ボンゴレはイタリア語ではアサリだったはずです。ということは、シジミ・ビアンゴで良いのでしょうか。調べてみたら、ボンゴレは2枚貝
全般を指すので、ボンゴレ・ビアンゴでも正解のようです。
それはともかく、抜群のシジミの出汁がしみこんだパスタです。
難点は、身を食べるのが面倒なことです。とても食べきれません。
大きく口を開けた缶も、ジョッキ感覚で素晴らしいです。
刻んだのは、ニンニクとイタリアンパセリだけです。
シジミは、朝から塩水につけて砂出ししておきました。
貝原益軒の記す京ガイド「京城勝覧」の第七日は、『嵯峨にゆく道』です。これまでになく多くの名所旧跡が網羅されています。『上下の嵯峨見所多し朝ははやく出べし』の注意書きもあります。
わたしは最初に、益軒さんの時代には存在しなかった愛宕山鉄道の廃線跡をたどりました。
愛宕山に登る参拝者を運ぶため嵐山駅から清滝駅までの普通鉄道路線(平坦線)と、清滝川駅から愛宕駅までのケーブルカー(鋼索鉄道)が、昭和4(1929)年に開設されました。しかし、戦時中にレールを軍に供出して、わずか15年で廃線となりました。
その遺構は多くはありません。最大のものが、今も清滝につながる幹線道路として使われている清滝トンネルです。単線の鉄道トンネルとして開通しました。その途中には、架線柱の残骸が朽ちて残っていました。
『野ノ宮(野々宮)』の辺りの竹林です。まだまだ観光客は少なく、静かでした。
「大河内山荘」に初めて入りました。時代劇映画の大スター、大河内伝次郎が30年の歳月をかけて作り上げた回遊式の借景庭園です。これほど素晴らしい庭園とは知りませんでした。
続きを読む 京城勝覧を巡る 第七日 愛宕山鉄道の廃線跡と大河内山荘
貝原益軒の記した京ツアーガイド「京城勝覧」の第6日は『大原野 小鹽(塩)にゆく道』です。京都西山の淳和院の御陵がある『小鹽山』から『善峯寺』まで南下します。
わたしは逆に歩きました。善峯寺は、境内に5000本あるというシュウメイギクがあちこちに咲いていました。
『西岩倉』と書かれている金蔵寺では、満開のフジバカマの上をアサギマダラが乱舞していました。
益軒は、東寺から吉祥院、桂の里、久世、向日明神と歩いて大原野に達します。小鹽山については『大原野の上の山なり』と書かれているだけです。
『三鈷寺(さんこじ)』は、善峯寺のすぐ北にあります。初めてお参りしました。
金蔵寺は、5月にクリンソウを見に来たばかりです。きょうも静かでした。
貝原益軒の記した京都ガイド「京城勝覧」を活字化した「新修京都叢書 第十二」(野間光辰編、臨川書店)を読みました。17日に及ぶツアーガイドの「拾遺」として、氷室、大悲山、岩屋山、田原、松が崎が取り上げられています。
末尾に『摂津国島上郡 名所古跡 山崎の南にあり今日より二日は往来す』(京城勝覧にでてくる地名などは『 』でくくります)とあります。わが町・島本と高槻がその舞台で、オリジナルでは5ページにわたって詳しく案内されています。
『水無瀬川』を渡ります。向こうに見えるのが『水無瀬山』のはずですが、特定はできません。
まだまだ暑さが残る1日でしたが、コピーした「京城勝覧」を手に名所古跡を巡りました。
コースの登場人物の多くが小倉百人一首でおなじみです。
西国街道の山城・摂津国の境から高槻まで歩きました。
続きを読む 京城勝覧を巡る 拾遺 『摂津国島上郡 名所古跡』
京都・銀閣寺道の交差点近くにある京カレーうどんの「お多やん」です。すぐ近くの古書店の続きに昼飯にしました。
「カレー肉うどん」(750円)に「ちりめん山椒ごはん」(300円)をプラスしました。
甘めに煮た肉と、出汁のよく効いたカレーがええ感じです。ちょっと暑いですが、それでもこんなのが食べたくなるシーズンになりました。
角がない柔らかいうどんです。エッジの立った讃岐うどんとは究極の対立です。
「角なし特注丸麺」とわざわざことわっているくらいです。
軟らかめのちりめん山椒が、温かいご飯にたっぷりとかかっています。
カレーうどんには白いご飯が欠かせません。
「おたやん こけても 鼻うたん」。この囃子ことばを、京都生まれのわたしも知ってました。おたやんとはお多福のことです。
兄は、このニックネームで呼ばれていたことがありました。「たや」からの連想です。
いろんなカレーうどんがあります。
紙エプロンがでてきました。もちろん使いました。でもそんなときに限って、はねてないんですよね。
わたしの育った京都・下鴨の北園町にあったカレーうどんの「しみず」のレシピを引き継いでいるそうです。
もう一店、今は一乗寺にある「わだ」も「元従業員がその味を引き継いでいます。
お多やん
075-275-4974
京都市左京区浄土寺西田町72-3
京都・銀閣寺近くの古書店です。ここで探していた1冊の古本を買いました。
古本購入もネットワークの時代です。「日本の古本屋」の在庫検索から探した本を取り置いてもらっていました。もちろん、送付もしてくれます。
京都大学に近いこともあって、生き残っているのでしょう。老夫婦らしきお二人が店におられました。
この雑然とした感じは好きです。どこかに宝物が隠れていそうで、わくわくします。
「新修京都叢書 第十二巻」(野間光辰編、臨川書店)です。
江戸時代中期の儒学者にして本草学者、貝原益軒が記した「京城勝覧」を、漢字にはルビを、流麗なひらがなは現代人にも読めるように活字化して編集したものが入っています。
シリーズ本の1巻です。近ごろお目にかからないハードカバーに箱入りで、3300円でした。
「5日目」として歩いた御室戸寺(三室戸寺)から「喜撰が庵のありしあとあり」のくだりです。
わが家の墓がある興聖寺についても、詳しく書かれています。
オリジナルは、国立国会図書館デジタルコレクションから簡単にダウンロードすることができます。
この文章がスラスラ読めたら、編集本は不要なんですがね。同じ日本語なのに。
銀閣寺道から西に向いて歩きました。
吉田神社を通り過ぎます。

「2日目」で行かなかった百万遍の『知恩寺』です。
広い境内は、手づくり市や古本市でにぎわいます。
そのまま出町柳まで歩きました。
「ふたば」の栗餅でもみやげに買おうと思ってましたが、定休日でした。
茨木の山の中にある「ザ ファーム ユニバーサル」に寄りました。観葉植物レンタルのユニバーサル園芸社のガーデンセンターです。
端境期なのか、カラフルな花にあふれるといった光景はありませんでした。そんななかで目についたのが「深い、濃い色」です。
ダリアって復活しているのですね。
最もダリア熱が高まったのは、戦後の昭和30年代だそうです。わたしが子どものころは、ものすごくポピュラーな花でした。その後、ダリアは忘れられたような苦難の時代もあったようです。
こちらは最新ブームのチョコレート・コスモス「チョカモカ」です。
やって来る道沿いにはキバナコスモスが野生化して、あたり一帯が黄色くなってました。「秋桜」のイメージが変わります。
奥さまはゼラニュームの「ムーンライト トウンベオ」を2株お買い上げです。
「桜吹雪」という南アフリカ原産の多肉植物も並んでいました。
で、わたしが欲しかったのはこちら。青いペットボトルに入ったスペイン産のミネラル・ウォーターです。220円もしました。カフェ・レストラン売店に並んでいます。
サッカーのレアル・マドリードの公式飲料水となっている「SOLAN DE CABRAS(ソラン・デ・カブラス)」です。
サンティアゴ巡礼の途中、そうとは知らずに買いました。ボトルがしっかりとしているので、その後、水道水を補給してはザックのポケットに挿して愛用していました。
2016年9月4日。わたしはスペイン・サンティアゴ巡礼路をベロラドに向けて歩いてました。バルでひと息ついたところです。
花や植物だけではなく、こちらのNゲージ模型も気になりました。
the Farm UNIVERSAL OSAKA
茨木市佐保193-2
072-649-5339
おいしいそばが食べたくなりました。とはいえ、わが島本町にはうどん店はあっても、そば屋は存在しません。茨木の山奥にある「手打ちそば 十八庵」までドライブしました。
前回、奥さまが頼んでおいしそうだった「穴子天おろしそば」(1050円)を、わたしもいただきました。「そば御膳」は土日限定でした。
アナゴ1本が、パリッと揚がっています。そば屋ですが、天ぷらがうまいです。
奥さまが頼んだ「山菜おろしそば」に載っていた鶏むね肉も回ってきて、食べ応えも十分です。
おっちゃんが一人でやってます。ちょっと待たされます。食べきれないほどの揚げそばをポリポリとかじりながら心地よい風に吹かれます。市内中心部より3-4度は低いそうです。
温かいそば湯でほっこりとします。
新そばだそうです。
前回の「茨木 手打ちそば 十八庵のそば御膳」
手打ちそば 十八庵 (とはちあん)
090-5650-1695
茨木市泉原910