ベルギーの美しい古都、ゲント(ヘント)で運河巡りをしました。向こうの橋を渡るトラムを指さして、ガイドの女性が「1ユーロちょっとでモスクワまで行けます」と教えてくれました。
トラムの行き先表示は確かに「MOSCOU」でした。19世紀のはじめにロシア軍が駐留したことからそう呼ばれる地区があるようです。
どちらを向いても絵になる町でした。マクドナルドの窓からも、通り過ぎるトラムと聖バーフ大聖堂が見えました。
ベルギーの美しい古都、ゲント(ヘント)で運河巡りをしました。向こうの橋を渡るトラムを指さして、ガイドの女性が「1ユーロちょっとでモスクワまで行けます」と教えてくれました。
トラムの行き先表示は確かに「MOSCOU」でした。19世紀のはじめにロシア軍が駐留したことからそう呼ばれる地区があるようです。
どちらを向いても絵になる町でした。マクドナルドの窓からも、通り過ぎるトラムと聖バーフ大聖堂が見えました。
京都・錦小路の包丁・料理道具の店「有次(ありつぐ)」で包丁を買いました。
使い続けてきた包丁が、ちょっとした不注意から大きな刃こぼれを起こしてしまいました。研ぎ直してもらうことも可能ですが、かなり小さくなります。毎日の食事に欠かせない道具です。値上がりしているのは覚悟の上でした。
わが家の包丁は、有次ばかりです。初代は、結婚を機に母が買ってくれました。二代目は、わたしが料理教室に通うようになった25年ほど前に購入しました。そして三代目となりました。
最近は刃物の鋼(はがね)を錆びないステンレスで覆っているのが人気だそうです。でも、これまでと同じ鋼の三徳包丁を選びました。なんと3万円オーバーでした。
見ているだけで楽しくなる料理道具が並びます。「あくすくい」も買ってしまいました。
野菜を型抜きする道具です。わが家にも正月料理の煮しめ用にニンジンをカットする梅型があります。
カウンターの向こうで刃を研いています。
買った包丁に名前を刻み込んでくれるサービスもありました。でも終了となってました。
外人観光客の姿ばかりが目につきます。若い女性店員は、流暢な英語で応対していました。
錦市場はきょうも大混雑でした。でも串に刺した料理なんかを簡単に食べさせる店ばかりで、昔の風情がすっかりなくなってしまいました。
有次だけは変わりません。なにせ創業は戦国の世の永禄3(1560)年です。
有次 錦店
075-221-1091
京都市中京区錦小路通御幸町西入ル鍛冶屋町219
まだこのブログを始める前にことです。当時のホームページ(HP)のデータを探すと、2001年12月16日に「包丁を買う」という書き込みが見つかりました。
添付されている画像データは小さなものです。ネットへの接続スピードや保存容量がネックとなっていたのでしょう。そのオリジナル画像はCDに保存されていました。画像とともに書き込みを再構築しました。
スパッと切れる包丁が欲しいなあ。春から月1回の「男の料理教室」に通ううちに、そんなことを感じるようになりました。
京都・錦小路の「有次(ありつぐ)」。刃物づくり400余年。戦国時代の永禄3年に創業、京都御所御用鍛冶の伝統を受け継ぐ店です。
店内には、包丁のほかに、各種の手作り調理器具が並んでいて、見ているだけで飽きません。
購入したのは、家庭用の「三徳牛刀」(9500円)。ステンレスでコーティングして錆びにくい「日常一品」シリーズもありました。
鋼だけの従来品を選びました。その場で「田谷」と名前を彫り込んでくれました。
研ぐのはちょっとたいへんですが、いつまでもこの輝きを保つのを楽しみにする-というのが課題になりそうです。
四半世紀を隔てた新旧2つの包丁です。3倍ほどに値上がりしていましたが、同じ包装紙に包まれていました。
わが家の包丁オールスターズです。左から2本目が二代目です。刃こぼれした部分は隠してます。右端が三代目です。
左から4本目は、母が使っていました。度重なる研ぎの結果、刃が小さくなっています。
「百塔の町」にして「石畳の町」でもあるプラハを、トラムが縦横に走っています。
ビルの下をくぐり、城をバックにして⋯。どこから見ても絵になります。
ケーブルカーにも乗りました。丘の上から茶色い甍が波打つ町を見下ろしました。
地下鉄にも乗りました。高速のエレベータで地下深くへと潜りました。
「ロケみつ」とともに「大人のヨーロッパ街歩き」というテレビ番組を楽しみに見ていました。15年ほども前のことです。わたしも行きたいなと。
そこで知ったブリュッセル郊外の町、ストッケルで朝市を楽しみました。帰りはトラムに揺られて車窓を流れる風景を飽きずに眺めました。
郊外では、専用軌道をかなりの速さで走りました。「トラム・ミュージアム」という電停がありました。途中下車するのでした。
朝市では焼き立てのワッフルをかじりました。これもテレビ番組のレポーターだった大坪千夏さん(元民放アナ)を真似てでした。
ベルギーのスイーツといえばワッフルとチョコレートです。ピエール マルコリーニは、今ではグランフロント大阪にも出店しています。当時はここでしか買うことができず、店を探しました。
ドイツ中部のチューリンゲンの森に囲まれた町、エアフルトを訪れたのは30年も前のことです。インターネットやホームページが普及する前のことです。このブログを探しても、当時の記録は存在しません。
勤めていた新聞社への招待で、ライプツィヒからフランクフルトまでのゲーテ街道を旅しました。エアフルトで町を走る赤いトラムと初めて対面しました。
格好いいなあ!っと、何枚もカメラのシャッターを押しました。
まだデジカメが普及する前です。フィルム(銀塩)カメラで撮影しています。カラーネガと引き伸ばしたプリントが保存されていました。プリントをスキャナーで読み込みました。
「’95 8 20」と撮影日が記録されています。
仕事にはもっぱらNIKON F2Photomicを愛用していました。でも撮影日が入っているということは、その機能がある小型のCANON AutoBoyだったようです。
トラムが町の景観に溶け込んでいます。
当時は高床式のタトラカー(チェコ製)ばかりでした。
観光名所でもあるクレーマー橋です。川の上に商店や住居が建っています。
橋の上を歩いても、両側には商店が並んでいて、川面はまったく見えません。
橋上で撮影したのでしょうか。ご婦人が糸を紡いでいるようでした。
大聖堂の脇にある大階段です。ここは夏の音楽祭のオペラの舞台としても使われるそうです。
ちょっと色褪せたプリントをスキャナーで読み取りました。ネガ・スキャナーがあれば、もう少し色鮮やかにデジタル画像化できたかもしれません。
2012年に滞在中のライプツィヒからワイマールへ日帰りで行きました。往路に乗ったICE(高速列車)はワイマールを通過してエアフルトまで止まりませんでした。2度目のエアフルトでホームには降り立ちましたが、すぐにワイマールへと折り返しました。
ポルトからスペインの聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで250キロほど。3回目のカミーノ巡礼はここから歩き始めました。
ポルト大聖堂を後にした巡礼路に沿ってトラムの1号線が走ってました。主に観光用として残っています。
乗ってみたかったのですが、巡礼は歩くのがすべてです。次々にやってくるクラシックなトラムを横目にし続けました。
ポルト大聖堂から黄色い矢印に導かれて歩き始めました。
市民の足はもっぱらメトロと呼ばれるライトレールです。市街地では地下を、町を出ると道路併用や専用軌道を走ります。
ドウロ川にかかるドン・ルイスⅠ世橋の上もメトロは行き交っていました。
異常に暑かった7月も終了です。今月の投稿回数はこれまでになく多い35回となりました。このうち半数が「My memory」です。音楽のこと、トラムのこと。あれこれと思い出を書き連ねてきました。
さて8月。まだまだ暑そうです。不要な外出は控え、エアコンを効かせたわが部屋でパソコンに向かいたと思います。
ドレスデンのゼンパー・オーパー(ザクセン州立歌劇場)から眺めたカトリック旧宮廷教会と王宮です。古びた石造りの建物に黄色いトラムが映えます。
ボンバルディア製のLRTが走っています。連接数が違ういろんなタイプが行き交います。
泊まったホテルの窓からも橋を渡るトラムを見ることができました。
ちなみにホテルは1泊100ユーロほど。おまけに1ユーロが100円を切るという円高でした。ざっと1万円です。こんな時代は思い出でしかありません。
ドレスデン 「Am Terrassenufer Hotel」のキャビア付き朝食
トラムが走れば、歩行者信号は赤です。
ミラノの中心、ドゥオーモ(ミラノ大聖堂)近くの路地で昼飯を食べました。大きなジョッキで乾杯です。
テーブルのすぐ後ろをオレンジ色のトラムが走り抜けました。運転席は前部にしかありません。後部は見事にすぼめられていました。急カーブを曲がるためのミラノ・ファッションだったのでしょうか。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガッレリアでポーズです。もう16年も前のことです。若かったですね。お腹が今ほどには出てません。下腹部の膨らみはパスポートを入れたウエストポーチです。
撮影してくれたのはひとり旅の阪大生でした。カフェで隣の席になったのでビールをおごりました。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後な晩餐」は、この教会にありました。
スイスの国旗は、真っ赤に白十字です。首都・ベルンのトラムも真っ赤っかでした。
アーレ川にかかるコルンハウス橋をトラムが渡ります。
ベルンの町は3方をアーレ川によって削られた砦のようになっています。
町のあちこちに趣向を凝らした噴水があります。水が飲めます。
トロリーバスも真っ赤でした。
ベルギー第2の都市、アントワープ(アントウェルペン)のトラムです。細い路地の急カーブを走ります。
中央駅から「フランダースの犬」で知られるノートルダム大聖堂の最寄り停留所まで乗車しました。
車内アナウンスはなく、停車ボタンを押さないと通過します。おかげでひと駅、乗り越してしまいました。それも思い出です。
ノートルダム大聖堂では、ネロ少年が憧れたルーベンスの絵画を目にしました。
ベルギー・ビールもおいしかったです。