京城勝覧を巡る 第十一日 雲母坂から比叡山に登る

 貝原益軒が記す京都ガイドブック「京城勝覧」の第十一日は、「艮(うしとら=北東)」の方角で、「比叡山に行道をしるす」です。『きらゝ坂(雲母坂)』から『比叡山』に登ります。
 雲母坂は久しぶりです。初めて登ったのは、小学5年でした。もう60年も前のことです。夏休みの自由研究の「比叡山に登る地図を作る」がテーマだったはずです。友だち二人と一緒でした。
 ケーブル比叡駅には、大きな「HIEIZA」ができていました。あいにく曇っていたのでカラーがイマイチですが、とりあえず「還暦!登山達成」です。
 

 大比叡(おおびえ、848.1m)上まで登りました。冷たい風が吹きつけ、冬到来を思わせました。

 阪急を烏丸で降りて、志津屋四条烏丸店に寄ってきました。志津屋といえば「カルネ」でしょう。やはりうまいです。

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ショパンコンクール 反田くんはあす2:50~

 ワルシャワで開かれている第18回ショパンコンクールは、ついにファイナルを迎えました。80人が参加した1次予選から2次、3次と絞り込まれ、ファイナル出場者12人が選ばれました。このうち日本人は2人。期待の反田恭平くんも残っています。
 ファイナルはショパンのピアノ協奏曲を演奏します。そのプログラムが発表されました。反田くんは、あす未明の2時50分からです。
 1次のときは、未明に起き出して防音した部屋の小型スピーカーで聴きました。今回はオーケストラつきなので、大きなスピーカーでゆったりと聴きたいです。さて、いかがしましょうか?

 立派な胡蝶蘭です。わが家がレストランを開業したお祝いというわけではありません。
 知人にいただきました。花が終わったら、奥さまが株分けして、もう一度咲かせるそうです。里帰りすることができる日を楽しみにお待ちください。

天理 さかえ食堂の「おろしロース豚カツ定食」

 笑えてくるほどにデカいトンカツです。おまけに子分を引き連れています。
 JRと近鉄の天理駅から5分ほどの「さかえ」は、天理大学の体育学部からもすぐ近くです。信者ではなくて、そちらのご用達の店のようでした。
 人気の「A定食」は、トンカツ、から揚げ、エビフライがドーンと出てくるようです。わたしはとても食べられないと、つつましやかに一品の「おろしロース豚カツ定食」(830円)にしました。
 軟らかい肉です。サラっと揚がっているので、予想に反してボリューム感はさほどではありませんでした。たっぷろのおろしポン酢をつけて、おいしく食べ進みました。

 何気なく「生中」と頼みました。「もう終わったんや。ことしは、ほとんど商売にならんかった」とおかみさん。良く冷えた瓶ビールがあるので、それで満足です。

 見覚えのある顔が並んでいます。常連だったのでしょう。

 学生の4人組は、それぞれがスマホを見つめていて、静かでした。
 それにしてもすごいメニューです。反対側の壁には、麺類がズラリと。

 さかえ食堂
 0743-63-4680
 天理市田井庄町582

伊勢参り その5 山の辺の道・北ルートを石上神宮まで

 歩いて伊勢参りの旅は、暑い日は敬遠しているうちに3カ月がたとうとしています。「ことし最後の夏の1日」となりそうなまだまだ暑い中を山の辺の道・北ルートの円照寺から弘仁寺、白川ダムを通って石上神宮までの12キロほどを歩きました。

 ピンクのシュウメイギクが咲いていました。

 訪れる人もない山寺といった風情の弘仁寺ですが、重層のどっしりとした本堂がありました。

 石上神宮の一番の人気者です。参道を闊歩しています。

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京都・錦 円屋の日替定食

 京都で独り昼飯になりました。大丸京都店の裏通り(錦小路)辺りをうろうろして入った「円屋(えんや)」です。「地鶏とおでんの居酒屋」ということですが、それは夜の顔。ランチタイムの「日替定食」(800円)は、魚か肉かの二択でした。
 鰆の西京焼きがメーンです。炭火で香ばしく焼いてあります。
 3皿がついてます。おから、もやし、青菜と、どれも薄味です。しば漬けのなすがジューシー(?)でした。どこの店のかを聞いておくべきでした。

 オリジナルグラスは、ギンギンに冷やしてあります。

 古民家を改装しています。振り抜けば坪庭です。

 民家を貫く三和土(たたき)もおしゃれです。

 2階にも客室があるようです。

 この路地を入ったところです。

 円屋 
 075-213-3451
 京都市中京区高倉通錦小路上ル貝屋町564-136

八幡・橋本 「やおりき」のランチ

 京阪橋本駅の目の前に、なんともノスタルジックなたたずまいの「洋食の店 やおりき(八尾力)」がありました。きょうはいつもより1時間遅く、正午になって店が開くのを待って一番乗りしました。
 「ランチ」(800円)です。ちょっと待たされました。おかみさんが独りで、おおいそぎ調理してくれました。
 手作り感満点のハンバーグです。ちょっと大きめに刻んだタマネギが甘いです。 

 圧倒的迫力の目玉焼きです。ジュワーッと黄身がこぼれました。

 「大正10年に、主人のおじいちゃんが開いたんです」とおかみさん。ということはことし100歳の、立派な百年食堂です。売春防止法が施行される前の橋本がにぎわっていた時代も、壁のおじいさんの古時計は知っているのです。

 リーズナブルなメニューです。
 常連のおじいちゃん、あばあちゃんがやってきて昼ご飯を食べていました。

 アサヒビールの「スタイニー」は、昭和39(1964)年に発売された小瓶のビールでした。

 京阪の改札をでて、わずか3メートルの近さです。

 やをりき
 075-981-6636
 八幡市橋本中ノ町33

京城勝覧を巡る 第十日 男塚女塚と橋本

 江戸時代の京ツアーガイド「京城勝覧」(貝原益軒)の第九日は、「高雄槇尾栂の尾に行道」です。
 きょうはちょっと天気も悪そうなので、第十日「八幡山にゆく道」を先取りしました。石清水八幡宮がある八幡までは、わが家から歩いてでも行ける距離ですが、車で麓を巡りました。

 京城勝覧では『男塚女塚あり。女郎花(おみなえし)の名所なり』と記されています。
 その女塚、通称「女郎花塚」は、石清水八幡宮の南にある「松花堂庭園」の中に残ります。

 傍らに咲くオミナエシです。秋の七草のひとつですが、実際には夏から咲いていて、もうお終いです。

 謡曲「女郎花」について説明されていました。

 静かな松花堂庭園を一周しました。
 江戸時代初期の文化人、松花堂昭乗が当初『石清水八幡宮』の境内に造った草庵「松花堂」などを明治になって移築した回遊式庭園です。

 あちこちに茶室があります。
 ただし、「松花堂」がある内園は、3年前の大阪北部地震の被害を受けて、修復のために閉鎖中でした。

 椿園には、いろんな椿があります。今は花はありません。

 土産店は「おみなえし」という店名でした。

 入園料は100円でした。
 隣には、松花堂弁当が食べられる「京都吉兆 松花堂店」があります。ただし、本日はまだ閉まっていました。開いていても、5000円オーバーの弁当です!
 「京都吉兆 松花堂店の松花堂弁当」はコチラ。

 この辺りの住所は「八幡女郎花」です。

 東高野街道を1.5キロほど北に戻り、八幡市図書館へ右折した路地です。
 アスファルトに埋もれかけて、「小野頼風塚」の石碑が立っています。

 民家の間をすり抜けたところにある『男塚』、通称「小野頼風塚」です。

 芦は女塚の方にたなびくので「片葉の芦」と呼ばれるそうです。残念ながら、雑然と茂ってました。

 東高野街道は高野街道につながり、高野山に達します。さらに小辺路を熊野神社まで歩いたことがあります。
 

 男女は『放生川』に身を投げまし。

 左の鳥居が、『山下にも高良(たから)のやしろ有』と記された高良神社です。

 車で走れば10分ほどの橋本までやってきました。大坂と京都を結ぶ京街道の中間にあり、石清水八幡宮の参詣口としてもにぎわった町です。
 コインパーキングに駐車して京阪電鉄の踏切を渡ります。向こうには、雑草の茂る空き地がありました。

 こちらは3年前の資料写真です。友だちと折り畳み自転車、DAHONで走ったことがります。
 橋本遊郭の歌舞練場だった立派な2階建てが残っていました。すでにツタで覆われていますが、朽ちて撤去されたようです。

 そのときに教えてもらった西遊寺の門前の石碑です。
 「湯沢山茶九蓮寺」と彫られています。
 山崎の合戦の折、立ち寄った羽柴秀吉が茶を所望したところ、洞ヶ峠を決め込んだ寺は、湯だけを提供したそうです。そこで秀吉の命名です。「ゆ たくさん、ちゃ くれん 寺」

 ちょっと見には、古い街道筋の風情です。

 こんなに装飾を施しているのは民家ではありません。

 今は旅館になっています。営業を続けている店は、多くはありません。

 軒下に残る電燈照明の跡です。これが遊郭だった名残です。

 渡し場の跡です。
 柳谷観音、山崎、愛宕と対岸の地名が並びます。

 淀川堤防から町並みを振り返ります。

 正面が天王山です。アサヒビール大山崎山荘美術館の赤い屋根が見えます。

 西を向くと、水無瀬のわたしの住むマンションも見えています。

 京阪橋本駅前の食堂で昼飯を食べて帰宅しました。

ショパンコンクール 2nd round  準備完了

 第18回のショパンコンクールがワルシャワで開かれています。ポーランドという遠い国でのステージですが、今ではネットのYouTubeライブ中継ですべての出場者の生の音をリアルタイムで聴き、見ることができます。
 80人ほどの1次予選の間、わが家のリビングにあるオーディオ装置につながったテレビは、大音量のピアノが鳴りっぱなしでした。
 さて、きょうから2次予選です。日本人は8人も残りました。奥さまたちの大注目、反田恭平くんはあす10日午前3時50分からの演奏となりました。
 奥さまは早起きするそうですが、問題はどこで聴くかです。草木も眠る丑三つ時過ぎに、マンションで大音響は発せられません。
 わが家には防音したピアノレッスン室があります。そちらで聴けるようにわたしの部屋の装置の引っ越しをしました。

 ノートパソコンには、小さなスピーカーがついてますが、これではたいした音は出ません。
 アンプとスピーカー、それにUSB-DACをつなぎました。
 このUSB-DACは、デジ・アナ変換部は安価なキットですが、出力部にトランスを入れてインピーダンス変換をしています。柔らかい音が出ます。

 スピーカーは、ヤフオクで落札。ウォールナットの突板を張ってきれいにしたAURATONEです。 
 モニタースピーカーらしく、近くで聴くと素晴らしいピアノを響かせてくれます。
 ちょんまげ姿の画像は、1次予選の反田くんです。また全曲を聴いてしまいました。

 準備万端です。
 さて、わたしは今夜はどうしましょうか?

京城勝覧を巡る 第八日 愛宕山にのぼる道

 貝原益軒の記す京のツアーガイド本「京城勝覧」の第8日は「愛宕山にのぼる道を記す」です。南東の清滝から表参道を登り、月輪寺を通って下るコースが紹介されています。
 わたしは丹波側の宕陰(とういん)にある嵯峨樒原(しきみはら)から裏参道を登り、表参道を下る縦走ルートを歩きました。
 愛宕神社の境内で食べた昼飯は、JR京都駅で買ってきた駅弁「六甲縦走弁当」でした。ご飯少な目、おかず豪勢、なにより器がコンパクトと益軒さんもうらやましがりそうな弁当でした。
 京城勝覧には「食」の話は登場しませんが、わたしにとっては欠かせないテーマです。 

 スタートの嵯峨樒原に立つ愛宕神社の鳥居です。ここまでが境内です。

 「火廼要慎(ひのようじん)」の神さまが祀られている愛宕神社です。愛宕山の山頂(924m)にあります。比叡山よりも高いです。三角点(889.8m)は、別の場所にあります。

 清滝近くまで下ってくると、愛宕山鉄道のケーブル軌道敷が残っています。6つのトンネルを抜けるこのルートを山頂駅まで登ったこともあります。

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自分でつくる シジミのボンゴレ・ビアンゴ

 ボンゴレはイタリア語ではアサリだったはずです。ということは、シジミ・ビアンゴで良いのでしょうか。調べてみたら、ボンゴレは2枚貝
全般を指すので、ボンゴレ・ビアンゴでも正解のようです。
 それはともかく、抜群のシジミの出汁がしみこんだパスタです。

 難点は、身を食べるのが面倒なことです。とても食べきれません。

 大きく口を開けた缶も、ジョッキ感覚で素晴らしいです。

 刻んだのは、ニンニクとイタリアンパセリだけです。
 シジミは、朝から塩水につけて砂出ししておきました。