Hanburug/ハンブルクの街角にとまっていた「DS3」です。
シトロエンの永遠の名車「DS」の名を継いでます。初めて目にしました。思わずレンズを向けました。
キュートです。
ブラック&ホワイトもきりりときまってます。
ナンバープレートの「HH」はハンザ同盟都市ハンブルクの頭文字です。
次に車を買いかえるとき(まだ先の話です)はコレだなと、ひとり納得です。
シトロエンからDMが送られてきました。DS3の日本デビューです。やっぱりかっこいいなと心ひかれるのは、わたしだけでしょうか?
Hanburug/ハンブルクの街角にとまっていた「DS3」です。
シトロエンの永遠の名車「DS」の名を継いでます。初めて目にしました。思わずレンズを向けました。
キュートです。
ブラック&ホワイトもきりりときまってます。
ナンバープレートの「HH」はハンザ同盟都市ハンブルクの頭文字です。
次に車を買いかえるとき(まだ先の話です)はコレだなと、ひとり納得です。
シトロエンからDMが送られてきました。DS3の日本デビューです。やっぱりかっこいいなと心ひかれるのは、わたしだけでしょうか?
オーストリアには8つの世界遺産があります。今回の旅では、はからずもその6個所を訪問しました。 「世界遺産検定」なんてのには、あまり興味はないのですが。
ザルツブルク市街の歴史地区 (1996年)
昼飯を食べに上がったメンヒスベルクの丘からの眺めです。眼下に旧市街が広がり、山の上にホーエンザルツブルク城がそびえます。大聖堂の向こうのチョコーレート色の尖塔が、ノンベルク修道院です。映画「サウンド・オブ・ミュージック」のマリアが過ごした修道院です。
シェーンブルン宮殿と庭園群 (1996年)
四角と丸をデザインしたのが、世界遺産のシンボルロゴです。
シェーンブルン宮殿は、宮殿内を回りましたが、撮影禁止で写真はありません。広い庭園を途中の噴水まで歩き、マリア・テレジア・イエローの宮殿を振り返りました。前回は、上部のグロリエッタまで歩いて、冷房のない蒸し風呂のようなカフェでひと休みしました。
ザルツカンマーグート地方のハルシュタットとダッハシュタインの文化的景観(1997年)
ハルシュタットは、前回の旅で行けなかった心残りの地でした。のんびりとした時間をすごしました。

ゼメリング鉄道 (1998年)
ここが選ばれているわけは、まだ書いてません。
グラーツ市歴史地区 (1999年)
旧市街を走るトラムは書きましたが、市街の素晴らしさは改めて―。
ウィーン歴史地区 (2001年)
ウィーン歴史地区の景観としては、シュテファン寺院でも、王宮でもありません。かのオットー・ワーグナーによる郵便貯金局の写真をピックアップしました。こちらも、いずれ紹介します。
あと2つは、ここです。
ヴァッハウ渓谷の文化的景観 – (2000年)
フェルテー湖/ノイジードル湖の文化的景観 – (2001年、文化遺産)
ヴァッハウ渓谷は、最初のウィーンへの旅のときに行ってます。
行ってないのは、ノイジーランドだけか!!
【2010/09/21】
ウィーンのリンクからちょとはずれたあたりに目指すHundertwasser-Haus/フンデルトヴァッサー・ハウスはありました。
Friedensreich Hundertwasser/フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサー(1928- 2000年)はオーストリアの画家であり、建築家です。曲線や渦巻きを色鮮やかに描く作風で知られています。エコロジーという意識を強く持った先駆的な人でもありました。
フンデルトヴァッサー・ハウスは1985年、ウィーン市の依頼により2年がかりで完成させた公営住宅です。入居者以外は立ち入り禁止です。
ファザードなんかから緑がはみ出してます。屋上にはタマネギのようなものが。
曲線を多様するデザインが特徴で、ここは床の部分が波打ってます。
歩いて5分ほどのところにはKunst-Haus Wien/クンストハウス・ウィーンがあります。
こちらの壁面も鮮やかです。
内部にはフンデルトヴァッサーの絵画、版画、建築模型などが常設展示されていました。
曲がりくねった階段です。ここにも植物が生えていて、ジャングルのような景色です。
中庭はカフェになってました。
【2010/09/17】
「ハンザ同盟の盟主」として栄えたLuebeck/リューベックを訪れました。
町に入る城門が、このHolstentor/ホルステン門です。15世紀にできた頑丈な2つの城砦です。でも、あまりの重さから地盤沈下して、傾いています。
このピタリと水平、垂直に割り切れないところが、なんとも人間くさくてシンパシーを覚えます。
門の上部には「CONCORDIA DOMI FORIS PAX(内には団結、外には平和を)」という金文字が鮮やかです。
門の内側です。
左にそびえているのがマリエン教会です。
トーマス・マンの故郷で、かの「ブッテンブローク家の人々」(読んだことはありません)は、この町に住んだ一族をモデルにしており、その館も残っているようですが、時間切れで訪れることはできませんでした。
【2010/09/23】
Hallstatt/ハルシュタットの町を船着き場から西の端まで歩きました。Salzbergwerk/塩鉱に上るかわいいケーブルカー、Salzbergbahnde山上に上ると、眼下に真っ青なHallstaetter See/ハルシュタット湖が広がりました。
山上駅までまっすぐに登ります。この軌道は、うまく木々に隠されて、船着き場あたりからは見えません。
定員10人ほど(詰めたらもう少し乗れるかな)の小さな車両です。
山上駅からさらに15分ほど歩くと塩鉱の入り口だそうです。
わたしたちは、見晴らしのよいレストランで、ゆっくりとビールと食事を楽しみました。
ケーブルカーの往復乗車券です。写真は、塩鉱の内部で、滑り台で坑道を滑り降りるそうです。
【2010/09/24】
Satzburg/ザルツブルクの旧市街を貫くGetreidegasse/ゲトライデガッセです。もっともにぎやかな通りですが、それにしてもすごい人出です。店の軒先に掲げられて鉄製の看板が、この通りの名物です。
Mozartplatz/モーツァルト広場の人並みの向こうにこの町生まれのモーツァルト像が立ってます。
にぎわっているはずです。移動遊園地ができていました。かわいい観覧車がまわります。
Residentz/レジデンツの前には、回転木馬です。こどもたちでいっぱいです。
食べ物の屋台も出ています。これはプレッツェルですね。
向こうはDom/大聖堂です。
大聖堂ではミサが行われている最中でした。今回も入ることはできませんでした。
【2010/09/15】
旅の初日、コペンハーゲンで独りで泊まったHotel Nebo です。
初めての地に、独りでチェックインです。しかも夜に。というわけで、コペンハーゲン中央駅から一番近いと思われる「駅前旅館」をネットで予約しました。宿泊料も安価で、寝れればいいと、まるで期待してませんでした。でも、部屋もそこそこで、ゆっくりと寝られました。
朝食は、温かい料理こそありませんし、コーヒーもセルフサービスですが、これで十分です。
冷たい飲み物のベンダーには、コックが3つついてました。それぞれに説明がありますが、デンマーク語(?)なんてわかりません。わざわざ、わかりにくい真ん中を押すと、ただの水が出てきました。並んでいた次の客が、「これがオレンジジュース」と教えてくれました。
チーズが丸いテーブルにセットされています。どうするのかなとハンドルを回すと、わかりました。ピンと張ったピアノ線が、うまい具合にチーズを薄くカットします。中央のネジでテーブルの位置が一枚分、上に移動して、次もペロリと切れます。なかなか工夫されてます。こんなのがあるんですね。
簡素ですが、清潔な食堂です。
時差のかげんで、旅の初めは早朝から目覚めます。ちょっと散歩しました。ホテルの向こうはコペンハーゲン中央駅です。隣にはコンビニの「7 Eleven」があります。到着直後に缶ビールとソーセージを買って、夕食にしました。
【2010/09/22】
Prater/プラーターのWiner Risenrad/ウィーン大観覧車に乗りました。
映画「第3の男」であまりに有名です。数年前に見たミュージカル「エリザベート」でも、舞台装置に使われていました。
ウィーンの町が見渡せます。向こうの尖塔がシュテファン大寺院です。
ところで隣のゴンドラは「4」です。反対側のゴンドラ(ひとつ前の写真)は「30」です。わたしの載っているゴンドラは何番でしょうか?
カーレンベルクの丘が見えます。その麓が、ホイリゲのあるハイリゲンシュタットです。
自転車のホイールのような構造です。
全高64.75mのホイールに15台のゴンドラがついてます。1945年に空襲と火災で破壊される以前には30台のゴンドラがついていたそうです。
ということで、現在のゴンドラのナンバーは偶数だけ。確認はしてませんがわたしの乗っていたのは「2」だったはずです。
ゴンドラ内部は結構広いです。
奇数は、こんな具合です。
「Are you Japanese?」 と聞いて、日本語のパンフレットをくれました。
【2010/09/23】
秋は新酒のシーズンです。それより少し前に、ウィーンのホイリゲなどではSturmシュトルムという、ワインになる前のにごり酒が出回ります。ラッキーなことに、それに出くわしました。
Saltzburg/ザルツブルクでは、旧市街にあることを条件にネットで予約したHotel Elefantに泊まりました。すべての点で大正解、満足のいくホテルでした。今回の旅では、夜はコンサートなんかで出歩くことが多く、あまり満足な夕食は食べてませんでした。この日も、チェックインは遅かったので、ホテルのレストランですませました。外部の客もやってきて、味も一流でした。
テーブルには「Strumあります」のプレートがのってます。これは飲まないわけにはいきません。当然、注文しました。フルーツジュースのような新鮮で口当たりのよい味です。
食事の方は、セリモナ・ダンプリング入りのスープからスタートです。といっても、1人分しか注文せず、それを二人でシェアーです。これで十分です。
「オリーブ、赤タマネギ入りギリシャ風サラダ」です。この白いのはチーズだったのでしょうか。
メーンは、「鶏のウィーン風フライ、パセリかけジャガイモとコケモモジャム添え」です。フライにジャムをつけるのは初めてです。
チェックインのときに、「ビール1杯無料」のクーポン券をもらいました。そのせいもあって全部で30EURしません。物価は、スイスに比べると確実に安いです。
【2010/09/22】
前夜のウィーンのホイリゲ「マイヤー」でも、シュトルムを飲んでました。単に「にごり酒」というだけの説明だったので、気づきませんでした。「口あたりはよいけれど、よくまわりますよ」とのことで、警戒してました。
ホイリゲの看板にも「STURM」の文字が見えます。
世界3大がっかりスポットをご存知でしょうか。ブリュッセルの小便小僧、シンガポールのマーライオン、それにここです。でも、がっかりしないですみました。
アンデルセンの人魚姫の像は、上海万博に出張中でした。
上海万博の累計来場者数は16日、1970年の大阪万博の6421万8770人を超え、万博の来場者記録を塗り替えました。人魚姫も貢献したのでしょう。
人魚姫は不在でしたが、町ではこんな看板にお目にかかりました。何の店だったのでしょう?
Nyhavn/ニューハウンという新しい港から、港と運河を巡るクルーズ船に乗りました。
アンデルセンが暮らした家も残っています。
港の対岸にあるオペラ座です。
ズラリとクルーザーやヨットが係留されています。
運河にかかるこんな低い橋を通り抜けます。
DFDS運河クルーズは、1時間ほどの船旅でした。