプラハやブラチスラバ、ブダペストに通じています。

 一番前の席に陣取って、変わる風景を楽しみました。

 1時間半ほどでエスターハージーに到着しました。

楽友協会 ベートーベンの「第9」に圧倒される

 ムジーク・フェライン(楽友協会)の黄金ホールです。お正月のニュー・イヤー・コンサートでおなじみです。
 ベートーベンの交響曲第9番「合唱付き」が響き渡りました。
 管弦楽は残念ながらここを本拠とするウィーン・フィルハーモニーではなく、ブルーノ・ワルターという名指揮者の名を冠したブルーノ・ワルター交響楽団でした。指揮者もちょっと地味で、ゆったりとした重厚な響きでした。
 それが合唱の加わる第4楽章で爆発します。バスが圧倒的迫力で歌い、ソプラノがそれに輪をかけたように響き渡ります。合唱も素晴らしいボリュームです。
 シューボックス(靴箱)型のこのホールは、それほど容積が大きくありません。そこが大音量であふれかえります。
 ベートーベンは聴覚を失ってから第9を作曲しています。だからこんな曲が作曲できたのかと、ヘンに納得させられました。

 チケットは、ネットで予約しました。日本人も、たくさん聞きに来ていました。

 黄昏のムジーク・フェラインです。また、ここに戻ってこれました。

 演奏が終わりました。みんな、立ち去りがたいようでした。

王宮礼拝堂でウィーン少年合唱団を聴く

 ハプスブルク家の王宮にある礼拝堂の日曜ミサです。モーツアルトのハ長調ミサです。
 ウィーン少年合唱団が、天使の歌声を響かせます。透き通った高音が、天まで届くように舞い上がります。
 それにしては画像はちょっとヘンです。種明かしは、モニター画像で見ているからです。

 2階の席から、カメラだけ突き出してなんとか撮影した生画像と、音です。

 リハーサル中です。一番上のパイプオルガンの前で歌います。どこに座っていても演奏中の姿は見えるはずがありません。

 わたしの席からは、正面が見えるだけです。

 窓際まで寄ってのぞき込むと、やっと祭壇が見えます。
 合唱団は、アンコールではここに降りてきて歌ってくれました。

 ミサは厳かに進みます。

 ミサ終了後の礼拝堂です。

 シンプルな祭壇です。

 きょうは出番がなく案内係の団員が、記念撮影に一緒に写ってくれました。

 礼拝堂の入口です。観光客でいっぱいです。

アムステルダムを散歩する

 アムステルダムに着きました。スキポール空港の入国手続きで待たされましたが、空港前のホテルにチェックイン。さっそく鉄道で20分ほどのアムステルダムに向かいました。
 中央駅からトラムに乗り、向かったのはアムステルダム・コンセルトヘボウでした。これがホールの名前であり、シンフォニーオーケストラの名前です。
 2014年にやってきたときは「I Amsterdam」のシンボルがあったあたりからホールを臨み、思い出に浸りました。指揮者のマリス・ヤンソンスの最後のシーズンのコンサートでした。

 シンボルのハープが西日に輝いていました。
 まだ秋の音楽シーズンは始まっていないようでした。
 

 振り返れば国立ミュージアムです。レンブラントの「夜景」やフェルメールが並んでいます。

 東京駅のモデルになったともいわれるアムステルダム中央駅です。夕方の通勤ラッシュとあって、混雑していました。

 駅前からは「5番」のトラムに乗れば行けるはずでした。
 ところが車掌に聞くと、「5番はここまで来ないよ」。記憶違いだったのか、路線が変更になったのか。12番のトラムに、1時間チケットを買って乗り込みました。

 運河の街です。自転車の街です。車窓からの風景です。

 「ここから歩いたね」と、流れる懐かしい風景に声を上げ続けました。