京都人の密かな愉しみ その7 今宮神社「いち和」のあぶり餅とお玉の井

 京都・今宮神社の門前にある茶店「いち和」で名物のあぶり餅をいただきました。
 竹串に刺したつきての餅を炭火で焦げ目がつくほどにあぶって、甘い白味噌のたれをかけています。
 暖かな一日でした。軒先の床几に腰かけて熱いお茶をすすりながら味わいました。

 食べた後の青竹まで絵になります。

 注文を聞いてから、目の前で焼いてくれます。

 きょうは「いち和」こと、一文字屋和輔です。長保2年(ちょうど1000年)創業という老舗です。
 向かいには、同じあぶり餅の「かざりや」があります。江戸初期の創業ですが、それでも400年です。どういうわけか、そちらのを食べたことが多いです。

 こちらにしたのは、「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)に登場した「お玉の井」を見たかったのです。番組では、京都の名水(井戸)のあちこちが紹介されました。その一つとして、NHK京都放送局勤務(当時)の井上あさひアナウンサーが訪れてレポートしていました。「ニュースウォッチ9」を降板したときは「あさひロス」と騒がれましたが、結婚が明らかになって、またまたざわざわしています。
 この竹垣の下が井戸です。

 断りを入れて、井戸に降りました。
 「たまに落ちる人もいはるから、気いつけてや」と諭されて。

 深い底から清水が湧き出ているようでした。

 今宮神社東門からの眺めです。
 左がいち和、右がかざりやです。

 一文字屋和輔 いち和 
 京都市北区紫野今宮町69
 075-492-6852

 これまでのこのブログでの「京都人の密かな愉しみ

京都・下鴨 旧三井家下鴨別邸を訪ねる

 近代京都の名建築、豪商・旧三井家の別邸だった「旧三井家下鴨別邸」を訪ねました。招かれたわけではありません。
下鴨神社の南、賀茂川と高野川が合流する三角点の先端にあたる部分にあります。かつては、隣にある京都家庭裁判所の所長官舎だったそうで、その存在すら知りませんでした。重要文化財に指定され、歴史的な建造物として3年ほど前から公開されています。

 南側の庭園に面した主屋の3階には、望楼が設えられていて東山の眺望が楽しめるそうです。五山の送り火の一等席でしょう。
 一般公開はされてませんが、11月に特別公開されます。

 背の高い樹木に囲まれて庭園と一体となっています。

 角度によっては4層建てにも見えます。

 1階座敷です。床の間には三井家の基礎を築いた三井高利の肖像画がかかっていました。

 障子越しに見る明るい庭園です。

 右側にある背の高いムクの木がシンボルになています。

 茶道の水屋もあります。
 この日も茶会が開かれていて、和服姿の婦人が大勢、おれれました。

 格子戸越しに見る内玄関あたりです。

 なにの実でしょうか。たくさん成っていました。

 いろんな線が交差します。

 旧三井家下鴨別邸
 075-366-4321
 京都市左京区下鴨宮河町58-2

 下鴨神社まで歩くと、糺の森では「森の手づくり市~秋の特別編2019」が開かれ、たくさんの店が連なってました。

 わたしが足を止めたのはこちら、銘木の端材です。
 オークやムクなど違った3本の拍子木を結んだようなものがありました。何にするのかと思うとー。なるほど、鍋敷きでした。中型のを買うと、「木工、興味ありませんか」と話しかけてきた店主が、「箸置きかバターナイフでも作ってください」と、いくつもの端材をくれました。

 ラグビーの聖地、「第一蹴(だいいっしゅう)の地」という石碑が立つ前では、少年たちがボールを追いかけていました。

 「下鴨神社杯 タグラグビー大会 ~第一蹴の地でラグビーを」という催しでした。
 対戦表を見ると、葵小、下鴨中、洛北高とわが母校のチームが名を連ねていました。
 ラグビーW杯の日本-南ア戦がある日でした。盛り上がるはずです。

京都人の密かな愉しみ その6 「Bar Forest Down」は名曲喫茶?

 「京都人の密かな愉しみ BLUE」(NHK-BS)で、修業中の若者5人が集う「御所南」にあるという「Bar Forest Down」を訪ねました。
 京都市役所のちょっと北西、御幸町二条を下がったところにあるカフェ「MOLE」がロケ地になっています。昼間に見ると、店の様子がわからないほどうっそうとした木々に覆われていますが、まちがいなくここです。木々の向こうから店のほのかな明かりがこぼれてくるシーンを覚えています。

 店内の様子は、番組とは違っていました。ゆったいりとしたソファーに腰かけてメニューを開けました。「玄米カレー」がメーンで、自家製パンのサンドウィッチ、それに飲み物と並んでいました。
 「キーママタルカレー」(700円)です。柔らかく炊いた玄米に、スパイシーなカレーがのってました。

 やさしくて、安心して食べられるカレーです。

 サラダがついています。ハートランドビールも忘れませんでした。

続きを読む 京都人の密かな愉しみ その6 「Bar Forest Down」は名曲喫茶?

京都人の密かな愉しみ その5 メゾン ド クレーム「むしやしない」を訪ねる

 「京都人の密かな愉しみ」(NHK BS)では、洛北・北山のケーキ店「メゾン ド クレーム」として登場してました。オムニバスドラマ「えっちゃん」の舞台です。
 ロケ地となった「むしやしない」で奥さまが頼んだのは「キャラメルオペラ」と「ウバ」の紅茶です。
 ひと口、いただきました。オペラは、チョコレートやケーキ地などが層になっているフランスのケーキだそうです。なるほど、パリッやシットリなどの違った食感が、控えめな甘さで口に広がりました。

 わたしが頼んだのはこちら。「アール・グレー」のアイスティーです。サービスに、抹茶味のラスク(?)がついてきました。

 ホットティーは、急須のようなポットにいれて出てきます。3杯分くらいは入っているようでした。

 オーガニック原料や米粉を使用した菓子も並んでました。

 目玉はこの「むしやしなべ」のようです。鍋の形をした焼き菓子にフルーツが盛りだくさんですが、価格を見てちょっとびっくりしました。おいそれとは手が出ません。

 来店者の寄せ書きなどが飾られた一角に「京都人の密かな愉しみ」の本も並んでました。

 「洛北 北山 メゾン ド クレーム」として登場したカット(NHK BSより)です。 

 当然のことながら、同じ光景です。テレビの印象よりはこじんまりとした店内でした。
 テレビの設定から、植物園の北側の北山通周辺にあるのかと思ってました。叡電(叡山電鉄)一乗寺のすぐ横です。ちょっと通りを入った辺りには、高校時代の友だちの家もあったはずです。

 店名のむしやしないは、「空腹を一時的にしのぐ食べ物」といった意味の京ことばです。「648471」と数字が充てられていました。

 これまでの「京都人の密かな愉しみ

 むしやしない
 075-723-8364
 京都市左京区一乗寺里ノ西町78

DAHONで走る 橋本の遊郭跡から山田池公園のショウブ

 折り畳みの小径自転車、DAHONで走りました。
 このところ、京都北山を一緒によく歩いているCさんに誘われました。DAHONを2台並べてのサイクリングでした。木津川、宇治川、桂川の川が合流するあたりの背割り堤でちょっと休憩です。桜並木の名所ですが、静かでした。
 コースは、阪急・水無瀬から時計回りに大山崎-八幡-橋本-牧野-山田池公園-宮之阪-枚方-枚方大橋-水無瀬と全長38.9kmに達していました。山田池公園のショウブが満開でした。

 京阪の線路わきにある橋本遊郭の歌舞練場(?)だった立派な2階建てです。ツタに覆われて朽ちようとしています。
 学生時代は、京阪特急で通学してました。毎日、ここを通ってましたが、知りませんでした。

 橋本遊郭の当時の建物が残っています。玄関に立派な浮彫の欄間がかかっていました。

 これが「飾り窓」です。きれいどころが嬌声を振りまいたのでしょう。窓の覆いは後世のものでしょうか。

続きを読む DAHONで走る 橋本の遊郭跡から山田池公園のショウブ

京都人の密かな愉しみ その3 玉井パン「まっしゅ京都」を訪ねる

 「京都人の密かな愉しみ Blue 修業中 送る夏」(NHK-BSプレミアム)で、「玉井パン」としてロケ地となったのが、四条烏丸近くの「Boulangerie MASH Kyoto まっしゅ京都」です。
 パン好きの京都の町になじんだ店です。ちょっと小ぶりのパンは、どれも優しい味です。
 これは、良く冷えた牛乳が欲しいです。ドラマの中にも、そんなセリフがありました。 

 1個が100円台。5個買って900円でした。普段使いの町のパン屋さんならではです。

 ロケ地として選ばれるのも納得の店構えです。番組では、西陣にあるように描かれていましたが、実際には四条烏丸に近いあたりでした。

 ドラマでは、このパン屋で上町葉菜(趣里=水谷豊、伊藤蘭の娘)がパン職人の修業をしていました。ちょっと頼りないがすご腕のパン職人 玉井利夫(甲本雅裕)がいい味、出してました。

 Boulangerie MASH Kyoto まっしゅ京都
 075-352-0478
 京都市下京区東洞院通高辻下る燈籠町568

 このブログに登場した「京都人の密かな愉しみ

京都人の密かな愉しみ その2 ロケ地を巡る 西陣あたり

 「京都人の密かな愉しみ」(NHKBS)で何度も登場した老舗和菓子屋、久楽屋(くらや)です。目に焼き付いたシーンでした。
 室町上立売を上がったところにある和菓子屋、俵屋吉富の本店が暖簾を変えて使われていました。
 日曜日とあって、残念ながらシャッターが閉まってました。店内の様子はわかりませんでしたが、こぢんまりとしたたたずまいでした。

 隣は郵便局。赤いポストが映っているいるシーンです。
 久楽屋の若女将、沢藤三八子が15年ぶりに再会した菓子職人とパリに旅立つ最終回のシーンです。
 和服から洋装に着替えた常盤貴子が輝いてました。

 托鉢の僧(実は腹違いの弟)にお布施する三八子が歩いてきそうです。

 「さいなら」がエンディングでした。

 烏丸今出川から歩きました。同志社大学のクラーク館です。奥さまの案内です。
 ここで団時朗が洛志社大学の教授、エドワード・ヒースローとして教鞭をとるシーンに出てきます。

 臨済宗相国寺派の大本山である相国寺は、京都五山第2位に列せられる名刹です。

 相国寺塔頭の瑞春院は、水上勉の「雁の寺」で知られます。
 番組に挿入されているオムニバスドラマ「桐タンスの恋文」に登場します。 

 俵屋吉富の本店、茶ろんたわらやと歩いてきたところは寺之内小川通りです。北に上ります。

 不審庵(茶堂表千家)の立派な門です。

 お隣は今日庵(茶道裏千家)です。

 裏千家の前が本法寺です。

 この夜桜の下で三八子は「京を捨てる」と未練を断ち切る菓子職人と別れ、15年後に再会します。

 三上家路地です。路地は「ろーじ」と発音する袋小路です。
 続編の「BLUE修業中」で、パン職人を目指す上町葉菜(趣里)が、その日、売れ残ったパンを近所のお年寄りに配りに行くシーンに出てきます。

 本隆寺の瓦土塀が続きます。

 雨宝院から眺める瓦土塀です。

 三八子が通りがかり、エドワードに会釈する印象的なシーンです。

 エドワード教授が参拝するシーンもあります。
 花弁がかわったつばきがきれいでした。

 「京都人の密かな愉しみ」のロケ地の一部を巡りました。わが家の墓地がある宇治の興聖寺も何度も登場します。
 家に帰ると、ネットで予約した本が届いていました。「京都人の密かな愉しみ」(NHK「京都人の密かな愉しみ」制作班+源孝志監修、宝島社)です。ペラペラと繰っていくと、行きたいロケ地があちこちにあります。
 * ブログ中の常盤貴子の画像は、この本からコピーしました

「西院淳和院町」 わたしの出生地は?

 「西院の永田助産院」と、母がわたしの出生地を教えてくれました。
 その西院近くに住むMOさんが、Facebookに建て替え工事中の阪急・西院駅や東北角の高山寺の門前にある「淳和院跡」の石碑について書いておられました。そのうえ、同じ助産院生まれだったという出生からの縁が明らかになりました。永田助産院はもう存在しませんが、どこにあったのかが急に気になってきました。

 阪急・西院駅で下車しました。ものすごい突風が吹きこんできました。
 この駅は、ホームに強い風が吹き抜けることで有名です。通過する電車が管内のピストン弁のように作用して、風を吸い込むのです。
 工事中とはいえ、パイプがむき出しの狭い空間です。 

 交番があったので、飛び込みました。若い警察官は、「うーん、わかりませんね。古い町名の地番がわかっているんだったら、法務局に行かれたらいいですよ」。親切でしたが、きょうは日曜日でした。

 「京都市右京区西院淳和院町15番地」と、わたしの戸籍には出生地が書かれています。当時、住んでいた家とは離れていますが、知り合いに教えられた助産院だったようです。
 西院淳和院町は、昭和29年に東西の淳和院町に分割されており、現在地はどこだかわかりません。

 とりあえずは、「西院から上がったところ。西大路に面していたはず」という、母の漠然とした記憶を頼りに、あたりを歩きました。
 聞き込み調査は、新聞記者だった若いころにはよくしたものです。ところが聞く相手がいません。コンビニやケーキ店はあっても、そこの若い店員が古い時代のことを知っているはずがありません。
 立派な「レディース・クリニック」がありました。これは助産院に通じますが、院長の名前は「永田」ではありませんでした。

 角を曲がってみると、次の2階建ての家になんと「永田」の表札があがってました。
 ここだと、無礼を承知で玄関のブザーを押してみました。でも不在だったようで、応答はありませんでした。

 なおも辺りをうろつきました。古そうな民家に暖簾がかかっていたのでのぞいてみると、ご主人が「うちはここに移ってきて10年ほどです。わかりませんね」。
 別の民家から出てきた男性に声をかけると、家の中の年配の男性呼んでくれました。「そこになんとかクリニックがあるでしょ。そこが助産院あったところです。わたしの兄も、そこで生まれました」
 これで裏(づけ)がとれました。「レディース・クリニック」が永田助産院の跡地で、隣の民家はその本宅(?)だったようです。

 20メートルほど北に、「西安食坊」と看板がかかったままの売り店舗がありました。ここでかつて「自家製チャーシュー入りチャーハン」を食べたことがありました。すぐ近くまで来ていたのです。

 西院のこの辺りは、平安時代には淳和院と呼ばれたところです。
 平安遷都をした桓武天皇の第7子として生まれた淳和天皇は退位後、御所の西にある西院を淳和院と改めて、ここで暮らしたということです。
 西院春日神社の境内には、淳和院の礎石が残っていました。

 西院は、「さい」とも読まれます。西院春日神社の前の通りは、佐井通り(春日通り)といいます。

 四条との角にある大型家電店が入居するビルの壁面に、淳和院の発掘記録を記したプレートがありました。

 淳和天皇は火葬され、その遺骨は大原野の西山(京都市西京区大原野南春日町の小塩山)山頂付近で散骨されたと言われています。そこには現在も淳和天皇大原野西嶺上陵(じゅんなてんのう おおはらののにしのみねのえのみささぎ)があります。
 春に咲くカタクリの花を見に行く小塩山の保護地のひとつ、「御陵の谷」の御陵は淳和天皇陵のことです。

 嵐電の西院(さい)駅です。

 阪急の西院(さいいん)と接続するようになった新しい入り口から地下に降りて帰宅しました。

京都・裏寺町 「サラダの店 サンチョ」の「照り玉バーグランチ」と祇園祭

 京都府立医大で半年に1度の検診でした。異常はなく、四条河原町まで戻ってきてちょっと遅い昼飯です。裏寺町の「サラダの店 サンチョ」は、3時半までランチ営業をしてました。
 頼んだのは一番人気(だと思う)、「照り玉バーグランチ」(1000円)です。じゅわーっと肉汁が滴る、ちょっと甘口のハンバーグです。
 照り玉の玉は、ちょっと後ろになっている目玉焼きです。 

 レタスたっぷりのサラダです。

 ライスかパンの選択からパンにしました。バターロールに切れ目をいれて、バターが塗られています。

 前回も同じ照り玉ハンバーグを食べてます。

 サラダの店サンチョ 河原町本店
 075-211-0459
 京都市中京区裏寺町通四条上ル中之町572

 満腹になったので、四条通を西に歩きました。
 祇園祭の長刀鉾が建っています。長刀(なぎなた)の穂先がキラリと光ります。穂先が御所の方角を向くことはありません。

 『真木のなかほどの「天王座」には和泉小次郎親衡の衣裳着の人形を祀っている。屋根裏の金地著彩百鳥図は松村景文(1779~1843)の筆、破風蟇股の厭舞と小鍛冶宗近が神剣を造る姿の木彫胡粉彩色の彫刻は片岡友輔の作である。』(公益財団法人祇園祭山鉾連合会のHPより)

 鶴亀の「御献酒」はどこだろうとよく見るとー。月桂冠を大丸京都店が献上してました。

 提灯にその名がありました。

 女性を上らせる鉾もありますが、長刀鉾は・・・。これはしきたりです。

 菊水鉾の車軸には、菊の紋章。

 月鉾まで見て回りました。子どものころの記憶からすると、鉾ってこんなに小さかったかなと。