乗せてゆけ~ by 俊寛

【 paso a paso 3 2023/05/30 】
 巡礼第12日 乗せてゆけ~ by 俊寛

 「乗せてゆけ~」と、喜界島にひとり取り残された俊寛僧都の心境でした。ちょっとおおげさですかね。
 ヴィジャノーバ・デ・アロウサから、リアス式海岸の入り江の最奥部にあるポンテセシューレスまで30kmほどを乗合船で渡るはずでした。
 聖ヤコブ(サンティアゴ)の遺骸が小舟で運ばれたというルートです。
 ところが、アロウサことか乗合船の予約にミスがあって、乗船を拒否されたのです。

 アロウサの港です。向こうに観光案内所があり、乗合船もそこから発着します。

 まずは開いていたバルに入り、朝食です。クロワッサンとコーヒーを頼みましたが、お通しの小さなクロワッサンがついてきました。
 フォークはブスリと刺さったスペイン流です。

 船着場は閉まったままです。予約している10時半を待ちました。

 10時50分ごろになって、折り返しとなる乗合船がやってきました。

 わたしも乗り込もうとしましたが、ここでハプニングの発生でした。
 船から降りてきた船長が持っている予約客の一覧に、わたしの名前がなかったのです。「そんなはずはない。昨日、電話で予約した」と抗議しましたが、通りませんでした。「この便は定員いっぱいで乗せられない。あすにしてくれ」と。

 わたしだけを残して、乗合船は出航してゆきました。

 港の近くにある乗合船の事務所に行ってみました。でも無人でした。この事務所は前日から、この日もずーっと閉まったままでした。

 以下は、乗船予約を失敗した顛末です。
 乗合船のパンフレットは、前日に泊ったアルメンテイラのアルベルゲにも並んでいました。アルベルゲのアルバイトのようなホスピタレイロに予約してほしいと頼みました。でも「英語が通じるから、自分で電話したら」と断られました。つまずきの第一歩でした。
 アロウサに着いて前日の昼、この事務所の下で窓に書かれた番号に電話しました。お互いにつたない英語でのやり取りで「あすの10時30分」という予約は取れたつもりでした。
 「SNSメールを送るから」ということでしたが、わたしのスマホ(現地SIM使用)ではショートメッセージは受信したことがなかったので、メアドを伝えました。復唱してくれて確認もできました。それでわたしは安心していました。
 メールはきませんでした。そこで再確認すべきだったのです。

 乗合船は3社が運航しています。わたしが乗ったLa Barca del Peregrinoが最大手のようです。
 改めて看板に書かれているURL www.labarcadelperegrino.comにアクセスすると、予約ページが開きました。そこから航路、日時などを入力すると、簡単に予約は完了しました。最初から、電話ではなくこの予約サイトを使えばよかったのです。後の祭りでした。
 乗船バウチャーは、メールで送られてきました。料金は25€でした。 

 呆然としながら、バルに入って時間をつぶしました。

 あわててその夜に泊るオステルを予約しました。すでに予約していた2軒のアルベルゲは、日程を変更しました。

 チェックイン開始を待って、部屋に入りました。することもなく昼寝しました。

 何もない町でした。アロウサの印象は、あまりよくありません。見るべきところもありません。食べるべきレストランもありません。
 スーパー・メルカドはありました。

 何か食べるものはないかと、店内を見て回りました。

 パエージャやビールを買って帰りました。

 オステルのキッチンでチンしました。

 簡単にパエージャはでき上がりました。それなりにおいしかったです。

 この日は歩かなかったので、行程地図はありません。

飲んで~ 飲んで~

【 paso a paso 3 2023/05/29 】
 巡礼第12日 飲んで~ 飲んで~

 まだ旅の半ばを振り返ってますが、横道にそれて「ビール総集編」です。
 いや、よく飲みました。といっても ♫ 飲んまれて~ 飲んで~ ではなく、乾いたノドを潤した程度です。
 この日は、アルメンテーラのアルベルゲから水車小屋の谷を下り、大西洋岸のヴィジャノーバ・デ・アロウサまで24kmほど歩きました。

 ガリシア州のこの辺りでは、バルでビールを頼むと、小皿が出てきました。お通し文化は日本独自のものといわれますが、そうでもないようです。
 出てきたのは3軒続けてガルバンゾ(ヒヨコ豆)の煮ものです。ソーセージかチョリソーが一緒に煮込まれていました。パンがひと切れついてくるのが、ご愛敬です。
 1枚目と2枚目の画像はそっくりですが、並んでいるビールが違います。

 こちらもガルバンゾです。

 煮込んであるのはホルモンのようでした。牛のハチノス(胃)でしょうか。最高においしかったです。

 こちらはコンキリエのようなパスタでした。

 こんなお通しは珍しくありません。ポテトチップスをポリポリとつまみながらビールを飲むって、いいですね。

 パンを頼んだら、こんなのがついてきたときもあります。

 峠道に疲れ、脚を投げ出してラドラー(レモンビール)です。

 アルベルゲのプールサイドでも違う銘柄のラドラーです。

 こんなビールも飲んでます。

 都会ではハイネッケンも出てきました。

 ポルトガルでは、もっぱらSuperBockでした。

 缶でも瓶でも、うまいです。

 この日の行程は、水車小屋の谷を下る に書き尽くしています。

自分でつくる サーディン入りナポリタン

 リスボン土産のオイル・サーディンで豪華版ナポリタンをつくりました。昨日の夕食です。
 レシピは、ポルトガルの道で出会ったYさんにアルベルゲのキッチンでつくってもらったものです。思いだしながら真似ました。
 濃厚味です。サーディンは、あたりまえながらイワシのそもの味です。オリーブオイルに漬けただけです。

 ジュース代わりによく飲んだRadler(レモンビール)の味も忘れられません。品ぞろえが豊富な酒ディスカウント店で探しましたが、ドイツ産のこれ1種だけでした。同じ味です。

 サラダもいただきました。

 オリーブオイルにニンニクの香りを移し、タマネギ、ピーマン、パプリカを炒め、トマトとトマトジュースを投入しました。
 こってりとするまで煮込みました。

 トマトはそのままフォークに突き刺してガスコンロの直火であぶりました。水道の水をかければ、おもしろいように皮がむけます。

 これもリスボン土産のピリピリは、タバスコのように最後に振りかけるのでなく、調理段階で使うようです。タカノツメを入れずに、煮込む段階でこれを加えました。

 土産にした缶詰です。サーディーンの他は、バカリャウとプルポです。そこそこの価格がしました。

 リスボンにあるLoja das conservas(ロージャ・ダス・コンセルヴァス)には300種類もの缶詰が並んでいます。
 目がくらくらするような派手派手なショップです。

 開けて食べるのかもったいなくなるようなパッケージです。

 Loja das Conservas
 Rua do Arsenal, 130, Lisbon, Portugal
 

スピリチュアルの道を行く

【 paso a paso 3 2023/05/28 】
 巡礼第11日 スピリチュアルの道を行く

 ポンテペドラの町を出ると、ポルトガルに道は平野部をまっすぐに北上して、2日でパドロンです。ところが、そのヴァリエーション・ルートである「スピリチュアルの道」が、最近では人気となっています。山を越え、海を渡りと変化に富んでいます。
 2000年の昔、聖ヤコブ(サンティアゴ)の亡骸を載せた小舟が遡ったルートをなぞるという道です。そちらに進みました。

 ポンテペドラの町を抜けます。海に近いせいか、人気のない道をカモメが飛んでいました。

 この辺りはリアス式海岸になっていて、ポンテペドラは入り江の最奥部ににあります。

 しばらく歩くと分かれ道です。

 スピリチュアルの道の案内看板です。

 1日目は山を越えてアルメンテーラまで。2日目は大西洋に向けて下りヴィラノーバ・デ・アロウサまで。3日目は船でパドロン近くまで渡ります。
 詳しくは http://osalnes.com をご覧ください。 

 セントラル・ルートは、右の高架橋をくぐって行きます、

 わたしは少数派の左です。

 この日はうす曇りでした。

 道を誤ったかなとMAPを調べていると、このおじさんは反対側から歩いてきました。ちょっとわかりにくい区間でした。

 病院か何かに使われている立派な施設でした。

 カフェが開いていたので、朝食です。お決まりの3点セットです。

 降雨を警戒して派手なザックカバーをかぶせていました。

 入り江に沿って歩きました。

 海に向かったオレオ(高床式倉庫)です。

 峠に向かって、一気に登ります。

 ドナティボ(寄付)のクーラーボックスが置かれていました。汗をかいたところだったので、ありがたくペットボトルを1本、ちょうだいしました。もちろんお代は支払いました。

 登り道は続きました。

 道の先はガスっていました。

 スパニッシュブルームなんでしょうか。

 峠を越えて、谷を下りました。

 アルメンテーラ修道院です。クルマでやってくる人が絶えませんでした。

 修道院の前のバルです。客は多いですが、ほとんどが礼者ではありません。

 とうちゃこビールです。

 ここのお通しのヒヨコ豆煮込みもおいしかったです。

 この辺りではここだけの宿泊施設である公営アルベルゲです。チェックイン開始を待ちました。

 さて、夕食です。15分ほど歩いて修道院近くのレストランへ行きました。
 プルポ(タコ)です。

 日本のタコワサほどプリプリとはしていません。むしろムッチリですが、これがうまいです。

 ヴィーノ・ティント(赤ワイン)は欠かせません。

 アルベルゲに居合わせた6人でテーブルを囲みました。
 向かい合わせたオーストラリア人男性に、プルポをどうぞと勧めました。「ビーガンだからいらないよ」と、野菜サラダをほおばっていました。

1日50ユーロの巡礼生活

【 paso a paso 3 2023/05/27 】
 巡礼第10日 1日50ユーロの巡礼生活

 1日で20kmほど歩く巡礼生活にも、すっかり慣れてきました。この日もレドンデラからポンテベドラまで20kmほど進みました。
 あとは食べて、飲んで、寝て。それがすべてです。
 こんな毎日の支出は限られています。この日はちょっと安上がりでしたが、ざっと計算してみると45€。50€なら上出来と予算をたてていましたから。


 ポンテべドラでの夕食です。どこで食べようかと、町の中をウロウロしました。GoogleMapで近くのレストランを検索して、行ってみてもまだ閉まっていたりしました。向こうのレストランは、開店が午後8時半なんてのがあたり前です。手ごろなメニュー・デル・ディア(日替わり定食)が見つかりませんでした。
 歩き疲れて入ったのは、ハンバーガー屋さんでした。ワンプレートの目玉焼きがあったからです。
 どこで食べても同じ味の目玉焼きが2個に、ポテトとサラダです。日本では目玉焼きがメーンのメニューなんて見たことがありませんが、コチラでは珍しくはありませんでした。

 目の前の噴水を見ながらビールを飲んで、目玉焼きが焼き上がるのを待ちました。

 お代は8.4€でした。安い夕食となりました。
 定食だと10€ほど。一品料理を頼むと15€ほどもします。きたない格好をした巡礼者が入るようなレストランの話で、おいしさだけを求めれば上のキリはありません。

 1日の順を追って、まず朝食です。歩き始めて最初に見つけたバルに飛び込みます。
 ポピュラーな3品セットです。この日のパンは、珍しく焼いてありました。バターとジャムをつけました。

 これで5.4€。生ジュースが一番高いです。付加価値税(消費税)は10%です。

 喉が渇いて、手が出ました。

 ここはドナティボ(寄付)だったはずです。支払額は自由ですが、2€を支払ったでしょうか。

 ラドラー(レモン入りビール)も飲んでます。お通しがついてきます。ヒヨコ豆の煮ものでした。2€ちょっとでしょう。

 バルを見かけると、寄っていきたくなります。巡礼中の唯一のぜい沢です。

 またもビールです。ポンテぺドラに着いての昼飯です。
 お通しで、立派なタパスが2個もついてきました。

 生ハムとトルティーヤです。

 ボガティージョには生ハムにトマトが塗られています。

 これで6.9€です。

 泊ったアルベルゲです。集合住宅の1階で、まだ新しかったです。

 男女同室のドミトリーですが、最近のアルベルゲはカプセルホテルのような簡単な仕切りがあるところが増えています。
 共同シャワーやキッチンがあります。

 宿泊代は20€でした。
 公営アルベルゲなら8€というところもありましたが、民営だとこれくらいします。

 で、この日の支出は45€ほどでした。予算は1日50€を目途にしていましたから、上出来でした。
 観光旅行風になった後半は、1泊50€の部屋にも泊ってますが、巡礼中は質素なものでした。

 レドンデラのアルベルゲを出ました。まだ街路灯がついていました。

 石畳の町を抜けていきます。

 renfe(国鉄)の高架橋です。
 京都・南禅寺の水路閣のようです。

 列車がやってきました。

 大西洋が入り江をつくっています。

 モホンの上に靴という、よく見るパターンです。

 静かな入り江です。

 親子のピルグリムがいました。

 大きな矢印です。迷うことはありません。

 気持ちよく歩きました。
 「ウォーカーズ・ハイ? 元気です」と、当日の書き込みにあります。

 スペインではバグパイプのことをガイタ・デ・ボトといって、珍しい楽器ではありません。ケルト地方の英国とつながっているようです。

 ウマが寄り添います。

 こんな道なら、いくらでも歩けます。

 分かれ道です。

 オレオと呼ばれる高床式の立派な倉庫でしょう。

 ポンテベドラのrenfeの駅に着きました。

 ペレグリーナ教会まで散歩しました。

 かつての繁栄を思い起こさせる内部でした。

ニッポン人おふたりさんの宴

【 paso a paso 3 2023/05/26 】
 巡礼第9日 ニッポン人おふたりさんの宴

 レドンデラのアルベルゲで、偶然にも隣のベッドにおられたのがYさんでした。久しぶりの日本語がはずみ、「スパゲティをつくりますから」と誘われました。ワインや果物を仕入れてきてアルベルゲのキッチンでいただきました。
 ムール貝入りの濃厚ナポリタンでした。おいしい食事に気楽な会話と、巡礼に来て以来、最もくつろいだ夜でした。

 まずはビールで乾杯。

 ワインも1本、空けました。

 オイルサーディン、生ハム、サラダとアテもたっぷり。デザートのサクランボは甘かったです。

 Yさんが腕を振るわれました。「ニンニクがないけど大丈夫でしょう」

 ピーマンとトマトも炒めます。
 向こうのガス台では、オーストラリア女性がマッシュルームたっぷりのオムレツをつくっていました。

 トマトピューレかトマトジュースかでこってりとしたソースを仕上げ、茹で上がったパスタを混ぜ込みます。
 上手にフライパンを振られました。

 最後のムール貝の缶詰を汁ごと投入しました。

 「アルデンテっていいますけで、わたしはくったりしたのが好きなんです」とYさん。言葉通りに、もっちりとした濃厚味の最高のナポリタンでした。

 このオーストラリア女性とは、2日後のアルメンテーラのアルベルゲでも同宿となりました。一緒に夕食に出かけました。

 にわか雨が止んだ庭で記念撮影しました。
 Yさんはフランス人の道をサンジャン・ピエ・ド・ポーからサンティアゴ・デ・コンポステーラまで歩き、さらにポルトに向けて南下しておられました。わたしとは逆方向でした。一期一会の言葉通りの、一夜だけの思い出に残る宴でした。

 作ってもらった ムール貝入りナポリタンにも書いてますが、再録しました。

 この日は、午前7時ごろにオ・ポリーニョのアルベルゲを出発しました。
 ポルトガルとはほぼ同じ経度なのに、時差で1時間早くなりました。おかげでまだ薄暗いです。

 古いブドウ畑が売りに出ていました。

 幹線道路わきを進みます。あまり気持ちのよいものではありません。

 いつの間にかサンティアゴ・デ・コンポステーラまで100kmを切っていました。

 バルで朝食です。スペインに入ると、あたり前のようにフォークがグサリと刺さっています。

 日本語の張り紙がありました。この日の「ジャンパニーズ・デー」を暗示していたのですかね。

 カーサ・ブランカのきれいな村です。

 休んでいきたくなります。

 黄色が鮮やかです。マツヨイグサ(待宵草)でしょうか。

 こんな道が16km。この日はラクショーでした。

 なにかのモニュメントです。

 水場がありました。

 ビーゴから入ってくる入り江が見えました。カメラを構えていると、後ろから日本語で話しかけられました。
 両親は日本人ですが、生まれたときからカナダに住んでいるというお嬢さんでした。5ヵ月ほどネパールに滞在したあと、「まだお金が残っているから」と、友だちに誘われて引き続き巡礼だそうです。
 同じ方向に歩いていましたが、それっきりでした。翌日、脚の長いフランス人の若者が「あのジャパニーズ・ガールと会わないか?」と聞いてきましたが、縁とはそんなもののようです。

 もうすぐレドンデラです。

 古い町を抜けました。

 向こうに鉄橋がかかっています。

 アルベルゲはまだ閉まっていたので、先に昼食にしました。

 バルに入り、とりあえずのマオーです。

 ボガティージョです。硬いパンを裂いて、ハムやら何かがはさまっています。スペインの昼飯の定番です。

 この時はサラミを頼みました。

 お代は合わせて5.4€(約800円)です。

 夕飯の買い出しに出かけました。
 ピメントス・デ・パドロンが並んでいました。これをオリーブオイルで炒めたのが、うまいのです。ワインのアテにぴったりです。

 果物は1個でも買えます。

 サクランボをビニール袋に入れました。
 続いて入ったスーパーメルカドでも日本人男性と会いました。「モンベルのフリースに、アシックスのパンツでしょ。すぐにわかりましたよ」と。
 この男性とも同じ方向に歩いてました。「では、また」と別れましたが、再び出会うことはありませんでした。

 アルベルゲのキッチンが空くのを待ちました。

 食後に町を散歩しました。
 選挙が近いようで、立会演説会が開かれていました。

 政党のシンブルマークのようです。

 選挙ポスターです。大きさも枚数もまちまちです。

 renfeの高架橋ですが、列車が走っているところは見ることがありませんでした。

いよいよスペイン!

【 paso a paso 3 2023/05/25 】
 巡礼第8日 いよいよスペイン!

 ヴァレンサの城郭から歩き始めると、すぐにミーニョ川です。国際橋がかかっていて、そこを渡るとスペインのトュイでした。
 橋の上を、国境はどこだろうと歩きましたが、なんの「線」もありませんでした。

 ヴァレンサの公営アルベルゲを出ると、目の前が城郭へと続く坂道です。

 前日にも散歩した城郭へ入ります。

 朝日が昇りました。

 ホタテ貝を追っていきます。

 城郭を潜ったあたりで、矢印を見落としました。

 星形城郭の中を1周するように歩いてしましました。

 おかしいなとマップで調べていると、グループの女性たちがやってきました。写真を撮ってあげ、撮ってもらいました。

 城郭を出ると、すぐにミーニョ川です。

 国際橋は、上部が鉄道、下部が自動車と歩道の2段構造です。

 1886年に架けられました。100周年の銘板がありました。

 国際橋の中央付近です。国境はこのあたりかなと注意して歩きました。

 車道ものぞいてみましたが、なんのマークもありませんでした。
 国境ってそんなものなんですね。フランス人の道を歩いたときも、フランスのサンジャン・ピエ・ド・ポーからピレネーを越えると、いつの間にかスペインでした。

 確かにスペインに入りました。南北に歩いてますが、時差が1時間ありました。

 国際橋を振り返りました。

 丘の上にヴァレンサの城郭が頭をのぞかせていました。

 見覚えがあるデザインのガリシア州のモホンです。あと120kmほどです。

 落書きもシャレています。

 トゥイの大聖堂です。ファザードが立派です。

 バルが開いていたので朝食です。スペインに入ると、バルです。

 オレンジジュースにミルクコーヒー、パンがセットの定番です。

 スーモ・デ・ナランハ(オレンジジュース)は、自動搾り器で絞ったホンモノの生ジュースです。

 トイレもご紹介。バルにはきれいなトイレがあります。どこも広くて、清潔です。チップなんていりません。
 ただしウォシュレットは皆無です。ホテルにだってありません。

 トイレット・ペーパーも使い放題です。幅が狭くて、くちゃくちゃになって出てくるのが、ちょっと面倒です。

 大聖堂がのぞく風景です。

 チャペルでミサが行われていました。

 大聖堂がそびえています。

 ちょっと休んでいきたい広場です。

 ここにもローマ橋がかかっていました。手前の石には、巡礼者のシルエットが彫られています。
 

 マンホールにもホタテ貝です。

 幹線道から山道に入ります。

 古い石橋があちこちに。

 バグパイプの音が林に響いていました。足元に投げ銭のカップが見当たらないので、練習だったのでしょう。

 ちょっとひと休みです。

 林の中を巡礼路は続きます。

 運命の分かれ道です。左は林の中を抜けてアップダウンはありますが、距離もあります。右は、直線に進みますがー。

 地獄の工場団地、天国のマオーに書いています。

 工場団地を貫く直線路をトボトボと歩きました。

 ひんやりとしたチャペルで、ほっとひと息です。

 この日の目的地、オ・ポリーニョに到着です。

 踏切が締まって何分かたってからrenfeの列車がやってきました。大勢の人が踏切を潜り抜けました。

 アルベルゲに荷を解いて、ルーティン作業にはげみました。

 昼飯のバルです。Mahou(マオー、スペイン産ビール)が待ってました。

 メニュは、QRコードをスマホで読み取ります。写真付きのメニューがあらわれるので、セレクトは楽です。
 右上のQRコードを、あなたのスマホで読み取ってみると、実際のメニューがご覧になれます。

 トルティーヤ(スペイン風オムレツ)は、フライパンで焼いた1個がそのままです。

 ふんわりとした焼きたてでした。

 ファーマシア(薬局)に寄りました。 足のマメに張るバンドエイドがなくなってました。

 ちょっと高かったですが、ぴったりと張り付く上級品でした。
 あとで気づきました、安いテープはスーパーメルカドにいくらでも並んでいました。

 アルベルゲの靴箱です。これがほぼいっぱいになりました。

 町を歩いていて、おいしそうっと。果物屋でスイカを買って、公園のベンチでいただきました。甘くておいしかったですが、冷やしてないのが残念でした。

 スーパーメルカドに寄って、缶ビールとパンか何かを買いました。それが夕食でした。

公営アルベルゲに泊まる

【 paso a paso 3 2023/05/24 】
 巡礼第7日 公営アルベルゲに泊まる

 ルビアエスからヴァレンサまで20kmほど。ポルトガル最後の区間を歩きました。
 この日は、公営のアルベルゲに泊まりました。たった8ユーロでベッドとシャワーなどが使えました。男女同室のドミトリーでプライバシーはありませんが、1夜の眠りにつくだけなら十分です。

 ルビアエスのプライベート(民営)のアルベルゲを出発しました。

 早朝の空気が心地よいです。

 朝日が昇りました。

 石橋を渡ります。

 向こうに開いているカフェがありました。

 カフェ・コン・レチェ(ミルク入りコーヒー)には砂糖をたっぷり入れます。パンにはハムとチーズがはさまっています。

 おしゃれな皿だなとひっくり返すと、ポルトガル製のIKEAでした。

 川沿いの道を進みます。手前は水路になってます。

 フランス人の道ほどではありませんが、結構な数の巡礼者が歩いています。

 チャペルはあちこちにあります。

 平日は、ほとんどが閉まっているのが残念です。

 幹線道を渡る高架木道です。

 眺望が開けました。右奥はきょうの目的地、ヴァレンサでしょう。

 ジャガイモのような丸い石が積まれていました。

 わたしもひとつ。

 道案内はしっかりとしていて、迷うことはあまりありません。

 看板に「MOVIES」とあります。こんなとこに映画館でしょうか。

 ちょっとひと休み。
 こちらでは、飲料水の自動販売機はほとんど見かけません。コンビニなんてありません。カフェで休むことになります。

 黄色い矢印は、あちこちにあります。

 アルベルゲの前のにぎやかな看板です。世界各地の方角と距離が書かれています。一番遠いのは広島の10630kmでした。

 ヴァレンサの町に到着して、公営アルベルゲを探しました。

 ガイドブックの記載です。
 Albは施設の種別でアルベルゲ。施設名に続いてMunはmunicipal(公営)です。アルベルゲには公営、民営、数は少ないですがDonativo(寄付)の3種類があります。[85÷4]は、4室に総ベッド数が85。料金。電話や所在地です。
 Booking.comなどのネット予約サイトや、このガイドブックを参考に宿泊場所を決めていました。

 まだ11時半でした。チェックインは午後1時からです。

 ドアの前に順番にザックを並べて、オープンを待ちました。近くのスーパーから食料を買ってきた、ベンチで昼飯という人もいました。

 定時になると開いた受付です。

 料金は8ユーロに値上げされていました。

 ヴァレンサや次のトュイからだとサンティアゴ・デ・コンポステーラまで100kmを超えます。コンポステーラ(巡礼証明書)がいただけるので、ここから歩き始める人も多い。

 ゆったりとしたパブリックスペースです。キッチンや洗濯場もきれいでした。
 さっそくシャワーを浴びて、着ていたシャツなどを洗濯。庭に干しました。

 近くのレストランで昼飯です。

 コーンスープだったでしょうか。

 午後2時40分ですが、こちらの人は今ごろが昼飯タイムです。

 アジかなにかの白身魚のソテーです。

 ジャガイモがおいしいです。

 コーヒーもいただきました。

 右下の店の巡礼定食でした。

 アルベルゲに戻りました。午後の寝室の風景です。
 ズラリと並んだ2段ベッドにマットレスだけです。自分の寝袋を広げて眠ります。お隣さんとは筒抜けで、イビキの大合唱となった夜はたまりません。ま、わたしもその合唱には参加しているはずです。

 にわか雨です。あわてて庭に干していた洗濯物を取り込みました。
 こちらは乾燥しています。洗濯物は午後の日差しを浴びて、夕方には乾いてしまいます。

 ヴァレンサは城郭の町です。散歩に出かけました。

 ポルトガル最後の町、ヴァレンサを散歩するに書いてます。

 夕食は、スーパー・メルカドで買ってきたクロケットだけでした。やせるはずです。

 YAMAPを停止させるのを忘れていて、経過時間がおかしくなっています。
 

しんどかったポルテラ・グランデ峠

【 paso a paso 3 2023/05/23 】
 巡礼第6日  しんどかったポルテラ・グランデ峠

 巡礼も6日目。1日20キロほど歩くペースにも慣れてきました。この日もポンテ・デ・リマからルビアエスまで20キロほど。ただ途中のポルテラ・グランデ峠で泣かされました。たった標高400mほどの峠越えだったのですが…。

 オステルの朝食です。6時半からとお願いしました。といってもセルフです。

 パンとコーヒーにリンゴとヨーグルト。十分です。

 リンゴにかぶりつきました。

 部屋には平ベッドと2段ベッド。簡素な3人部屋ですが、1人でした。

 町の中心からちょっと離れていました。

 朝日が昇りました。

 ローマ橋を渡っていきます。

 まだ歩いている人はいません。

 静かなリマ川の流れです。

 アスレージョが埋め込まれています。

 町を振り返りました。

 みやげ屋が開いていました。

 陽気なおっちゃんが、「日本語で何か書いてくれ」と。

 クレデンシャルにスタンプをもらいました。

 巡礼のシンボル、ホタテ貝を買って、ザックに結び付けました。

 気持ちのよい道を進みます。

 左は水路だったのでしょう。

 けっこう涼しく感じますが、あちらの人は半袖、半パン姿です。

 あの木、なんの木ーと聞きたくなります。

 この日は山道が続きました。

 「2KM」の下に小さく「difficult climb」とありました。峠道を暗示していました。

 その前にカフェがあったので、冷たいジュースでエネルギーを注入しました。

 団体さんが前を歩いていました。みんな軽いザックです。
 ポーター・サービスといって重い荷物をその日の泊まるアルベルゲまで運んでくれるサービスを利用しているのです。アルベルゲの玄関に巡礼とは縁がなさそうなスーツケースがズラリと並んでいて、びっくりしたこともあります。ちょっと問題になってます。

 水場がありました。座り込んでクルーダウンしました。

 一度は追い抜いた団体さんに、抜き返されました。

 急坂になりました。自転車の2人組が難渋してました。

 ザックにウォーキング・ポールをさしていました。今回の巡礼で初めて使いました。

 写真でみればたいしたことはありません。でもザックの重さが応えました。

 やっと峠です。ひっくり返って空を眺めました。

 ガイドマップです。ポルテラ・グランデ峠は405mです。

 スマホのGPSアプリ、YAMAPの記録です。標高差は350mほどですが、それなりに急坂を登ったことがわかります。

 峠を越えたカフェで休憩です。靴を脱いでくつろぎました。

 ルビアセスにやってきました。

 予約していたアルベルゲです。個室の方は満杯でしたが、ドミトリーはガラガラでした。

 まずは昼飯です。

 アルベルゲにはプールがありました。おじちゃん、おばちゃんがくつろいでいました。

 わたしもプールサイドで本日3本目を。

 アルベルゲのベッドはこんな感じ。泊っているのは写っている範囲では、左奥のわたしだけでした。

 夕食は近くのレストランで巡礼定食をいただきました。
 vino blancoでもう満腹に書いてます。

野辺に花咲く巡礼路~編集編

【 paso a paso 3 2023/05/22 】
 巡礼第5日  野辺に花咲く巡礼路~編集編

 タメルからポンテ・デ・リマまで22kmほど歩きました。やっと巡礼路らしくなってきました。
 野辺に花咲く巡礼路は、ほとんどの写真を巡礼中にアップしています。ダブりますが、改めて再構成します。

 オステルの朝です。

 コーヒーをいれ、パンと果物、ハム、チーズ。これだけあれば十分です。

 ガロの飾りをプレゼントされました。かわいかったのでみやげにしようと思いましたが、夜中にテーブルから落として壊してしまいました。

 ポルトガルのオステルは20~30€しましたが、ゆっくりと眠れる個室ベッドのうえ朝食付きのところが多くてリーズナブルでした。
「AL」は、Alojamento Localの略ですが、公認の地域宿泊施設といった意味でしょうか。日本の「民泊」ですかね。

 ブラジル人のおばちゃんがずーっと前を歩いていました。

 野辺の花があちこちに咲いていました。

 グーグル先生によるとアストロメリアというそうです。

 ホワイト・キャンピオンだそうです。

 横から見ると、大きな袋がついています。

 これは間違いなくローズ(バラ)です。

 向こうの教会の鐘が鳴り響きました。

 熊野古道のような石畳です。

 中世の石の橋がかかっていました。

 どんよりとした1日でした。

 広い農場です。

 きょうの目的地、ポンテ・デ・リマまで18kmも残っています。がんばって歩きます。

 ユリかと思ったら、アフリカハマユウだそうです。

 エサはないよ!

 曲がりくねった巡礼路です。

 ジャイアント・ホグウィードと知らない名前が続きます。

 これはタンポポでしょう。いやセイヨウタンポポだそうです。

 ヒナギクによく似たフランスギクというのもあるようです。地域柄、そちらでしょうか。

 モホンの上にはガロもいます。

 ポルトから73km歩いてきました。

 カエシア・ミクラタン? 難しい名前が出てきます。

 新しい教会が立っていました。

 これはおなじみのカラー(オランダカイウ)でしょう。群生していました。

 絵になる風景です。

 冷たい水で顔をぬぐいました。
 板切れに飲料可かどうかが書かれていますが、色褪せて読めませんでした。

 日陰があったので、ちょっと休憩しました。

 もってきたシリアル・バーで空腹を満たしました。

 白い花がいっぱいです。

 日本なら、お地蔵さんといったところでしょうか。

 カフェに飛び込みました。甘いコーラがたまりません。

 フェンス越しの飾りです。

 フジが垂れ下がっています。

 あと少しです。

 黄色い花が一面を覆っていました。

 アントニオ・サンフランシスコ教会です。

 リマ川に沿って市が立っていました。

 ああ、スイカにかぶりつきたい!

 バカリャウ(乾燥タラ)がドーンと山積みです。

 鎖の塔(Torre da Cadeia)がそびえます。昔は城壁に囲まれた町であったことがわかります。

 テントの向こうに、あす渡るローマ橋がかかっています。

 手ごろそうなレストランを見つけて昼飯にしました。
 もちろんスタートはよく冷えたビールです。

 メニューの最下段に「メニュー・ペルグリーノ(巡礼定食)」を見つけました。もちろん、それを頼みました。

 メーンは白身魚のフライでした。ポテトがたっぷり、パンまであるのに、ご飯までついてきました。食べきれません。

 パリッと安心な味でした。

 レストランは混んでました。

 泊ったオステルは、町の中心からちょっと離れてました。夕食は、ハンバーガーとビールで簡単に済ませました。

 どこで食べてもマクドです。