京都・大原野 金蔵寺のクリンソウと青紅葉

 京都西山の小塩山中腹にある金蔵寺を参りました。クリンソウが咲くと知ったからです。
 クリンソウは、ポンポン山や京都北山なんかで見てますが、これまでで一番色が濃いです。
 ちょっと早かったようで、まさに咲き始めたところ。五重塔の頭についている「九輪」のようにはなってませんでした。

 この株は、最初の花が開いたところです。

 2段目、3段目にもつぼみが膨らんでいます。

 これから花をつける株がたくさんあります。群生するのが楽しみです。

 金蔵寺の山門です。無人の賽銭箱に入山料300円を納めました。

 青紅葉が美しい石段です。

 緑のトンネルの向こうに本堂がのぞきます。

 本堂まで上がりました。テープで読経の声が流れています。時たま参拝客とすれ違うくらいで、静かです。

 緑がしみわたります。

 赤い紅葉もあります。ノムラモミジというそうで、濃紫(のうむら)からきているとか。 春に出る新芽から赤く、秋に葉が落ちるまでずっと赤いのだそうです。

 ゴー・ストップの競演です。

 フジの花のようにも見えますが、上向きに花がついているので桐の花のようです。

 大輪のサツキも咲いています。

 見晴台を借りて昼飯にしました。

 京都市街の向こうに比叡山がそびえていました。視界も良く、はるか鈴鹿の方の山並みまでよく見えました。

 奥さま手作りのお弁当です。湯を沸かしてインスタントのみそ汁もつくりました。

 好物のタケノコとヤマブキの煮物や、自家製の日野菜の漬物、キンカンなんかが詰まっています。
 ザックで背負っていたので、若干の荷崩れを起こしています。

 卵焼きは久しぶりです。
 会社勤めの時代は、弁当持参の日も多く、よく食べました。

 大きなノリに包んで、握り飯をほおばりました。

 金蔵寺へは、細いワインディングロードを車で登ってきました。駐車場が心配でしたが、先着は2台。十分に余裕がありました。

 金蔵寺
 京都市西京区大原野石作町1639
 075-331-0023

五月の花々 カメラ片手に近所を散歩

 自宅マンションの庭に、ことしもスズランの可憐な花がいっぱい咲いています。カメラをもって散歩しました。

 シランもすっきりとした花を次々とつけています。

 大輪のクレマチスは、そろそろお終いです。

 ポピーが風に揺れます。

 フーッと息を吹きかけたくなりそうな・・・・

 雑草と一からげにするのはかわいそうです。

 わが家のベランダも、奥さまの丹精が満開です。

 アップにするとこんな具合です。

「ピアノ発表会 2021」 これでおしまい

 わたしのピアノ発表会が、やっと終わりました。わたしがピアノを弾いたわけではありません。例年のようにスタッフとして、奥さまたちが開く「ピアノ合同発表会」のカメラマン兼CD編集人兼ビデオ編集人を務めました。
 出演者29人それぞれに5カットの写真を撮影、プリント。ホール録音の音源をCDに編集、コピー。動画(撮影は別)のDVD、Blu-rayへの編集とコピー。それぞのケースにラベルを作り、プリントしてカットなどなど。コロナで外出もままならず、たっぷりとある時間を存分に使わせていただきました。

 発表会は、2週間前に茨木市のホールで開かれました。
 コロナ対策を尽くし、大勢が集まらないように3部構成に。検温や消毒も怠りませんでした。

 カメラマンの仕事は毎年のことで慣れたものです。前から、後ろに回ってと、リハーサル時間は動き回っていました。
 撮影したカットは2000を超えていました。それでも、これまでよりは少なかったですが、疲れました。歳を感じざるをえませんでした。
 動画編集は、慣れない作業のうえ、非力なパソコンのために四苦八苦。なんとか仕上げることができました。

 恒例のスタッフ弁当もいただいていました。今回は、自分でコンビニで調達してきました。

旅の写真 10日間 vol.10 グムンデン

 オーストリア・ザルツカンマーグートの町、グムンデンです。予定もしなかったOeBB(国鉄)の駅での途中下車でした。
 乗客はみんな降ります。どうしたのかと戸惑っていると、隣の席のおじさんが「ここからはバスで行くんだよ。ついておいで」と。横に旧市街に向かうトラムが停まっていました。
 鉄道は不通になっていたようです。バスはトラウン湖岸を走り、思わむ景色を楽しました。
 バスを降りたときに振り返ると、窓に「代行」と表示されていました。

 おかげで、湖に浮かぶ美しい村、世界遺産のハルシュタットの滞在時間が短くなってしまいました。

 土産物店で緑色のラインが鮮やかなグムンデン焼きにひきつけられました。カルパッチョなんかを盛るときに重宝しています。
 最初にザルツカンマーグート観光したときのツアーガイドが、グムンデン焼きをバカにしたような案内をしました。わたしにとっては思い出深い町になりました。

 その旅の最終地のジュネーブです。GPL(ゴールデン・パス・ライン)の展望車の先頭に乗って、スイスの山岳田園風を楽しみました。モントルーからレマン湖を眺めて到着しました。
 気が緩んでいたのでしょう。ビールを飲んで、コルナヴァン駅(中央駅)の小荷物窓口に向かいました。でも、とっくに閉まってました。ゲペックという便利な託送サービスでスーツケースを預けていました。ここで受け取らなくては、翌朝の帰国便に間に合いません。
 案内の腕章をした駅員に助けを求めると、「ここで待ってなさい」と保管場所から2個のスーツケースを持ってきてくれました。 

 ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会です。レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を鑑賞しました。
 到着したマルペンサ空港でシャトルバスに乗り込みました。でも、なにかヘン!「Milano Centarale?」。運転手に確かめました。「No,No! あっちだよ」。おかげで旅の初日から迷子にならなくてよかったです。

 どの旅でも旅行傷害保険はかけていました。でもロスト・バッゲージにもあわず、使ったことはありません。それでよかったのです。
 スペイン巡礼では、その日の日課を歩き終えた午後は、シャワーを浴びてのんびりとビールでくつろぎました。
 そんなときにLINEに呼び出し音が響きました。パリ在住40数年という中学時代の同級生のマダムからでした。「困ったことができたら、いつでも連絡してよ。サンジャック(巡礼のゴールのサンティアゴのフランス語読み)にも知り合いがいるから」。これが、最大の安心保険でした。

 オーストリアとスイス、ドイツが接するボーデン湖の湖上につくられたブレゲンツ音楽祭の舞台です。

 大きな目が背景となった湖上の舞台で、プッチーニのオペラ「トスカ」を楽しみました。
 これもいうなれば偶然でした。この旅では、ルツェルン音楽祭を見るはずで、旅行代理店にチケットを手配していました。ところが、直前になって「席が取れませんでした」。あわてて調べたら、同じ日がブレゲンツの最終日でした。
 それ以来、旅はすべて自分で手配しています。航空券も、ホテルもコンサートも。
 さて、次に旅立てるのはいつになるのでしょうか・・・。

 あ、これで完結です。バトンを引き継ぐのを忘れてました。どなたか、お願いします。

旅の写真 10日間 vol.9 ベルン

 ベルンのトラムは真っ赤っかでした。石造りの町に調和していました。
 時計塔を抜けてトラムは走っていました。

 国旗も、窓の花も赤です。

 アーレ川を渡ります。

 どちらを向いても絵になる街でした。

 公園のちびっこの何気ない表情まで、絵になりました。

 ルツェルンにも架線は張られていました。でもこれはトロリーバス用でした。
 わたしは黄、赤、水色の旗にカメラを向けました。開催中のルツェルン音楽祭のシンボルでした。

 ルツェルン駅のすぐ横にあるルツェルン美術館のホールです。
 ここでラベルのピアノ協奏曲を聴きました。ピアノの横の青いドレスがマルタ・アルゲリッヒ。横で手を挙げているのが指揮のシャルル・デュトワでした。

 

サントリー山を越えて 日清焼そばでランチ

 きょうも良い天気でした。アウトドアで日清焼そばを食べようと、天王山に向かいました。お目当てのサントリー山は通り越して、長岡京側の麓の小倉神社の境内でいただきました。
 1.5人前と大盛りです。ベーコンやキャベツ、タマネギも入れたので、ボリューム満点です。
 木陰のさわやかな風に吹かれて食べれば、どんなジャンクフードも一流店の味に変身します。

 プシューのお相手は、サントリー山を想定していたので、サントリーの新製品、糖質ゼロのパーフェクトです。松嶋菜々子のテレビCMのやつです。

 まずはベーコンと野菜を刻みました。まな板代わりの合板は、いつでもザックの背中に入っています。
 ちょっと多すぎたかな。

 オイルを敷いて野菜を炒めます。
 規定の300CCの水をシェラカップで測ってそそぎます。
 沸騰した湯に麺を入れます。大きすぎてあふれています。
 よく混ぜて水分を飛ばします。 
 粉末のソースをいれてかき混ぜます。
 野菜を戻して完成です。 

 ああ、おいしかった。完食です。

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旅の写真 10日間 vol.8 プラハ

 とりあえずの「8」です。プラハの街角に停まっていた旧東ドイツの国民車・トラバントの改造車です。EU加盟後も、独自通貨のチェコ・コルナ(CZK)を使っているチェコですが、タイ式マッサージ店の広告で、お代は8EURでした。
 トラムはいっぱい走ってます。渋滞で数珠つなぎになった後ろはプラハ城です。 

 石畳の上を走ります。ビルができる前から走っていたのでしょうか。

 チェコといえばビールです。バドワイザーの発祥地です。
 名物ピヴニツェ(ビアホール)の「ウ・カリハ」は、ハシェクの「兵士シュベイクの冒険」の舞台になったそうです。といってもよくわかりませんが、壁には小説を題材にした落書きがあり、主人公・シュベイクなどのグッズも売っていました。

 同じポーズでジョッキを掲げました。
 南部ボヘミアのチェスキー・クルムロフは、世界遺産の古い街並みと城が美しかったです。
 まっ先に目指したのが、1560年創業の地ビール醸造所「エッゲンベルク」でした。ちなみにお代は、0.51リットルの大がたったの25クローネ(約100円)でした。

 プラハの市民会館でもビールを飲みました。アルフォンス・ミュシャが意匠を手掛けた素敵なレストランでした。
 ここのホールで「プラハの春音楽祭」が始まり、スメタナの「わが祖国」が演奏されます。

 音楽祭の水色の垂れ幕が下がるルドルフィヌム(芸術家の家)です。

 ここのドボルザーク・ホールで、バッハの「ヨハネ受難曲」を聴きました。
 ペーター・シュライヤー(テノール歌手=舞台中央)が指揮をし、物語を進めるエバンゲリスト(福音史家)を歌いました。バッハの宗教曲にに引き込まれるきっかけとなった夜でした。

旅の写真 10日間 vol.7 ベルリン

 「7」がないって? ベルリンを走るトラムです。旧東ドイツ側のテレビ塔から見下ろしました。7両編成です。急カーブを曲がれるように、短い車体が数珠つなぎになっています。共産党独裁時代に建築された、コンクリートで規格化されたような味気ない街並みを走っています。
 現代のLRTは、車いすにもワンコにも優しいです。
 旧西ドイツ側にはトラムの姿はありません。

 東西統一の象徴である連邦議会は、シュプレー川の遊覧船からもよく見えます。この裏手にブランデンブルク門があります。

 ベルリン大聖堂は、ひときわ目を引くドームが印象的な建物です。結婚式が行われていて、壮大なパイプオルガンがメンデルスゾーンの結婚行進曲を奏で始めました。

 ベルリンを3度も訪れたのは、これがあるからです。
 ヘルベルト・フォン・カラヤン通りを期待に胸膨らませて歩いてくると、ここにやってきます。ベルリン・フィルハーモニーです。左が大ホールです。

 マリス・ヤンソンスが指揮するドボルザークの「新世界」が終わったところです。ヤンソンスの一挙手一投足にくぎ付けになりました。間違いなく、これまでに聴いた最高のシンフォニーでした。

 サイモン・ラトルは大阪・シンフォニーホールでも聴いています。でも違いました。
 ブラームスの「交響曲2番」の一糸乱れぬ大爆発でした。金管が弾けてその風圧に圧倒される中に身を置きました。

 樫本大進がコンマスと務めるステージです。
 ピアノのアリス・紗良・オットが裸足で、天女のようにヒラリと登場しました。残念ながらその画像はありません。

 後日、ベルリンフィル・デジタル・コンサートホールにアップされた紗良・オットの姿を、自宅でゆっくりと楽しみました。
 旅の楽しさは、何度でも振り返ることができる思い出を作ってくれることです。

 
 

京都・伏見 水の雅KYOTO FUSHIMIのDejeuner A

 宇治の興聖寺で母の三回忌法要を行いました。昨年の一周忌に続いて今回も遠方の兄夫婦らは参列を見送り、わたしたち夫婦だけが手を合わせました。
 お斎(とき)は、ネットで見つけた伏見にある京フレンチの「水の雅KYOTO FUSHIMI」でいただきました。簡単なコースランチです。
 精進料理とはかけ離れた肉塊が登場しました。「牛フィレ肉のロースト 玉葱ドレッシングと醤油塩京地野菜添え」です。あまりかたいことは言わなかった母なので、「おいしく食べたのなら」と許してくれたでしょう。

 スタートのムースには、イイダコと昆布出汁のジュレが載っています。甘さ控えめです。

 京野菜12種が盛られたサラダです。斎藤酒造の酒粕ソースでいただきます。

 新ジャガイモと新玉葱の和風スープです。熱熱で、舌を火傷しそうになりました。

 メーンディッシュは魚や肉料理6種からのセレクトです。
 奥さまは「高知県宿毛漁港より天然鮮魚のポワレ」でした。皮までパリッとおいしかったそうです。

 口直しには、なんとカレーの小皿です。辛さはほどほどでしたが、スパイスがよく効いてました。

 デザートは「和三盆のブランマンジェとイチゴのソルベ」です。いや、ちんぷんかんぷんですが、おいしいです。

 飲み物は「京都伏見マルトシ珈琲オリジナル」と最後までこだわりが続きました。

 久しぶりの外食にゆったりとくつろいだ1時間半でした。コースはリーズナブルでした。
 

 庭の手水鉢にレンズを向けていると、映してくれとばかりにメジロ(?)がやってきました。一瞬のことでした。

 斎藤酒造の社長宅だった築150年の大きな京町屋のゆったりとした居間です。わたしたちを含めた4組が離れて静かにいただきました。

 斎藤酒造の「英勲」の菰かぶりが置かれていました。

 京町屋らしい高い天井の土間が、バースペースになっていました。

 水の雅KYOTO FUSHIMI
 京都市伏見区京町1-244
 075-574-7482

 

旅の写真 10日間 vol.6 コペンハーゲン

 コペンハーゲンにはトラムは走っていません。全廃されてしまいました。
 朝の通勤ラッシュです。皆さん、自転車をこいでました。健康的ですよね。
 おとぎの国のお城のようなコペンハーゲン中央駅を出発する「IC3」型の気動車です。「ヤツメウナギ」の愛称をもつデンマーク国鉄(DSB)の顔です。車両端には、ゴム製の大きな連結幌がついています。このため、編成連結が簡単という、すこぶる合理性を備えたデザインです。ホームからの転落防止にも役立ちます。 

 ハンブルクに直行する奥さまのツアーと別れて、ひとりコペンハーゲンまで回り道したのは、「渡り鳥ライン」と呼ばれる海峡横断鉄道に乗りたかったからです。
 ドイツ国鉄(DB)自慢のICE気動車版、ICE-TDでコペンハーゲンを出発。ロービュからのバルト海19キロは、列車ごとフェリーに乗り込んで渡りました。45分の船旅まで体験しました。ただ風が強いばかりでしたが。

 ドイツのプットガルテンに上陸しました。列車の横を大型トラックも走ってました。
 このルートは2019年から運休になり、現在は陸上ルートになっています。

 ハンブルクのレーパーバーンは飾り窓で有名です。ビートルズが活動を始めた街でもあり、「ビートルマニア」というミュージアムがありました。
 わたしは「ミニチュアワンダーランド」を楽しみました。鉄道模型とジオラマの驚愕スポットです。計12kmにもなるHOゲージ線路が敷かれ、890両の車両が縦横に動き回っていました。

 ハンブルクから遠くない塩の町、リューネブルクの聖ニコライ教会です。ここで奥さまたちの女声アンサンブルが日曜ミサに献歌しました。
 高いドームに、澄み切った声が響き渡りました。

 同じハンザ同盟都市のリューベックにあるホルステン門は、その重みから傾いています。
 左にそびえているのがマリエン教会です。バッハがパイプオルガンを聴くため、はるばる数百キロの道のりをやってきたそうです。

 で、無理やりにこじつけてバッハがカントールとして活躍したライプツィヒの聖トーマス教会です。
 ここでBCJのバッハ「マタイ受難曲」を聴きました。

 ライプツィヒ中央駅には、トラムがひっきりなしにやってきました。