帰国後のある日のことでした。翌日は義父の三回忌でした。妻がダークスーツを出してくれました。試しに着てみると、ぴったりでした。でも、何だかヘンでした。ラベルを見ると、なんと独身時代に実父が作ってくれたテーラードの上物でした。
わたしのウエストは、歳とともに太くなりました。このダークスーツも着られなくなって、吊るし(レディー・メード)の安物に買い替えていました。
巡礼に出発する前年夏の体重は66キロ余りでした。学生時代より10キロほど太り、ここ何年かはこの体重でした。時間ができたのと巡礼を意識して、秋からアスレチック・ジムの会員になって週に2-3回、汗を流すようになりました。1回2時間ほどの運動でしたが、効果はありました。妊婦さんのように膨らんでいた腹が、若干なりともへこみました。体重も2キロは減りました。
巡礼から帰って来て体重計に載ると、なんと61キロ台しかありませんでした。スラックスのベルトが、さらに1段、細くなっていました。
巡礼中は、おいしいものを食べ、ビールやワインをしこたま飲みました。結構、野放図な毎日のはずでしたが、それでも吸収するより、消費するエネルギーの方が多かったことが見事に証明されました。
減量にも効果があるサンティアゴ巡礼です。
ところで父が作ってくれたダークスーツや、その父の葬儀の日に初めて腕を通したモーニングスーツは、京都・三条にあった某テーラー製でした。梶井基次郎の小説「檸檬」に出てくる洋品店「丸善」が当時にあった辺りです。父はここで何年間に1着のスーツを誂え、それをシーズン通して着ていました。わたしはそこで給料の大半が飛んでいくようなスーツを誂えくらいなら、バーゲンの吊るしを何着か買って、それを着まわすサラリーマン生活を送ってきました。
さらには、着の身着のままに近い汗臭い服でも気にならずに、毎日同じ服でスペインの巡礼路を歩いているほうが楽しい人間に育ちました。