お山の上はちょっとは涼しいかなと、比叡山・無動寺谷へ行きました。イワタバコが咲いているとの情報でした。
白龍の滝の周りなどの湿った岩肌に、星形をした紅紫の花がいっぱいに咲き競っていました。

花は直径が1ー1.5センチほどです。
萼と花冠は5裂して裂片の先が尖っています。
イワタバコの画像が、これでもかと続きます。
「栗夜叉谷にツチノコを探して」と、雲ヶ畑山歩きの会の例会でした。
で、出ました。ツチノコってこんな顔をしていたのでは? いや、単なる「人面石」でしょうか。
暑い一日でした。京都の最高気温は35.9度に達しました。北山も蒸し暑さは変わらず、距離、高度ともたいしたことはないのに、結構ハードな山行となりました。
リーダーが用意してくれたツチノコの資料です。
昭和34(1959)年8月、アマゴ釣りに出かけた渓流釣り師の山本素石は雲ヶ畑街道の大岩近くに流れ込んでいる栗夜叉谷(くらしゃだに)に入り込みます。
「妙なものは、右の日陰の藪だたみから⋯。ゆるい放物線をえがいてとびかかって来たのは、一見したところ、ビール瓶のような格好をしたヘビであった」(山本素石「山釣り」の怪蛇襲来)
生け捕りに2000万円の懸賞金までかけられることになったツチノコ騒動は、この地から巻き起こったのです。
栗夜叉谷の奥にはマップにも載っていない無名の滝がありました。
この日の例会は「納涼会」つきでした。
二ノ瀬の「カフェ&バー あやはな」に直行してうまいクラフトビールで満足の仕上がりでした。
幕末の探検家、松浦武四郎が厳選した「聖跡25霊社」の天神さん巡りの2回目です。自宅に近い2社をエアコンを効かせた車で訪ねました。朝からこの暑さでは、余計な散歩を控えるのも熱中症対策です。
まずはJR高槻から北に延びる参道の先の小高い山にある上宮(じょうきゅう)天満宮です。二十三番の大宰府からの帰途に参る設定です。
「日本で2番めに古い天満宮」といわれます。1番は太宰府です。
松浦が奉納した石標は「土師里天満宮」となっています。菅原道真の祖先にあたる古代の有力氏族・土師(はじ)氏ゆかりの神社です。
長岡天満宮は、阪急・長岡天神の西にあります。
有名なキリシマツツジのシーズンだけではなく、何度も訪れています。最初は幼稚園の遠足だったと記憶しています。
八条ヶ池の一角にスイレン(睡蓮)が咲いていました。でも盛りは過ぎたようでした。
「雲ケ畑・足谷 人と自然の会」の月例観察に初めて参加しました。
トモエソウとオトギリソウと⋯。春の花のシーズンは終わってましたが、初めて見る花々やその後の実にカメラを向けるのがいそがしかったです。
花の宝庫のここではヤマシャクヤクやベニハナヤマシャクヤクは楽しんできました。でも花に詳しいメンバーの次から次へと繰り出される説明に、わたしの頭はメモリー・オーバー。ふんふんと頷くばかりの1日でした。
トモエソウ(巴草)がお出迎えです。オトギリソウ科の多年草です。
家紋のデザインに使われる「巴」型になるのが名前の由来です。京都府の絶滅寸前種です。
蕾を膨らませています。
こちらは花後です。
高さは1mくらいもあります。こんなにきれいに咲いていてラッキーでした。
オトギリソウ(弟切草)が蕾を膨らませています。花弁と萼片に黒点と黒線があります。
こちらはサワオトギリ(沢弟切)です。
ベニバナヤマシャクヤク(紅花山芍薬)が実を膨らませています、
5弁がフツーだそうです。
幕末の探検家、松浦武四郎が晩年の天神信仰から全国に1万2000もある天満宮から厳選した「聖跡25霊社」へ銅鏡と石標を奉納しました。
第一番は「烏丸の天神さん」として知られる京都御苑近くの菅原院天満宮神社です。「学問の神様」として知られる菅原道真公が生まれたとされる地です。
本殿の脇に古びた石柱が立っていました。のぞき込むと「聖跡廿五拝 第壱番 菅原院天満宮寶前」。側面には「願主 松浦武四郎」とあります。
久しぶりに良いお天気に戻った一日、京都市内の4つの天満宮を巡りました。
二番の錦天満宮には石標は残っていません。
松浦は石標とともに銅鏡を奉納していました。その画像が錦天満宮のHPに掲載されていました。お借りしました。
三番の菅大臣神社にもありました。
四番は、ちょっと離れた吉祥院天満宮です。ここにも、ちょっと字体は違いますが石標はありました。
カキランが見たくて、びわ湖南部の鏡山に登りました。
絶滅危惧種に指定されている都府県もある珍しい花です。それが、ここには咲いていました。
柿色をしているから柿蘭です。クローズアップ撮影してますが、直径わずか1センチほどの小さな花です。
花の唇弁にある紅紫色の模様が目立ちます。
蕾の格好からスズランという別名もあります。
神戸の鈴蘭台という地名は、こちらの鈴蘭が由来だったはずです。
花言葉は、「芯の強さ」と「夢でもあなたを想う」です。
下から順に開花していきます。
1株で10ほどの花をつけます。
京都北山の魚谷山(いおだにやま)に登り、北山荘を訪ねました。雲ヶ畑山歩き俱楽部の6月例会でした。
わたしが紅顔の美少年(?)だった60年も前のことです。何度も訪れ、友と一夜を過ごしたこともあります。
「京都北山からヒマラヤへ」といわれるように、今西錦司や西堀栄三郎ら先人たちを育みました。
変わらない風景が目の前にありました。懐かしさがこみ上げてきました。
数日ぶりに朝から晴れ渡りました。ちょっと遅いかなと思いながらも京都の真如堂を訪れました。菩提樹(ボダイジュ)の黄色い花が見頃を迎えたことを、数日前にネットで知りました。
本堂前の大木に、黄色い花がいっぱいついていました。でも大半は花弁をちらし、結実しているものも多かったです。
淡い黄色の花を残しているものもあり、良い香りを放っていました。
釈迦は菩提樹の下で悟りを開いたといわれます。それは印度菩提樹という別の種だそうです。
この菩提樹は、アオイ科シナノキ属の落葉高木で、別名はコバノシナノキです。
すでに丸い実をつけています。実は数珠にも使われます。
正式には鈴聲山(れいしょうざん)真正極楽寺といいます。比叡山延暦寺を本山とする天台宗のお寺です。
28日に咲き始めたそうです。見頃は過ぎていました。
紫陽花(あじさい)は見頃を迎えていました。
真如堂
075-771-0915
京都市左京区浄土寺真如町82
3ヵ月ごとの京都府立医大病院での検診でした。あまり待たずにすみましたが、ランチには遅いです。午後2時を過ぎると、多くの店が休憩に入ってしまいます。
ネットで見つけた「西陣ゑびや」は、午後4時までの営業でした。迷ったらこれ、という「そば定食」(1210円)です。
温かなそば(冷も選べます)に立派な丸弁当です。分厚いマグロが目を引きました。えびやというくらいです。エビフライものってます。
つるりとした細めのそばです。京都にしては濃いめの出汁でした。
奥さまは、「しっぽくうどん」です。分厚い椎茸に麩やかまぼこが並びます。
メニューは豊富です。丼だけで14種。わからないのはちらし丼とえび玉丼ですかね。
きょうのサービス定食は、天ぷらがメーンでした。
午後3時を回っているのに、大繁盛です。
大宮通に面しています。店の横には3台分の駐車場もあって、助かりました。
西陣 ゑびや
075-441-8737
京都市上京区大宮通上立売下ル芝大宮町21
ちょっと路地を入ると、「紋屋図子、三上家路地」でした。築百数十年の長屋が今も現役です。
「京都人の密かな愉しみ」(NHK-BS)のBLUE編でも、ロケ地として使われていました。
仁丹のレトロなホーロー看板が引き立ちます。
京田辺の甘南備山(かんなびやま)に、急に思い立って出かけました。早くもササユリ(笹百合)が満開との情報でした。
見事に咲いていました。十輪以上が群舞しています。
淡いピンクも多いですが、ここは純白です。清楚さが際立ちました。
【2026/05/30 12:13】
遅い出発です。
ハイキング日和のせいか、駐車場は満車に近かったです。
ショートカット・ルートの山道に入ると、すぐに蕾が一輪、お迎えしてくれました。
気持ちの良い木陰を進みます。
ドクダミが白い花をいっぱいにつけています。
階段道もあります。
程なくして展望台に到着です。
晴れ渡った京都市街を見下ろします。
右の比叡山から、左の愛宕山まで連なっています。
参道わきに大輪が。
神南備神社を参っていきます。
社殿の裏手に回ると、山頂があります。
尾根道を下るとササユリが咲き誇っています。
ユリ属の球根植物ですので、毎年、同じ場所に咲いています。
花言葉は上品とか希少だそうです。
蕾の長さが10センチほどもあります。大きな花を開けるのでしょう。
三角点までやってきました。昨年はなかった立派ならせん階段の展望台ができていました。
送り火の京都五山のうち、3つが見えるようです。わたしの目には「妙」だけが確認できました。
西側の谷を下りました。
どこかにササユリが群生しているスポットがあるはずです。でも、残念ながら見つけることはできませんでした。
タツナミソウ(立浪草)が一面に咲いていました。
AIによる説明です。
「ウサギやネズミなどの小動物の顔に似ていると言われます。上唇(じょうしん)が頭と耳、下唇(かしん)がぷっくりとした口元のように見えるのが特徴です。」
ドクダミもかわいいです。
ヘビイチゴが地面にいっぱいでした。
ムラサキカタバミ(紫片喰)もあたりを覆っていました。
1時間半ほどの心地よいお写ん歩でした。