旅の最後の1日は、バルセロナで過ごしました。
サグラダ・ファミリア教会だけは入場予約を取ってました。
とにかく想像を超える光の交錯に、ただ唖然としました。
西からの日が差し込む午後でした。聖堂は、真っ赤に燃え上がってました。
詳しくは改めて記します。
わたしの長かった旅も、終わろうとしています。
日本からサンティアゴ巡礼に行く人は、航空券をパリin、マドリードoutとするケースが多いようだ。わたしがバルセロナin、outとしたのは、ガウディのサグラダ・ファミリア教会を見たいとう思いからでもあった。
旅も実質的な最終日のこの日は、午前中にLCC(格安航空機)でバルセロナに飛び、ここを訪れることだけしか予定していなかった。
時間はあるので、同じガウディのグエル公園にも行ってみた。ところが、観光客でびっくりするような大混雑。予約なしでは夕刻まで入場できなかった。こんなことなら、サグラダ・ファミリアと併せて予約しておくのだった。
夕食は、サン・ジョセップ市場で魚介を堪能した。
続きを読む Paso a paso Dos エピ3=10/3 バルセロナの光と色と
サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の横に、国営五つ星のパラドールがある。こんな豪華ホテルとは縁がないが、朝、昼、晩の3回、各10人に無料で食事がふるまわれている。建物が王立救護院だった歴史の名残らしい。
わたしも朝食をいただきに行った。パンとコーヒーだけのいたってつつましい食事だったが、ごちそうさまでした。
豪華なメーンダイニング。残念ながら見るだけだ。
夕食は、最後のタパスをつまんだ。
いや~、食った、食った!
食べ残した残がいの画像からスタートするコラムは、このブログ初です。
地の果て、フィステーラ近くのキンタナスという港のカフェです。魚介盛り合わせといった料理です。2人前です。ドーンと登場しました。
ご一緒したK氏とまずは乾杯。
魚介スープが懐かしい味です。やはり肉汁とは違います。
それではいただきます。
ホタテ貝は巡礼のシンボルです。それが最良の味になって、胃袋まで満たしてくれます。
ムール貝です。いい色してます。
フルボトルの白ワインがセットでついてきました。
とりあえずエビです。
こちらは手長エビです。
マテ貝も、やはりおいしいです。
ツアーバスの休憩時間は1 時間45 分。それがちょうどよい長さのスペインの昼飯でした。
豪華料理の代金は、ビール、ワインを合わせ一人3000円しませんでした。
目の前は、キンタナスの港です。
西に、西に向かって歩いてきた巡礼です。聖地のサンティアゴ・デ・コンポステーラからさらに100 キロほど進むと大西洋に突き当たります。フィステーラの岬です。その先に、はるかエルサレムがあると信じられていました。
ここまで歩く巡礼者も多いですが、わたしにはその体力、気力は残っておらず、バスツアーでその地に立ちました。
ここで巡礼で着古した衣服を燃やすのが、古来の習わしでした。その跡が残っています。
今では焼却は禁止です。それでも、旅でお世話になった五本指ソックスを捨てて来ました。気持ちの区切りをつけたかったのです。
こんな形で区切りをつけた人も多いようです。
零キロのモホンです。
旅で親しくなったリタイア三人組にとっても、新たな旅の始まりです。
日本語のポールがありました。
大西洋の波が、いつまでも打ち返していました。
プロローグがあったから、エピローグもあります。カミーノの旅は終わったが、スペインの旅はもう少し続いた。
この日は、サンティアゴ・デ・コンポステーラからさらに西へ100kmほど。大西洋に面した地の果て、フィステーラ、ムシアへのバスツアーに加わって、青い海を見た。
「西方浄土」は仏教の世界だが、キリスト教徒は海の向こうに何を見たのか。
フィステーラに立つ「0.0km」のモホン。ここがサンティアゴ巡礼のスタート地点でもある。
巡礼で親しくなったリタイア3人組も、新たな人生の出発点に立った。
ああ、腹いっぱい。昼飯には最高の海鮮とワインを味わった。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂では、夜のミサが行われてました。昼間は大行列ができて大にぎわいだった祭壇の聖ヤコブの後ろには、わたししかいません。ゆっくりと、思いを込めて後ろから抱擁しました。
広い背中です。キリスト教徒ではないわたしにも、分け隔てはありません。
ここまでやって来れたんだという思いがこみ上げて来ました。目頭が熱くなりました。
大聖堂には、昼前に着きました。この時は、思ったほどの感動はありませんでしたが。曇天だつたせいもあります。
巡礼事務所で一時間半待ってコンポステーラ(巡礼証明書)と距離証明書をいただきました。
薄曇りの1日でした。夕方になって初めて沈む夕日が顔をのぞかせました。
800キロをこの足で歩ききった達成感、満足感は、じっくりと間を置いて訪れました。