丹波篠山 金山~春を告げる花と、奇岩、トンネル

 篠山市の北西、丹波市との境にある金山(きんざん、540m)に登りました。山だけなら、眺望はよいですがわざわざ登るほどのことはありません。ところが、歴史遺産に奇岩、麓には春を告げる花、さらに明治・昭和・平成の3代のトンネルと、見どころたっぷりの里山歩きでした。
 初春の暖かさと青い空を満喫する好天でした。

 鬼のかけ橋、またの名を眼鏡橋といいます。岩と岩の間に板状の岩が橋のようにかかっています。この奇観は安藤広重も描いています。

 麓の大山地区には、里の春を告げる花々が咲いていました。
 アズマイチゲは、昼間の気温が高いときに花を開きます。大山地区を代表する春の花で、群落は篠山市の天然記念物に指定されています。

 金山近くの鐘ケ坂峠を貫く鐘ケ坂隧道です。明治16年に完成した日本最古のレンガ積みトンネルです。その後、昭和、平成に2つの新しいトンネルが開通しました。


 【2019/03/09 10:15】
 新名神-中国道-舞鶴道と走り、丹南篠山ICで降りて、すぐ近くのスーパーマーケットの駐車場で三田からやって来た仲間と待ち合わせました。
 Sくんの車に乗せてもらい15分ほど走ると、金山登山口でした。正面にこれから登る金山が臨めました。

 登山口の駐車場は、1台を止めるのがやっとでした。花の撮影目的の車が多かったようです。
 きょうは、いつもの山仲間5人で登りました。

 「花を見に行く」と聞いていましたが、それなりの山道が待ち構えていました。汗がにじみました。

 山の中に社寺があった名残の鳥居です。中央が割れていて、グラリとくれば壊れそうです。急いで潜り抜けました。

 道はやがて平たんになり、気持ちよく進みました。

 スタートした大山地区を振り返りました。

 山腹の園林寺跡を過ぎると、なんと馬場跡がありました。ここで馬の訓練をしたのです。でも、なぜ、こんな山中でと??

 【11:12】
 麓から45分ほどで順調に金山に到着です。
 山頂は金山城跡でもありました。明智光秀が丹波進攻の際に築いた城があったそうです。

 丹波の山々が連なりますが、知らない名前ばかりです。

 ちょっと早いですが、頂上の広場で昼食にしました。
 篠山口のバザールタウン篠山で買ってきた「とりそぼろ重(九州産華美鳥使用)」(537円)です。大昔に鳥栖あたりの駅弁で鳥そぼろと炒り卵の駅弁を食べたのを思い出しました。 

 日清の「ミニどん兵衛 天ぷらそば」も、これくらいの量でちょうどいいです。

 デザートをいつものごとくおいしくいただきました。大きなあまおうですい。M子さん手作り一品は、和菓子。二つに割ると、白あんの中に栗の渋皮煮が1個、入っていました。甘さ控えめで、「店、出したら」と皆さんも絶賛でした。

 【12:00】
 ゆっくりと休憩して下山すると、すぐに大きな岩が現れました。向こうは丹波市側の山並みです。

 鬼のかけ橋です。Sくんといっしょにポーズです。

 いつも元気な女性3人も笑顔がはじけました。

 馬酔木(あせび)が咲き乱れていました。

 登山道をふさぐような岩です。鬼さんの仕業ではないでしょうが、いつから転がっているのでしょうか。

 温かな日差しを浴びて下りました。

 ジャケツイバラです。花に詳しい方と同行すると、勉強になります。すぐに忘れてしまいますが。
 黄色い花が咲くそうですが、トゲがきつくて、ひっかるとたいへんです。

 一か所だけ、谷側が崩壊している注意個所がありました。下山すると、このルートは「作業道崩壊により全面通行禁止」と書かれていました。何も知らずに通り過ぎました。

 大乗寺まで下ってきました。白鳳時代に金山の上に立てられという由緒ある寺です。

 ここからは、パート2の「春を告げる花編」です。
 ちょっと遅い梅が開いていました。

 道端にフキノトウが芽を出していました。いくつも摘まんで、タダのみやげにしました。奥さまの好物です。

 ユキワリイチゲです。「雪割り」というイメージが膨らむ名前をもらっています。初めて見た春の花です。

 イチゲというのは、一輪しか咲かないという意味だそうです。

 アズマイチゲは、兵庫県レッドデータ絶滅危惧Bに指定されています。

 白い花にレンズを向けるのは、なかなか難しいです。

 セリバオーレンという、その名を初めて聞いた花です。

 セツブンソウです。節分のころに、一番先に咲く花です。ちょっと盛りは過ぎていました。

 リュウキンカも黄金に輝いていました。

 小さな花にマクロレンズをつけたミラーレス一眼を向けるわたしです。こんな格好で必死になっていたのですね。(AIさん撮影)

 【13:56】
 思う存分の撮影タイムをとって、里の道を戻りました。スタート地点は間近です。

 満開の白梅の向こうに、金山がそびえていました。

 ここからはトンネル編です。兵庫の100山踏破を目指しており、このおあたりも詳しいSくんが、3本のトンネルの存在を教えてくれました。
 金山登山口から車に乗って鐘ケ坂トンネルに向かいました。明治、昭和、平成に開通した3本のトンネルがあるそうです。
 まずは「行き止まり」と表示された旧道を走ると、昭和トンネルの「鐘ケ坂トンネル」に来ました。現在は通行止めです。

 昭和42年に完成しました。

 今でも現役が務まりそうな、立派なトンネルです。

 昭和トンネルの右手の道を登っていくと明治トンネルの南口があるそうです。途中まで歩きましたが、引き返しました。下調べをしておくのでした。

 現在の鐘ケ坂バイパスとなっている新鐘ケ坂トンネルです。

 新鐘ケ坂トンネルを抜けて、旧道を向けてバックすると、鬼のかけ橋の展望所がありました。
 望遠レンズは持っていませんでした。つけていたズームレンズの再望遠端の120ミリでは、よく見えませんでした。

 デジタル望遠で撮影しました。数時間前にはあんなところに立っていたのです。

 昭和トンネルに通じる旧道の通行止め地点から800mほど歩くと明治トトンネルの「鐘ケ坂隧道」のポータル(坑門)がありました。

 貴重な土木遺産に指定されていました。

 全長286mのトンネルです。向こうの出口が見えてました。でも通行不可です。

 明治初期のレンガ積みです。出口近くの斜度を調整するためか、楔形のレンガも積み込まれています。

 扁額は三条実美の揮毫による「鑿山化居」です。雑草に覆われて、山ぐらいしか読めませんでした。

 トンネルは地元民の寄付によって建設されました。その名が彫り込まれていました。

 眼下に、現在のバイパスが走っていました。

 ここでおしまい。篠山口まで送ってもらい、帰りは高速料金を節約して、亀岡を回って帰宅しました。