とりあえずサーディンを! (再録)

【 paso a paso 3 2023/06/09 】

 サンティアゴ・デ・コンポステーラからの長いバス旅でリスボンにやってきました。安宿に荷を解いて夕食です。
 町に出ました。あちこちにカフェがあり、みなさんのんびりとビールを飲んでます。
 あたり前にサーディンが並んでいる食堂がありました。入りましたが、店主らが食事中で、「8時からだよ」。まだ夕食の時間には早すぎました。おおかたのレストランは閉まってました。
 適当に歩き続けて見つけました。
 まぎれもなくサーディンです。焼きたてです。パリッとした皮の塩味がイケます。

 やはり魚は良いですね。胃の腑にストンと落ちます。

 もちろん、こちらで焼けるのを待ちました。

 炭火をボーボーと起こして、モクモクと煙をあげてます。こうでなきゃいけません。

 バカリャウも試してみなくてはなりません。

 これで2000円ほどでした。

 FaceBookに書き残した記事を再構築しました。わたしの管理するブログに保存しておきたいからです。手作業でコピーしました。この作業を効率的にやる方法をどなたかご存知ではないでしょうか。

 

最後の夜はふける サンティアゴ・デ・コンポステーラ

【 paso a paso 3 2023/06/08-02 】

 聖地・サンティアゴで過ごす最後の夜です。大聖堂近くのペンシオンを奮発しました。といっても60€余ですが。
 オブラドイロ広場の大聖堂と向き合う市庁舎の前で、毎夜のごとく繰り広げられるガリシア音楽のバンド演奏や踊りの賑わいの渦に入りたかったのです。
 巡礼を達成した人たちが、ここで喜びを爆発させるのです。

 夜の10時半を過ぎていました。にぎやかな音楽に人垣ができていました。

 ガリシア音楽でしょうか。詳しくはわかりません。
 ケルティック・ミュージックという説明もあります。英国のケルト地方とスペインのガリシア州は、海で隔てられているとはいえ、文化的にはつながっているようです。

  オルブロイド広場を眺めます。

 見飽きることなく見上げる大聖堂です。

 広場へつながる門では、いつでもガイタ(バグパイプ)が響いています。ストーリー・ミュジシャンの演奏です。

  町を散歩しました。

 まじめな巡礼者は、早寝早起きの生活をしてますので、こんな時間に出歩くのは初めてです。

 カフェはまだ営業しています。

 タパスの店も、客でいっぱいです。

 ペンシオンに戻ってベッドに入ってらも、通りを歩く人たちの声が聞こえていました。

イギリス人の道・フェロールから歩く!?

【 paso a paso 3 2023/06/08 】

 サンティアゴ巡礼路は、ヨーロッパの各地からサンティアゴ・デ・コンポステーラに向けて通じていました。現代の巡礼路もたくさんあります。このうち最も短いのがイギリス人の道です。
 スタート地点のフェロールは、大西洋に面した古都です。そこからから、ちょっとだけ歩いてみました。

 フェロールの港に、カミーノ巡礼路のスタート地点を示す碑が立っています。

 サンティアゴの巡礼事務所がコンポステーラ(巡礼証明書)を発行した数とスタート地点の統計(2019年)です。

 1位はフランス人の道のサリアです。100km超(コンポステーラ授与の条件)あり、人気があります。わたしも2013年の巡礼で歩きました。
 2位はフランス人の道のサンジャン・ピエ・ド・ポーです。800kmほどもあり、30数日かかります。16年の巡礼で歩きました。
 3位はポルトガルの道のポルトです。今回の巡礼のスタート地点でした。
 4位のトゥイは、ポルトガルの道スペインの南端です。今回の巡礼で通りました。
 フェロールは5位です。

 それぞれの道の概要は、下のHPが詳しいです。このイギリス人の道の画像もお借りしています。

スペイン巡礼11コースの概要

 カフェのテントの横にあって、あまり目立ちません。探すのに苦労しました。

 まずは冷たいビールで休憩です。

 向こうの壁にホタテ貝のマークがありました。

  石畳みにも埋め込まれています。

 矢印は続きます。

 教会に向かって。

 立派な教会でした。

 バラ窓から入り込む光線に見とれます。

 ここからサンティアゴまで112kmほどです。

 巡礼路は右折して海岸通りへと下っていきます。ここまでとしました。

 昼飯を食べるレストランを探しましたが、見つかりません。
 通りのカフェで休憩しました。

 ハンバーガ-です。これなら間違いないでしょう。

 野菜たっぷりで、おいしくいただきました。

 renfeのフェロール駅に向かいました。

 ALVIA(特急)でサンティアゴ・デ・コンポステーラに戻りました。

 この日の朝食は、ア・コルーニャのカフェでいただきました。
 パン屋でもあるようで、いろんな焼きたてパンが並んでいました。

 オステル近くのバス停です。ここにフェロール行きのバスも止まるはずでした。しばらく待ちましたが、どれに乗ればいいのかわかりませんでした。

 バスセーターに行くことにしました。

 かなり歩いてrenfeの駅近くのバスセンターまでやってきました。

 フェロール行きのバスがやってきました。

 料金は4.6€でした。

 1時間半ほどバスに揺られてフェロールに到着しました。

壇流クッキングの「イカのスペイン風」としましたが~

【 paso a paso 3 2023/06/07 】

 壇一雄の「壇流クッキング」に出てくる「イカのスペイン風」でしょうか。ア・コルーニャでそう書いてます。
 文庫本を読み返しました。「肝も炭も一緒にブツブツとブッタ切ればよいのである。」
 それはよいのですが、イカが小さいのでちょっと違う料理のようです。
 チピロンという地元産のイカのグリルでした。

 檀センセイがブッタ切りとおっしゃるほどに、イカは大きくはありません。ゲソ(下脚)が、コリコリとうまいです。

 メニューです。上はスペイン語、下は英語です。2行目が頼んだ料理です。
 「チピロンのニンニク炒め フライドポテト添え」と読めます。
 チピロンを調べると、カンタブリア海で一本釣りされる小型のイカのことでした。ホタルイカとも訳されています。
 ア・コルーニャはカンタブリア海の西端にある漁港です。地元で水揚げされたイカだったようです。ガリシア料理でよく使われるそうです。 

 エストレーリャ・ガリシアはスペインではマオーと並ぶ2大ビールメーカーです。ア・コルーニャに工場があります。

 読み直した文庫本です。
 まあ、スペインで食べたイカ料理ですから、「イカのスペイン風」でも間違っていないでしょう。

 この日は、朝から小雨が降ってました。オステル近くの教会です。

 教会の前のカフェで雨宿りをしながら朝食です。

 珍しく食パンのトーストです。

 バターとジャムをたっぷりとつけていただきました。

 静かな教会にはいってみました。思いのほか立派でした。

 海岸通りに並ぶ白い窓枠のビル群です。夜はイルミネーションがきれいそうです。

ア・コルーニャですしを味わう

【 paso a paso 3 2023/06/06 】

 サンティアゴ巡礼路のひとつ、イギリス人の道の起点となるア・コルーニャに行ってみました。スペインの北西端にある大西洋岸の町です。
 「すしがおいしかったよ」と、この日、オブラドイロ広場で知り合ったSさんが話してました。
 そのすしを味わいました。

 まずは赤ワインです。
 お通しの枝豆が、ホンマモノでした。まるで日本で食べるのと変わりがありません。期待が膨らみました。

 醤油を注いで待ちました。

 出てきました。エビ、ウナギ、サーモンなど「Nigiri Tradicional」の4貫です。

 ワサビをたっぷりとつけていただきました。

 鉄火巻きです。

 こちらもホンモノのお味です。

 さすがにあがりはありませでした。
 向こうの夫婦を写してあげ、わたしも写してもらいました。

 QRコードを読み取ったメニュです。「時価」なんて表現はありません。

 あまり量はたべてませんが、これで2800円は満足でした。

 Sibuya Urban Sushi Bar A Coruña です。
 すぐ近くのオステルからコインランドリーに洗濯に行くときに、前を通りました。

 サンティアゴで泊まった大聖堂近くのオステルの横にも、本店?がありました。

 サンティアゴでの朝食です。いつもの3点セットです。

 あたり前のトーストにジャム・アンド・バターです。

 午前中は、オブラドイロ広場で時間をつぶしました。
 巡礼路のあちこちのルートを歩いておられるSさんと知り合い、話し込みました。

 アラメダ公園に立つ「2人のマリア」のカラフルな像にごあいさつです。この街では有名な実在の姉妹でした。

 木陰から眺める大聖堂です。ファザードが立派です・

 緑の公園は、憩いの場になっています。

 まだ昼前ですが、Sさんと最後はビールです。

 ア・コルーニャまでのrenfe・AVANTの指定席乗車券です。

 ホームで到着を待ちました。改札では、空港のように手荷物のX線検査もあります。

 きれいな車内です。

 半時間ほどでア・コルーニャに着きました。

 洗濯ものがたまっていました。オステルでコインランドリーを教えてもらいました。

 カフェでビールを買ってきて、のんびりと洗濯が終わるのを待ちました。

 思いのほか寒くて、いつも着ている長そでシャツもきれいになりました。

 夕食後に訪れた広場です。小雨が降ってきて、すぐに退散しました。

 オステルに戻る歓楽街は、平日だというのに大にぎわいでした。

もはや「巡礼者」ではありません

【 paso a paso 3 2023/06/05 】

 もはや巡礼者ではりませんでした。大西洋岸のムシアからサンティアゴ・デ・コンポステーラに路線バスで戻りました。
 乗り換えのため途中下車したセーの海岸です。フィステーラに向かう巡礼路を歩いている人がいました。うらやましくもありました。
 フィィステーラへの巡礼路は、2度のチャンスがありながらも、自分の足で歩くことはありませんでした。

 ムシアの朝です。相変わらず天気はパッとしませんでした。肌寒いくらいでした。
 鼻かぜをひいたようで、水洟がポタポタと出てきました。鼻炎ではありません。日本を離れて以来、鼻炎とは無縁で、常用している鼻炎薬も飲んでませんでした。

 アルベルゲでバスの時刻表を教えてくれました。
 サンティアゴに戻るバスは1日に3本しかありません。3時台のバスに乗ることにしました。

 さっそくネットでバスを予約しました。後に解約しました。

 時間はたっぷりとあります。アルベルゲにザックを預けて朝食に出かけました。
 この日のパンは、ボガティージョの上にトマトペーストをのせて焼いてありました。ポピュラーな食べ方です。

 ムシアの町で3時までの時間を持て余していました。時刻表を見て、とりあえず午前の便でフィステーラに行き、そこからサンティアゴに戻ることにしました。
 11時過ぎにバス停に行くと、すぐに時刻表にはないセー行きのバスがやって来ました。セーはフィステーラの手前の町で、ムシアとの分岐点になります。飛び乗りました。
 ムシアのバス停は町の中心部にありました。ところがバス停には発着の時刻表がありません。QRコードが張られていたので、そこからネットで調べろということのようでした。バス会社がいくつも乗り入れていて、どこを調べたらいいのか? 初めての旅行者には不親切でした。

 半時間ほどでセーのバスターミナルに着きました。

 海岸まで歩いてみました。ここがフィステーラに向かう巡礼路でした。

 バスターミナルに戻ると、これまた時刻表では調べられなかったセー発サンティアゴ行きのバスがあることがわかりました。ガラガラのバスで午後2時過ぎにはサンティアゴに着きました。

 予約していたセミナリオ・メノールの個室にザックを置き、大聖堂近くのフランコ通りのカフェで、ちょっと遅い昼飯でした。

 無難な選択でナポリタンです。ボロネーゼだったかもしれません。

 マオーは忘れません。

 メニューに2つの価格があるのは、店内と屋外のテラス席の料金です。もちろん、テラス席の方が高いです。こんなの初めてみました。

 テラス席で客がくつろいでいます。

 オブラドイロ広場に行って、脚を投げ出してボ-ッとしていました。

ムシアの潮騒 (再)

【 paso a paso 3 2023/06/04-03 】

ムシアの岬は、天候がイマイチでした。青い太平洋が広がったいれば、もっと素晴らしかったのでしょう。

 フィステーラのオステルです。朝食が込みでした。セルフです。

 リンゴをむいていただきました。

 宿泊者は、他に1組だけだったようです。

 キッチンも自由に使えます。

 浜辺に降りました。

 ホタテ貝を探しましたが、見つかりません。これはちょっと違います。

 巡礼者が、ここでホタテ貝を拾ってみやげにしました。それが巡礼のシンボルになりました。

 みんなホタテ貝を探していました。

 ムシア行きのバスに乗りました。

 ムシアの潮騒に書いています。

ムシアのカフェ飯 2連チャン

【 paso a paso 3 2023/06/04-02 】

 ムシアに着きました。アルベルゲにザックを置いて、さっそく昼飯に出ました。
 海辺のカフェです。クロケットを頼みました。コロッケですね。

 ホワイトソースにハムかなにかがはいってます。安心していただける味です。
 コロッケなら、ウスターソースをタラーリってところですが、それはなしです。

 ヴィーノ・ブランコ(白ワイン)をいただきました。ポルトガルで白に慣れた名残です。スペインは赤が優勢です。

 お通しはパエージャでした。これもうまかったです。

 このQRコードにスマホをかざすと、メニューが出てきます。

 これで1400円ほどです。

 こんなシチュエーションで食べました。
 「亀」って、なんのつもりなんでしょうかね。

 カモメが飛び回っています。クルマの上は、白い糞で汚れているのが多いです。

 さて、夕食です。レストランを捜し歩きましたが、開いている店がありません。
 歩き疲れて、昼と同じカフェです。メニューも決まらず、困ったときの目玉焼きです。こちらでは、堂々とした一品のようです。

 待ちかねたように小鳥が寄ってきて、ご主人より先に皿のポテトをくわえまし。

 向こうに飛んで行って、ゆっくりと食べています。

 どこで食べても目玉焼きです。

 完食しました。テーブルに残ったポテトを、小鳥が掃除にやってきました。

 前の海に青空が広がっていました。サンセットに期待が膨らみました。

大西洋に沈む ムシアのサンセット (再)

【 paso a paso 3 2023/06/04 】

 ムシアにやってきました。
 キリスト教の布教が思うにまかせなかった聖ヤコブ(サンティアゴ)を励ますために、聖母マリアが舟に乗って現れたという地です。
 ここで念願の大西洋に沈む夕陽と対面しました。光の帯がわたしのいる岸辺までつながりそうでした。ここを進めば、西方浄土へと行けたのでしょうか。何度でもこの画像を見返してしまいます。

 午後8時を回ってから、アルベルゲを出て岸辺に向かいました、

 光の帯が延びてきました。

 カモメも見とれます。

 一斉に飛び立ちました。

 太陽の下部が欠け始めました。

 はるか彼方には、雲がたなびいていたのでしょうか。ちょっと霞み始めました。

 大西洋に落ちる瞬間は確認できませんでした。

 薄っすらと、薄っすらと、その光は消えていきました。

 静かになった海辺です。

フィステーラ岬は雲の中

【 paso a paso 3 2023/06/03-02 】

 「地の果て」という意味のスペイン語がフィステーラ(Fisterra)です。紀元前から中世初期まではフィステーラ岬が「世界の果て」だと考えられていました。
 サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの巡礼を果たした人にとっては、さらに足を延ばす第2の終着地となっています。
 わたしは、もはやそこまで歩き続けれる気力はなく、路線バスで訪れました。

 サンティアゴのrenfeの駅の裏に移転してきたバス・ステーションです。

 まずは併設のきれいなカフェで朝食です。パンがまだきてません。

 フィステーラ行きのバスがやってきました。アナウンスの類は一切ありません。
 乗合の路線バスですが、ハイデッカーの豪華仕様です。

 料金は7.15€でした。

 2時間以上かかってフィステーラに到着です。

 予約していた町はずれのオステルにチェックインしました。

 昼飯を食べたあと、岬に向かいました。片道で4キロ以上ありました。

 フィステーラの港のレストラン街です。帰りは、ここで食べました。

 静かな浜辺です。この辺りでは青空も見えていたのですが、見る見るガスが出てきました。

 ちょっと肌寒いようでしたが、海に入っている人もいました。

 多くの人が歩いていました。
 マイカーや観光バスはこの先まで通行可能でした。でも歩くしかありませんでした。

 0キロのモホンまでやって来ました。

 灯台がガスに霞みます。

 見覚えがある柱でした。
 前回は、右の写真のようにヘンな日本語が書かれていました。

 青い大西洋が広がるはずですが、何も見えませんでした。

 足元を見下ろすと、わずかに波が打ち寄せていることを確認できただけです。

 辺りを見渡しました。

 この天候では、夕陽なんてとても見れるような状況ではありません。早々に退散しました。