朝まで降っていた雨が止み、昼前には太陽が顔を見せました。これなら大丈夫と、急に思い立って「阿武山古墳コース」を歩きました。先日の産経新聞に紹介されてました。ネットで調べると、高槻市のHPに地図がアップされてました。プリントアウトして、早々に昼飯を食べて出発しました。
「ハニワ工場公園」という遺跡がありました。ここで埴輪が焼かれていたのです。日本最大のハニワ工場だったそうです。近くにも、知らないところがいっぱいあります。
【13:43】
JR高槻駅から関西大学行きのバスで、終点の関西大学で下車しました。山の中にある総合情報学部のキャンパスです。
関西大学アイスアリーナもあります。宮原知子もここで練習しているのでしょうか。バスで隣に座ったお嬢さんは、リンクの使用スケジュールを広げてました。サングラスに目深にかぶった毛糸の帽子と、どこかただモノではない雰囲気でした。
バス路線は、さらに奥まで続いています。ひとつ先の阿武山口で左折します。
広い未舗装の道が続いた先は、広大な造成地でした。ここに何かが作られるのか、それとも計画凍結なのか。
造成地の脇を抜けて、やっと山道になります。
武士と書いて、「もののふ」と読ませます。そんな名前の自然歩道です。由来は知りません。
阿武山山頂への道は、よく整備されてます。
【14:11】
30分ほどで阿武山山頂です。きれいに整備されています。標高281.1mですが、三角点もあります。
気温は10度に達してません。それでも風がないから温かです。
阿武山の神木として祀られているエノキです。大きく枝を広げています。
山手台の住宅地が見下ろせます。
地元の「里山の会」の方々が整備してくださっているようです。「シルバー安全路」と名付けられたエスケープルートもあちこちにありました。
アセビ峠を越えます。といっても、ちょっとしたコブくらいです。それでも水平に進む巻き道もありました。
阿武山古墳(貴人の墓)です。昭和9年に発掘されました。金糸をまとった老人の人骨が発見され、大化の改新の藤原鎌足ではないかともいわれています。
木々の向こうには、京大阿武山地震観測所の塔が見えます。
地震観測所の正面に降りてきました。
下界が眺められます。でも、この日は太陽が姿を見せてくれることはなく、視界もあまりありません。
地震観測所のゲートです。すぐ近くに民家が立ってます。
大阪薬科大学のキャンパスを回り込むように歩いてきました。でもどこかで予定ルートから外れてしまいました。
何度も車で走ったことがある交差点に出ました。稜線に突き出ているのが地震観測所です。
スマホで現在位置を確認して、プリントアウトしてきた地図と照らし合わせました。だいぶ大回りをしていたようです。
【15:13】
ホームセンターでトイレをかりて、ちょっと休憩です。
安売りのリカーショップもあったので、いつものバーボンを1本、仕入れました。
上の池公園まで来ると、特徴のある石碑を発見。フジサンケイグループが各地に建てた「街角の再発見」のひとつ、「古代の息づく摂津阿武山」でした。
中の池も薄暗くなりつつあります。
団地の間に「ハニワ工場」の案内柱が立ってました。
ハニワ工場館です。
今城塚古墳の埴輪を焼いた新池遺跡最大の18号窯が展示(トップの写真)されてます。
ハニワ工房が復元されています。手前はその礎石です。
登り窯のような構造です。
【15:42】
まだ時間は早いはずですが、あたりは暗くなってきました。上氷室のバス停で、きょうのゴールとしました。すぐにやってきたバスにJR富田まで乗り、帰宅しました。
バスを待っているあいだに、西の空から太陽が顔を見せました。そんなことなら今城塚古墳まで歩くのでした。
新しいスマホのアプリ「山旅ロガー」で記録した踏破ルートです。Google Earthに歩いたデータを重ねるとこんな具合です。
Google mapではこんなになります。
きょうのウォーキングは、これが試してみたかったのです。