京都人の密かな愉しみ その10 洛北・花背「逢瀬の桜」の魚ヶ渕吊り橋

 桜は咲きました。「3密」の花見は避けて、洛北・花背へドライブしました。
 向かったのは「京都人の密かな愉しみ」のロケ地となった京北町周山近くの「魚ヶ渕吊り橋」です。オムニバスドラマ「逢瀬の桜」で描かれた「山桜が咲き誇る里でひっそりと燃え上がった、大人の恋の物語」の、その枝垂れ桜です。
 雨が上がり、太陽も顔を見せてくれました。洗われたピンクが輝き、「3枚の四方皿の欠けた真ん中の皿に描かれた横向きの枝」が、皿の図柄そのままに伸びていました。

 上桂川(京都を流れる桂川の上流)にかかる吊り橋です。向こうの民家との往来のためにあるようです。

 吊り橋は、京都一周トレイルの京北ルートの一部になっています。
 京都市内を一周する京都一周トレイルは、何度も歩いてますが、京北ルートは歩いたことがありません。

 魚ヶ渕吊り橋は「京北十景」の1つです。

 京都市右京区京北周山町山キハ22

 ここまで来たのでと、ちょっと離れてますが大悲山峰定寺までやって来ました。修験道の聖地です。冬の間は閉じてますが、4月から拝観可能なはずです。ただし「雨天の日は入山できません」。

 門前には、摘草料理の「美山荘」があります。「京都人~」では、料理研究家の大原千鶴さんが、この生家で京料理を披露しています。NHKドキュメンタリー「山里の宿『花脊の四季の物語』」でも、その四季が美しく描かれています。
 残念ながら、ここの摘草料理は食べたことがありません。というか、わたしの懐具合ではちょっと届きません。

 大原さんが、「小さいころは、唇を紫色にして泳いでいた」という川です。

 三椏(みつまた)が咲いてます。

 とうが立った蕗の薹です。

 シャクナゲがつぼみを膨らませています。

 広河原まで走りました。
 陶芸家の小松華功さんの「蕗竃」です。オムニバスドラマでは、桜守の佐野藤右衛門さんが登って花の具合を調べていた桜は、真冬のような寒空の下でまだまだ「蕾堅し」でした。

 これまでの「京都人の密かな愉しみ

京都御苑 近衛邸跡の枝垂れ桜は・・・

 京都御苑の近衛邸跡にある枝垂れ桜が、早くも満開近しということです。奥さまと待ち合わせて花見に出かけました。
 花、花、花・・・。競うよに着物、着物、着物姿の記念撮影会場と化してました。すぐ近くの同志社女子大学の卒業式だったようです。
 同志社カラーのロイヤル・パープルの卒業証を頭上に、背中にかざして、はい、ポーズ!! いろいろやっておられて、外野席からも撮りがいがあります。

 近衛家は五摂家の一つで公家では最高の家柄でした。
 このシダレザクラは「糸桜」と呼ばれ、正確には枝垂れ性の江戸彼岸(エドヒガン)だそうです。
 ことしは、インバウンドの騒々しい面々も姿を消して静かなはずでした。

 華やかなのは結構なことです。ウイルスのおかげで沈みがちな気分を、パッと明るくしてくれます。

 五山送り火の大文字が、大きく見えました。

歩いて昼飯 淀水路の河津桜

 淀水路の河津桜が見事に咲いていました。満開を思わせる枝もあります。全体では「五分咲き」というところでしょうか。京都競馬場がある京阪淀の近くで、わが家からは徒歩で淀川河川敷を通って8キロ、1時間半の行程です。
 地元住民が2002年から早咲きの河津桜を育てており、今では約300本の桜並木になりました。
 好天の下、多くの人がソメイヨシノよりはひと足早い桜を楽しみ、木の下で弁当を開けている人もいました。

 ピンクがかった花びらです。

 だれでもレンズを向けたくなります。

 絵筆を走らせるなんて、素敵です。

 ワンちゃんも花見を楽しんでいるのでしょうか?

 菜の花とのコントラストです。

 水路に沿って桜並木は続いています。

 京阪淀近くの海鮮丼の店で昼飯にしました。10数人の行列ができました。回転が悪く、1時間ほど待ちました。
 1杯のご飯で2杯分の丼が楽しめる「かえネタ」というのが人気です。わたしもそれが欲しかったのですが、注文を誤り丼が2つ登場しました。参った。さすがに食べきれず、ご飯を残しました。

 食後は、高槻でちょっと用件があったので、JR山崎まで歩きました。 

 淀水路の撮影に45分、昼食に待ち時間を入れて1時間半ほどかかっています。差し引くと、時速5.5kほどのペースだった計算です。

 淀水路までのラップです。

城南宮 しだれ梅、梅、梅・・・

 城南宮まで、今を盛りと咲くしだれ梅を見に行きました。
 わが家から名神・京都南インター近くまで歩いて2時間半、14kmほどの道程でした。
 「方除の大社」として仰がれています。わたしが小学生だった時に、京都市内で転居するときにも参った覚えがあります。
 何度もやってきてますが、神苑がこれほどまでに人であふれていたのは初めてです。すべての人を満足させるピンクや白い世界が広がっていました。

 椿も、いろんな種類が花を咲かせていました。

 城南宮
 京都市伏見区中島鳥羽離宮町7

柳谷観音 雪の花手水

 柳谷観音に参りました。眼病平癒の祈願所として1200年にわたって信仰をあつめてきました。きのう17日の縁日は、にぎわったようです。薄い雪を覆ったきょうは、誰とも出会いませんでした。
 雪の手水鉢を撮影するのも目的。書院の庭の手水鉢には、バラの花が敷き詰められています。

 ちょっと場違いな感じもしますが、天使がたたずみます。

 もう一つの手水鉢です。冷たい水がしたたります。

 椿の花が、雪をかぶっています。

 午前9時の開門前に着くと、本堂などの瓦が白く薄化粧していました。

 帰るころには、雪も消えていました。
 歩いても行けますが、寒さに降参しました。わが家から車で15分ほどのところです。

 柳谷観音楊谷寺 
 京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
 075-956-0017

わが家の胡蝶蘭 2020 その2

 わが家の胡蝶蘭が開花して1週間。3つの株に4つの花が咲きました。

 ハードオフで買ってきた中古LPを聴きながらの撮影です。
 アルビノーニの「2つのトランペットのための協奏曲」。モーリス・アンドレのトランペットが冴えわたります。

わが家の胡蝶蘭 2020

 わが家の、奥さま丹精の胡蝶蘭が開花しました。昨年より10日遅く、2年前より3週間以上も遅い一輪です。
 室温が上がっていないのか、まだ開ききっていないかのようで、レンズを向け難いです。

 午後になると、こんなに開きました。

 同じ窓際のデンドロビュームが、先を越して開花しています。

色の濃いもう一株も、間もなく開花でしょう。

京都・西山 光明寺の枯れ紅葉

 朝は日差しがあったので、ちょっと車を走らせて西山の光明寺に行ってみました。さすがに落ち葉のジュータンも枯れて、色あせていました。
 このシーズンは、あちこちで紅葉を楽しみました。いよいよお終いです。

 紅葉の名所だけに、1カ月前はものすごい観光客が押し寄せてました。それが、朝の境内はお参りや散歩する何人かとすれ違っただけ。もちろん、拝観料も不要で、駐車場もガラガラでした。

 西山浄土宗の総本山です。宗祖法然上人が、最初に念仏の産声を上げた立教開宗の地だそうです。

 光明寺
 長岡京市粟生西条ノ内26-1
 075-955-0002

柳谷観音 花手水の中の秋

 眼の神さま、柳谷観音楊谷寺です。京都・長岡京市にありますが、わたしの家からでも車で10分ほどの山道を登ったところです。
 1週間ほど前にも、善峯寺から西山古道を歩いて山仲間とやって来ました。その時は見過ごした手水鉢の紅葉を、見事に撮影した写真をアップしてられるかたがおられました。わたしも、カメラレンズにつけて日光の反射を調節するPL(偏光)フィルターを用意して再トライしました。

 柳谷観音楊谷寺 
 京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
 075-956-0017

京都・下鴨 旧三井家下鴨別邸を訪ねる

 近代京都の名建築、豪商・旧三井家の別邸だった「旧三井家下鴨別邸」を訪ねました。招かれたわけではありません。
下鴨神社の南、賀茂川と高野川が合流する三角点の先端にあたる部分にあります。かつては、隣にある京都家庭裁判所の所長官舎だったそうで、その存在すら知りませんでした。重要文化財に指定され、歴史的な建造物として3年ほど前から公開されています。

 南側の庭園に面した主屋の3階には、望楼が設えられていて東山の眺望が楽しめるそうです。五山の送り火の一等席でしょう。
 一般公開はされてませんが、11月に特別公開されます。

 背の高い樹木に囲まれて庭園と一体となっています。

 角度によっては4層建てにも見えます。

 1階座敷です。床の間には三井家の基礎を築いた三井高利の肖像画がかかっていました。

 障子越しに見る明るい庭園です。

 右側にある背の高いムクの木がシンボルになています。

 茶道の水屋もあります。
 この日も茶会が開かれていて、和服姿の婦人が大勢、おれれました。

 格子戸越しに見る内玄関あたりです。

 なにの実でしょうか。たくさん成っていました。

 いろんな線が交差します。

 旧三井家下鴨別邸
 075-366-4321
 京都市左京区下鴨宮河町58-2

 下鴨神社まで歩くと、糺の森では「森の手づくり市~秋の特別編2019」が開かれ、たくさんの店が連なってました。

 わたしが足を止めたのはこちら、銘木の端材です。
 オークやムクなど違った3本の拍子木を結んだようなものがありました。何にするのかと思うとー。なるほど、鍋敷きでした。中型のを買うと、「木工、興味ありませんか」と話しかけてきた店主が、「箸置きかバターナイフでも作ってください」と、いくつもの端材をくれました。

 ラグビーの聖地、「第一蹴(だいいっしゅう)の地」という石碑が立つ前では、少年たちがボールを追いかけていました。

 「下鴨神社杯 タグラグビー大会 ~第一蹴の地でラグビーを」という催しでした。
 対戦表を見ると、葵小、下鴨中、洛北高とわが母校のチームが名を連ねていました。
 ラグビーW杯の日本-南ア戦がある日でした。盛り上がるはずです。