ポンポン山に福寿草(フクジュソウ)を見にやってきました。
ことしは2月の初めに開花したそうで、すでに3番花。満開は過ぎてました。でも、初夏のようなポカポカ陽気を浴びて、黄金色にピカピカと光っていました。
これがヤマシロネコノメでしょう。雄しべが8本あります。この地域にしか生育しない固有種で、京都府の絶滅危惧種です。
こちらはネコノメソウでしょう。
ノーブルにも見えるこの白い花は、ハコベのようです。
ポンポン山に福寿草(フクジュソウ)を見にやってきました。
ことしは2月の初めに開花したそうで、すでに3番花。満開は過ぎてました。でも、初夏のようなポカポカ陽気を浴びて、黄金色にピカピカと光っていました。
これがヤマシロネコノメでしょう。雄しべが8本あります。この地域にしか生育しない固有種で、京都府の絶滅危惧種です。
こちらはネコノメソウでしょう。
ノーブルにも見えるこの白い花は、ハコベのようです。
京都北山の雲取山に登りました。関西百名山を歩いてきた仲間との登山でした。
ネットで調べた数日前の状況では、ほとんど雪はありませんでした。それが一変しました。真白な新雪に覆われていました。青空が広がり、天気もサイコー! ヘンなウイルスなどどこかに吹っ飛ばして、これ以上ない素晴らしい山行となりました。
アイゼンをつけて、雲取山への最後の急坂を登ります。
下りは渡渉の連続。これでもかというほど右岸、左岸を往復して谷を詰めました。丸木の橋は、慎重に渡ります。
好天に誘われて、自宅近くを散歩しました。マスクでガードしてますが、ウイルスではなく花粉症対策です。
JR京都線の線路わきにある神内緑道で福寿草(フクジュソウ)が咲いているのを見たことがります。そろそろ咲いているかなとー。
1株だけ、雑草の中に忘れられたように咲いていました。自生ではなく、どなたかが植えられたのが根付いているのでしょう。
ポンポン山の福寿草保護地を見に行きたくなりました。
クロッカスもポツリ、ポツリと咲いています。
ラッパスイセンも混じります。
花弁に光沢があるのはリュウキンカ(立金花)でしょうか。
菜の花も咲いていました。
カメラ片手に3.6キロ、1時間ちょっとのお散歩でした。
京都・東山にある泉涌寺の塔頭、雲龍院まで歩きました。
「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)ではオムニバスドラマ「わたしの大黒さん」で走り大黒天が登場しました。
インバウンドが急減して、京都の町も静けさを取り戻したといわれます。ならば今こそと訪れました。
「蓮華の間」に独り座ると、4つの雪見障子の四角いガラス窓から、4つの色紙の風景がのぞけました。椿、灯篭、紅葉、松。残念ながら色彩が乏しいシーズンでしたが、その光の取り込み方に感心させられました。
「書院悟之間」の「悟りの窓」です。梅がすでに花を落としています。訪れるときによって、違った風景が見れるそうです。
後小松天皇を描いた軸(写真撮影禁止)がかかる床の間の反対側には、四角い窓が開いています。
「月窓の間」には、床の間の壁が月の形に開いています。そこから入り込んだ光線が、壁に三日月を描きます。
四角い窓がならぶ障子です。
水琴窟があります。ポツリ、ポツリと水がしたたり落ちます。
縁側に腰かけて、竹筒の先に耳を近づけると、澄んだ音色が響きます。
徳川慶喜が寄進した灯篭です。
走り大黒天は、台所にあります。目の前で拝みましたが、撮影は禁止です。
絵葉書の画像と朱印です。
俵の上に乗った大黒さまとは違って、今にも走りだしそうな左足を踏み出しています。
庭の河津桜は満開になっています。
泉涌寺派別格本山 雲龍院
京都市東山区泉涌寺山内町36
075-541-3916
京都一周トレイルの東山コースが、ここを通過しています。何度もここまでは来たことがあります。
広い泉涌寺には、人影がありません。
JR京都から歩き始め、雲龍院を拝観。東山通り北上して東山三条のマルシン飯店で昼食。さらに東山丸太町まで歩いて左折、寺町を阪急河原町まで歩きました。
9.84キロ、17000歩の「歩いて昼飯」でした。
高槻市の北部、ポンポン山への登り口のひとつでもある神峯山寺(かぶさんじ)まで歩きました。
晴れ間がのぞいたり、春時雨がポツリときたり。歩いている間は、うっすらと汗もかくほどでした。でも雨宿りしているととにかく寒かったです。
境内の紅梅は、そのまま地面に散り、冷たい雨に濡れていました。
椿も散っています。
雨粒が光ります。
神峯山寺は、日本で最初に毘沙門天を安置した霊場としても知ら、1300年以上の歴史を持つ古刹です。
わが家から歩いてきたのは、こちらが目的でした。「神峰山の森 自然園」です。そろそろ早春の野草が芽吹いているかと期待してました。ところが2月末まで冬季休園中でした。
ここまで平均時速5.3キロで歩いてきました。途中、緩い上り坂も続いて累積で200㍍ほど登っているので、いつも通りのペースだったようです。
雨脚が強くなったので、神峰山口のバス停まで歩いてゴールとしました。
高槻市バスでJR高槻まで戻り、駅前の「からふね屋CAFE ビエラ高槻店」に飛び込みました。
「日替わりランチ」(825円)のきょうのパスタは、エビとブロッコリーの明太子クリームでした。
自分ではつくることがないクリームパスタです。たまにはいいものです。
スープバーがついてます。
ソフトドリンクもセットで、温かなカフェオレにしました。
淀水路の河津桜が見事に咲いていました。満開を思わせる枝もあります。全体では「五分咲き」というところでしょうか。京都競馬場がある京阪淀の近くで、わが家からは徒歩で淀川河川敷を通って8キロ、1時間半の行程です。
地元住民が2002年から早咲きの河津桜を育てており、今では約300本の桜並木になりました。
好天の下、多くの人がソメイヨシノよりはひと足早い桜を楽しみ、木の下で弁当を開けている人もいました。
ピンクがかった花びらです。
だれでもレンズを向けたくなります。
絵筆を走らせるなんて、素敵です。
ワンちゃんも花見を楽しんでいるのでしょうか?
菜の花とのコントラストです。
水路に沿って桜並木は続いています。
京阪淀近くの海鮮丼の店で昼飯にしました。10数人の行列ができました。回転が悪く、1時間ほど待ちました。
1杯のご飯で2杯分の丼が楽しめる「かえネタ」というのが人気です。わたしもそれが欲しかったのですが、注文を誤り丼が2つ登場しました。参った。さすがに食べきれず、ご飯を残しました。
食後は、高槻でちょっと用件があったので、JR山崎まで歩きました。
淀水路の撮影に45分、昼食に待ち時間を入れて1時間半ほどかかっています。差し引くと、時速5.5kほどのペースだった計算です。
淀水路までのラップです。
「歩いて昼飯」とブログに書いていると、「わたしたちも連れてって」といつもの山仲間から声がかかりました。西国札所の総持寺に参りたいという希望もあり、阿武山を越えて古民家カフェで昼食、総持寺まで9.5キロほどを歩きました。
阿武山(281m)は、高槻市北西部の裏山といった山です。コースは整備されていて、近隣の方々の散歩コースにもなっているようです。頂上も、ベンチやテーブルが並んでいて、ハイキングにぴったりでした。
「武士自然歩道」とあります。これで「もののふ」と読みます。
かわいい木彫りのお地蔵さまが祀られています。
食後は、安威川に沿って春の陽気の安威川沿いを下りました。カモが一斉に飛び立ちました。
西国22番札所、総持寺にお参りしました。わたしは12年前にご朱印をいただいています。
「ちょっと歩いてくる」と家を出ました。それが、10キロくらいは歩くかとなって、西国街道をつかず、離れず京都方面に。向日市の一文橋近くにある「回転寿司喜楽 一文橋店」で昼飯となりました。
阪急西向日で10キロオーバーとなり、ここまでとしました。
寒ブリにイカ3種など250円皿3枚、120円皿2枚でした。どれもなかなか新鮮で、うまかったです。
回転寿司喜楽 一文橋店
075-925-5008
向日市上植野町堂ノ前14-1
途中の大山崎町内で、JR京都線の小さなトンネルをくぐりました。
「ねじりまんぽ(マンポ)」といって、壁面のレンガがねじれるように並んでいます。
おとなは、かがまないと歩けない高さです。
ねじりマンポの説明です。
「調子八角」は、西国街道の京の東寺口から2里にあたり、一里塚があったそうです。
京都縦貫道が頭上を通り、阪急京都線には西山天王山駅ができて、あたりはすっかりと変わりました。
カメラのダイヤルがずれて、モノクロになっていました。
10.64km、17264歩、2時間48分(昼食を含む)の行程でした。
「歩いて昼飯」というカテゴリーをつくりました。文字通り、歩いて昼飯を食べに行った記録です。
アスレチック・ジムのベルトの上を汗をかきかき歩いているのもいいですが、同じ歩くなら外に出ようというわけです。10キロほどは歩いて、おいしい昼飯もいただく計画です。
その1は、京都・衣笠にある音楽喫茶「ムジーク」でクラシックを聴きながらランチをと、歩行距離を考えて阪急・嵐山からスタートしました。
いざ、歩き始めると、ずっと横を走る嵐電(京福電鉄)のことばかりが気になって、いつの間にか「鉄ちゃんになる」になってました。
嵐山本線と北野線が分岐する「帷子ノ辻」です。難読駅名です。嵐電で最もポピュラーなモボ611、621型ですが、3両が並びました。左端は本線を四条大宮に向けて発車したところです。右の2両は、北野線の白梅町行きです。
「嵐電嵐山」です。いつも観光客で大混雑しています。それが、ホームの向こうの足湯まで、人影がありません。
ヒマそうにしていた人力車のニイちゃんは「2月はこんなもんです」と話してましたが、それにしてもチャイニーズはもとより、日本人もいません。「人影が消えたというニュースで、かえって見に来る人もいますよ」。はい、わたしがそれです。
「車折神社」です。鳥居の前を通りぬける嵐電を、園児が見送ります。わたしの孫を見ているようです。
「鳴滝」を過ぎると、桜並木の下を走ります。まだ開花には早いです。
駅名は「〇〇」と括りましたが、読めますか?