京街道を上る 其の参 守口宿を抜ける

 10/02/14 11:09=京阪本通を北上して、右手に三洋電機の本社が見えてきた一本手前で右折します。すぐに左-右折を繰り返すと、上り坂がありました。この坂の意味を、この時点では気づいてませんでした。「京街道」の看板があります。

 11:10=義天寺を通り越して、守居橋を渡ります。当然、川をまたぐと思ってましたが・・・。

 11:10=欄干から下を見ると-。なんと。道路ででした。向こうを京阪電車が走りすぎます。
 豊臣秀吉が築かせたという文禄堤の上を歩いてきたのでした。

 11:11=道路下から見上げる守居橋です。文禄堤は、結構な高さがあります。

 11:13=文禄堤の上を進みます。道路脇の路地は、急勾配で下っています。

 11:14=文禄堤の案内板がありました。

 11:16=路面に埋め込まれた「京街道」のプレートです。守口市内でも京街道は保護されています。

 11:18=うだつが上がる古い民家が並びます。京阪・守口市駅から5分ほどにあるとは信じられないような落ち着いた町並みです。

 11:23=守口御坊といわれた難宗寺の角に石碑が並んでいます。

 11:25=慶長11年(1606)、蓮如上人が開基したと伝えられる盛泉寺です。難宗寺の西御坊にたいして、こちらは東御坊と呼ばれています。
 幕末の世、大阪遷都がはかられ、ここが賢所と想定されました。しかし、大阪遷都は幻と終わりました。

 11:29=一里塚が残っていました。守口宿を出たようです。

 11:49=淀川畔までやってきました。ペットボトルのお茶を飲んで、先を急ぎました。

 「京街道を上る」の1日目は、まだ続きます。

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