ミラノ・コルティナ冬季五輪が開幕しました。
ミラノを象徴するスポットとしてドゥオーモ(大聖堂)が、テレビ画面に映ります。思い出の地です。
ランチは、ドゥオーモ近くの路地にテーブルを並べていた店でピッツァ・マルガリータをかじりました。パリッとうまかったです。
椅子のすぐ後ろをトラムが走り抜けました。看板に「昼食」と漢字です。
ミラノで乾杯! トラムに乾杯!!
My memory トラムは素敵 ミラノで乾杯!
なんと17年も前のことになりました。
ミラノ・コルティナ冬季五輪が開幕しました。
ミラノを象徴するスポットとしてドゥオーモ(大聖堂)が、テレビ画面に映ります。思い出の地です。
ランチは、ドゥオーモ近くの路地にテーブルを並べていた店でピッツァ・マルガリータをかじりました。パリッとうまかったです。
椅子のすぐ後ろをトラムが走り抜けました。看板に「昼食」と漢字です。
ミラノで乾杯! トラムに乾杯!!
My memory トラムは素敵 ミラノで乾杯!
なんと17年も前のことになりました。
真っ赤なケチャップがアイキャッチとなっているプラハのランチです。
市民会館のカフェ「カヴァールナ・オベツニー・ドゥーム」でいただきました。ワンプレートにのったボヘミアン・オムレツです。
アール・ヌーボーの画家、アルフォンシュ・ミュシャ(チェコ語ではムハ)が意匠を手掛けています。メニューも一見してそれとわかるミュシャです。
華麗なデザインが光ります。
市民会館のスメタナホールで毎年5月、「プラハの春」音楽祭のオープニング・コンサートとしてスメタナ作曲の「我が祖国」が演奏されます。
チェコ・フィルの生の音をここで聴きたい、という願いは達成されていません。
ウィーンからポストバスで東へ1時間半ほど。ハイドンが30年もの間、仕えたエスターハージー侯爵の居城があるアイゼンシュタットを訪れました。
宮殿の大広間だったハイドン・ザールで、思いがけずにも小編成オーケストラのリハーサルを楽しみました。
旅ランチは、大通りのテントの下でいただきました。思い出に残っているアーリオ・オーリオです。
メニューを改めて見ました。
「自家製パスタ」のチョイスは2つ。ソースは、アーリオ・オーリオ、カルボナーラ、アラビアータ、ボンゴレの4種。パスタは、スパゲティ、ペンネ、タッリアテッレ、ニョッキの4種。ということは、4☓4=16となります。16種の料理から選択でした。
カリッと焼かれたワッフルもいただきました。
アイゼンシュタットで食べる アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ
花がこぼれる美しい町でした。
スイスのベルナーオーバーラント3山(アイガー、メンヒ、ユングフラウ)の絶景を目の前にするシルトホルン(2970m)の山頂です。自力で登ったわけではなく、ロープウェーが雲上まで運んでくれました。
ここは1960年代に撮影された映画「女王陛下の007」の、今でいう聖地でした。
回転展望台のピッツ・グロリアで昼飯に食べた「ジャームス・ボンド・スパゲッティ」です。ネーミングの割には、ごくありふれたウインナーソーセージ付きのスパゲッティでした。
「渦巻きソーセージ、レシュテイ(スイス風ハッシュドポテト)添え」もいただきました。
格好良かったボンドですが、もはや過去の人でしょうか。
23日のランチ Piz Gloriaで「ジャームス・ボンド・スパゲッティ」
麓のミューレンのホテルでは、まともな夕食も食べています。
ホテルのベランダに広がるこの光景が、最高の贅沢でした。
オーストラ第2の都市、グラーツです。世界遺産の旧市街を見下ろす山にある時計塔のレストランです。
「Tuna tataki」。メニューをみて、即座にこれにきめました。ツナ(マグロ)にアボカド、ワサビにワカメ。全部、理解できました。
予想通りに出てきた料理を、安心していただきました。
赤い屋根が連なるきれいな町でした。
ひとり旅で最初に訪れたときには、旧市街のテントの下でラザニアとビールでした。
ハイネケンがおいしかったアムステルダムです。
「お薦めは?」と聞いて選んだかわいいラベルのビール「LA CHOFFE(ラ・シュフ)」も並んでいます。
簡単コースランチにはニシンの燻製でした。
通りに面したテーブルでのんびりといただきました。
公園のテーブルでは、ハイネケンで乾いた喉を潤しました。
ホテルの朝食も、簡素ながら満足しました。
ウィーン・フィルハーモニーのニューイヤー・コンサートをVTR録画で改めて鑑賞しました。ムジークフェライン・ザール(楽友協会大ホール)が熱気に包まれていました。アンコールのラデツキー行進曲では、指揮のヤニック・ネゼ=セガンが客席から登場してスタンディングの聴衆と一緒に手を合わせていました。
もう一度訪れたい「ウィーン わが夢の街」です。そんな思いが募りました。
1500年ごろから営業しているウィーン最古のレストラン、グリーヒェンバイスル(Griechenbeisel)です。クリスマス・シーズンの定番のグース(ガチョウ)をいただきました。奥さまは、これまたウィーン名物のターフェルシュピッツです。
サインの間には、ここで食事した有名人のサインがずらり。なんとモーツァルトと読めました。
ウィーン放送交響楽団のアカデミー(研修生)だったヴァイオリニストのお嬢さん(現在は団員)が連れて行ってくれました。
ウィーン最古のレストラン グリーヒェンバイスルのモーツァルト
それより前、お嬢さんが国立音大に留学していたときには、カフェ・ディグラスでいっしょに昼ごはんを食べました。
ムジークフェラインザールの思い出は、このMy memoryで、すでに書いています。
名物のフランセジーニャでランチとしました。ポルトガルからのカミーノ巡礼のスタートとなったポルトです。
パンに、ハムや肉がはさまりチーズで覆われています。そこにトマトソースがかかっています。
美味かった。もう満腹です。
おやつには名物のナタ(エッグタルト)です。
大聖堂で、カミーノのパスポートともいえるクレデンシャルをいただきました。準備完了でした。
アーレ川に囲まれたスイスの首都、ベルンです。中世の美しい街並みが残る旧市街を突っ切り、ニーデック橋を渡って急坂を登ったことろにバラ公園がありました。
公園のレストランのテラス席でひと息つきました。
シンプルな「本日のランチ」です。川魚のポワレだったのでしょう。
冷たいビールがおいしかったです。パラソルの下で、ゆっくりとした時間を過ごしました。
バラがきれいに咲いていました。
町を見下ろしました。赤い屋根が連なり、尖塔がそびえていました。
ドイツで和食を食べたのは、ここだけだったでしょう。ドレスデンのホテルにあった「小倉」です。漢字混じりの立て看板に引き寄せられました。
「刺身定食」(14ユーロ)です。1ユーロがたった100円だった時代です。
ループド・メール(地中海産のスズキ)にヒラマサ、サーモン、タコ、マグロとどれも新鮮でした。
奥さまは「寿司の盛り合わせ」でした。温かいお茶が、それだけでうれしかったです。
1泊100ユーロ(1万円)ほどだったホテルの朝食には、豪華キャビア付きのゆで卵が並びました。
ドレスデン 「Am Terrassenufer Hotel」のキャビア付き朝食
バウムクーヘンはドレスデンが発祥ともいわれます。1825年創業の老舗、クロイツカムで土産に買いまいた。お味の方は⋯。